第15話 第一種特殊発掘物、怪弩(かいど)
「明智さん、ダメです!!発動しません!!」
その音声を聞いた私はつい叫んでしまう。そう、明智にたった今言われた、「大きな声を出すな」という言いつけを破ってしまったのだ。
ゲゲゲゲッ!!
動きを止めていた岩蛙が突然激しく鳴き始め、その口を大きく開けながら、私を丸呑みしようと飛び掛かって来た!当然私に、それを咄嗟に避ける反射神経と運動能力は無い。私は再び、死を覚悟した。
「なッ...!?」
だがその時、私は踵を返してこちらに突進してきた明智に突き飛ばされ、ぎりぎりのところでその命を取り留めた。一方の明智は私に一瞬だけ覆いかぶさった後、腕の力だけで全身を空中に浮き上げ、見事な宙返りで立ち上がると、改めてボウガンを蛙に向け構えた。
「起きろ、仕事の時間だ」
明智は鋭い声でそう呟くと共に、左手でボウガンを強く叩いた。その言動から、私は当初、言いつけを破った自分を叱責したものかと思ったが、直ぐにそれが間違いだと気付いた。
「アア、イイゼ。マカセナ、ジョウチャン」
明智がボウガンを叩いた時、何とボウガンからしゃがれた声が響いて来た。そして次の瞬間、ボウガンがその先端から中程にかけて真っ二つに横に割れ、その割れ目から鋭い牙と赤い舌が飛び出して来たのだ!
明智は、そんな異形の化け物と化したボウガンの引き金を引く。
オオオオオオン...!!
ボウガンの口ががっぽりと開かれ、その真っ黒な喉の奥からおどろおどろしい音と共に、まるで影を丸め固めたような漆黒の塊が飛び出し、岩蛙に向かって飛来する。
そしてそれが岩蛙に直撃した刹那、蛙は悲鳴を上げることも無く、一瞬の内に白い塵と化して空気へと溶けた。
「テキ、ショウメツ」
「ご苦労だった。もう寝て良いぞ。必要になったらまた起こす」
「アイヨ」
明智と短いやり取りをした後、ボウガンはその口をゆっくりと閉じ、再びただのボウガンに戻った。そして明智は、その始終を腰を抜かして見ていた私に、ばつが悪そうに微笑みかけながら手を伸ばして来る。
「驚かしてしまい申し訳ありません。でもこれで、駅で私が言っていた事の意味が分かったかと思います。このボウガンは『怪弩』と名付けられている、ダンジョン内で発見された極めて特殊な武器です」
ダンジョンからは時折、迷宮鋼の原料となる鉱石以外にも硬貨や宝飾品、更には刀剣を始めとした武具など様々な物品が発見される。
ダンジョン機構はそれらに対して宝飾品や硬貨を「第三種発掘物」、武具を「第二種発掘物」として分類し、分類に応じた管理・利用を行う。
だが彼女が持つボウガンはもう一つの分類、即ち「他の二つの類型に一切合致しない、極めて特異な能力を持つ採掘物」という扱いの「第一種特殊発掘物」に分けられる武器であった。
怪弩。そう命名されたこのボウガンは使用者がダンジョン内にいる時に、ボウガンに対して直接呼びかけることでその真の姿を現す。そしてその状態から放たれる、闇の弾丸。これには一部の例外を除き、ほぼ全てのモンスターを一撃で葬り去るというとんでもない力があった。
その能力と、現在発見されている怪弩は明智が持つ一丁のみという希少性故、この武器はそれこそ武蔵小杉のテロのような特殊な状況でも無い限りその使用は許可されない。
そんなものが導入される程、機構は聡の存在(厳密には聡の力だが)を重要視しているのだ。
私は明智の手を借りて立ち上がる。
「それにしても、何故駄目だと分かったのですか?昨日の検証では、そんなこと一度も仰っていなかったはずなのに」
「それが...あの蛙に銃を向けた時、またあのアナウンスのような音声が脳内に聞こえて来たのです」
明智の鋭く細い眼が、私のその発言で見開かれる。
「ではつまり、その音声が直接貴方に、『今あの力を使うことは出来ない』と伝えて来た、ということですか?」
「『エラー、スキル発動の要件を満たしていません』。音声はそう言っていました。要件という表現をするということは、私があの力を発動する為には何か揃えるべき条件がある、ということなのでしょうか?」
明智は顎に手を当て、何かを考える仕草をした。
「本田さん。一昨日の杭蜘蛛の襲撃と、今の岩蛙の飛び掛かり。それを今比較してみて、自分はこの二つの事象に異なる点が三つあることに気付きました。もしかしたらそれが、鍵になるのかもしれません」
「三つの、異なる点?」
はい、と明智は頷く。
「まず一つはモンスターの危険性です。岩蛙は表皮に纏う、文字通りの岩の鎧により並大抵の攻撃を受け付けません。それだけ聞けば驚異的に感じるかもしれませんが、岩蛙は基本的に憶病で、本来なら怪弩など使わなくとも閃光手榴弾一つで撃退出来るモンスターです。一方杭蜘蛛は特級という区分にカテゴライズされる通り、近づくものは何でも攻撃する極めて危険なモンスターです。その為もしかしたら、貴方の力はモンスターの危険度によって、それが発動されるか決定されるのかもしれません」
明智は続ける。
「次に二つ目は、モンスターの行動目的です。杭蜘蛛は貴方を明確な”敵”とみなして攻撃を仕掛けようとしていましたが、岩蛙はあくまで貴方をただ”面白そうなもの”とみなし、興味本位で丸呑みしようとしました。まぁ、我々人間にとってはどちらも致命的な行動ですが...っと話が逸れましたね。つまり、貴方の力はこちらに明確な敵意を向ける存在があって初めて発動するのかもしれない、ということです。そして最後ですが...」
だが明智はそれを口にする事が出来なかった。突然明智の無線に、凄まじい剣幕の大声が飛び込んで来たからだ。
『こちら第三小隊!コアと思われるA1級螺旋馬、加えて本ダンジョンの生成者と思われる武装したマッド・ダンジョンズの構成員を発見。交戦を試みたが構成員の妨害に合い、現在退却中!救援を求む!!』
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