第13話 対霞ヶ関駅構内ダンジョン封鎖作戦、開始
霞ヶ関駅は複数の出入り口を有していることから、その全てを封鎖する為に官公庁の庁舎の周辺全てが立ち入り禁止区域となっており、そこの職員にも作戦が完了するまで自宅での待機指示が出ていた。にも拘わらず私の携帯電話になんの連絡も無かったのは、恐らくまた機構のしわざだろう。
現場に到着した私はジープ内で渡された空の小銃を持ち、テントに囲まれた、駅へと続く地下通路の一つを下り、駅の事務所を利用するかたちで設置された作戦司令室に通された。
構内には既に作戦に向けて準備を整えた隊員で溢れ返っており、そんな彼らの好奇の視線を受け、私は殊更に逃げ出したい気持ちを募らせた。私はノートパソコンや各種機器でごちゃついた指令室内で少しの間、東と他の隊員の間で繰り広げられる、専門用語まみれの会話を呆然とした表情で眺めていた。
「これを着用して下さい。今身に着けているスーツと革靴は作戦終了まで、我々が責任を持って預からせて頂きます。着替えは司令部を出て左にある、テントに囲まれた仮設スペースを利用して下さい。では、作戦開始まで私はこれで」
暫くそうしていると明智が、自分達が身に着けている戦闘服と靴を一式、私に渡して来た。それらを私が受け取ると、明智は足早に司令部を出て行こうとする。
「あの、明智さん...」
「何か?」
呼び止められた明智は、ダンジョン内でそうした時と同じ、しかしその時とは少し柔らかくなった声色で私に振り向く。
「東さん達が身に着けている青い鎧みたいなものは、私には無いのですか?」
聡の言う通り、渡された装備の中には東を始めとした隊員が皆身に着けている青い甲冑のようなそれが無かった。
「あれは相応の訓練を積んだ人間しか運用が許されない物ですので残念ながら貴方にお渡しすることは出来ません。どうかご容赦下さい」
それを聞いた私は、あの竜を殺した隊員の四肢が気味悪く痙攣しているのを思い出した。あの痙攣が彼らが身に着けている鎧の影響だとして、訓練を積んでいる人間ですらああなるのだとしたら...
そう考え恐ろしくなった私は大人しく
「分かりました」
と告げ、明智に言われた通り外にある、試着室のようなスペースで渡された戦闘服に着替えた。服はその大きさに反してかなり軽く、更に靴は見た目の重厚感の割に足にしっかりとフィットする心地良い履き心地だった。今までスーツと革靴を身に着けていたこともあり、私は体重が幾分か減ったかのような感覚を覚える程の身軽さを味わった。
「着替え終わりましたね。中々お似合いですよ」
仮説スペースを出た私に、明智が声をかけて来る。身軽になったことで緊張がほんの少しだけほぐれた私はそんな冗談を言って来た彼女に「ありがとう」と返そうと振り返り、そしてそ彼女が装備している武器を見て目を丸くした。
彼女は打ち刀の他に、私が使った小銃ではなく、何とボウガンを装備していたのだ。それも滑車やワイヤーが用いられた現代のそれではなく、彼女がそのグリップを握るボウガンは木製らしき黒いフレームに、所々金色の縁取りが施された、中世ヨーロッパをモチーフにしたゲームで登場しそうな、古風なものだった。
「明智さん、まさか、そのボウガンで戦う訳では無いですよね...?」
だが明智は至って真面目な顔で
「困惑されるのも無理はありません。しかしどうかご安心を。この武器さえあれば、ダンジョン内のモンスターは恐れるに足りません。どうか大船に乗った気持ちでいて下さい」
と答えて来た。
安心できるわけが無い。ただでさえ己の命を彼女一人に預けることが不安で仕方ないのに、その存在がこんな頼りない武器を持っていたら、安心どころか寧ろ不安を煽るだけだろう。私を大船に乗せたいのなら、せめてその武器があれば何故「恐れるに足りない」のか、詳しい説明をしてくれ...
私が機構に対し辟易としていると
「総員集合!これより作戦の再説明を行う!!」
という大声が響いた。声からして恐らくは東だろう。
「行きましょう。本田さん、貴方は私と共に司令部に戻りそこで准尉の話を聞いて下さい。説明が終わればいよいよダンジョンに突入します」
そして明智は他の隊員が改札の前に集まる中、私を連れて駅の事務所に戻った。
「ではこれより『対霞ヶ関駅構内ダンジョン封鎖作戦』の概要を改めて説明する」
改札の前にずらりと並んだ戦闘員と、改札を抜けた少し先に置かれたホワイトボードという特異な状況の中、東がそのホワイトボードの前で最後列の隊員にも聞こえるよう声を張り上げる。
「今回封鎖対象となったダンジョンは登録番号298『27号洞窟』だ。我々はこれよりこの先のホーム内に存在するダンジョンに突入。モンスターを適宜駆逐しつつ、『コア』の撃滅を目指す。出現から2日しか経っていないこともあり、『コア』の詳細は勿論、ダンジョン内の詳しい情報すら乏しい。上層に特級が出現したこともあり、最新鋭の注意を持って作戦に当たれ。以上だ!総員ホームに降りろ!日本標準時10:00《ひとまるまるまる》に作戦を開始する!」
ホワイトボードが下げられる。その瞬間、全ての隊員が隊列を崩さず順々に改札を飛び越えホームへと駆け下りてゆく。その様を私は呆気に取られて見つめていた。いつも見ている薄汚れた構内が戦場になっている。その実感がようやく湧いて来た。
「行きましょう。本田さん、貴方はダンジョン内でモンスターを発見したら、それらに対し出来る限りその小銃を構えて下さい。仮にあの現象が発生しなくても決して慌てないように。全て私が駆逐しますので」
明智は手にした古めかしいボウガンを力強く構えた。
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