第14話 エラー、スキル発動の要件を満たしていません
明智と共にホームに降りた私はそこに広がる異様な光景に息を飲んだ。
あの蜘蛛に襲われる直前に見た、空中に浮かび上がる空間の歪みのようなダンジョンの入り口が、ホームに置かれた自販機の前に静かに佇んでいた。だがダンジョン内で見た時とは異なり、その歪みは今はソフトボール位の大きさに縮小されている。そんな入り口の周囲を、数人の隊員と、ホワンホワンという奇妙な音を立てるパラボラアンテナのような装置が取り囲んでいた。
「4、3、2、1...作戦開始です」
「封印装置の出力を80まで低下!それと同時に閃光弾投擲!」
一人の隊員が装置から伸びるコード付きの制御装置のつまみを回す。するとダンジョンの入り口がソフトボールからホームの横幅の半分を覆うまでに一気に拡大した。それと同時に、他の隊員がピンを抜いた閃光手榴弾をその中に投げ入れた。
「突入!!」
手榴弾を投げた数秒後、列を成した隊員達が刀の鞘に手をかけた状態で、一気に入り口に突入した。そんな中、最後列にいる私は横に立つ明智の顔を覗く。しかし彼女はボウガンの引き金に指すらかけず、最後の隊員が入り口をくぐっても静観を保っていた。
「明智さん...?私達は行かなくてよいのですか?」
その問いに、明智は広がった入り口を指さす。
「突入前のダンジョンの入り口では大抵、C級というカテゴリに分類される弱小モンスターがたむろっています。作戦の遂行にはまず万が一に備え、最優先で出口の安全を確保しなければなりません。その為に今のように閃光弾を投げ入れ、それに怯んだ入り口付近のモンスターを駆逐します。突入直後の戦闘は乱戦になることが多く、そんな場所に貴方を近づかせる訳にはいきません」
「な、なるほど...」
それから数分後、腕の時計とにらめっこしていた明智の無線に
『こちら田代。モンスターを殲滅、入り口周辺の安全を確保した。明智一士もダンジョン内へ入られよ』
という声が届いた。
「了解。これより突入する...さぁ行きましょう」
明智に連れられ、私はダンジョンの入り口の前にやって来た。一昨日ダンジョンを出た時は気を失っていたので、これをくぐるのは実質的に初めてだ。
「怖い...ですか?もし不安でしたら私が手をお引きしますが...」
入り口の前で足を止めた私に再び、明智が心配そうな声をかけて来る。
「いや、大丈夫だ」
どの道もう後戻りなんて出来ない。ならせめて、少しでも男を見せよう。そう思った私は改めて、目の前の、空間の歪みを睨む。
ダンジョンの入り口は波打つ海面のように、絶えずその形を変えている。それを見て私は、ボートダイビングを行う時の入水をイメージした。
(これはジャイアントエントリー※と何も変わらない...怖くなんて無い)
そう自分に言い聞かせ、私は大股でその入り口をくぐった。瞬間、視界が歪むと共にスプリンクラーを浴びた時の様な、心地良い涼しさが全身を包む。そして視界が元に戻った時、私はあの陰鬱とした雰囲気の洞窟の中にいた、
「ドローンを飛ばせ!コアの所在を探る!」
東の声の後、長いアンテナが伸びる長方形の大きな箱を背負った数人の隊員がそれを下ろし、箱を蓋を開けた。すると中から手のひらサイズのドローンが無数に飛び出し、高速でダンジョンの奥へと飛び去って行った。
「これより進行を開始する。各自中継装置と一定の距離を保ちつつ、司令部と連携しコアの発見を目指せ」
『了解』
その命令で隊員達は素早く小隊を組む。どうやら中継装置というのはドローンが格納されていたあの箱のことのようで、組まれた小隊の中には全て、箱を背負い直した隊員が含まれていた。
彼らは皆ドローンに続き、一糸乱れぬ動きでダンジョンの闇の中へと駆けて行った。一方私と明智はまたもや彼らには続かず、私のペースに合わせてもらいながらゆっくりとダンジョン内を進み始めた。
『こちら第三小隊。現深度は50。モンスターの気配無し。このまま前進を続ける』
『司令部了解。ドローンからの情報にも注視しろ』
『こちら第七小隊。深度40にてモンスターと接敵。戦闘を開始する』
そんな無線が時折明智から飛んで来る。私はボウガンを構える明智の姿勢を見よう見まねで模倣し、忙しなく小銃の銃口をあちこちに向ける。と、その時
「な、何だ...!?」
突然頭上の大きな岩盤が剥がれ、轟音と共に私達の目の前に落ちてきた。私はそれに驚いたせいで手にしていた小銃を落としてしまう。
すると次の瞬間、その岩盤が変形し、何と巨大な蛙の形へと姿を変えた。頭の上から伸びる素っ頓狂な目が、こちらを興味深そうに眺める。
「あ、明智さん...これは...」
「B2級岩蛙。温厚な性格ですが頭が悪く、動くものに対して何でも興味を持ちます。急に動いたり、大きな声を出したりしないで下さい」
明智は蛙に対してボウガンをしっかりと構え、引き金に指をかける。ただ奇妙なことに、ボウガンには撃ち込むべき矢が装填されていなかった。
ギョッ!ギョッ!
アマガエルの鳴き声をそのまま大きくしたような声を出し、岩蛙はのそのそとこちらに近づいて来る。
「どうやらこちらに興味を持ったようです。本田さん、好機です。こいつに銃口を向けてみて下さい」
「は、はい...」
私は恐怖を必死に堪え、蛙に銃を構える。蛙はその動きを捉えたのか歩みを止め、首の無い頭をコテンと犬のように傾げた。
「可愛い...」
気のせいだろうか。前にいる明智から、そんな言葉が聞こえた気がする。とその瞬間、私の頭にまた、あのアナウンスが響いて来た。
『エラー。スキル発動の条件を満たしていません』
※ジャイアントストライドエントリーの事。スキューバダイビングの入水方法の一つで、ボートや防波堤から水面に向かって踏み込むように入水する。
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