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第12話 おじさん、再びダンジョンへ

(私は一体、どうなってしまうんだ...)




狭い車内のシートに座りながら、私は緊張と恐れで全身を生まれたての小鹿のように震わせていた。そんな私を、隣に座る明智が心配そうな表情で見つめている。




(そんな目で私を見るなら、今すぐこの車を止めて私を下ろすよう言ってくれ...)




20歳以上年下の異性に心配され、私は心底情けなくなった。しかしそれでも、震えが止まらない。そのせいで私の膝に置かれた、弾が一切入っていない小銃も同時にカチャカチャと小刻みな金属音を立てていた。






あれから味気ないコンビニ弁当を胃袋に流し込んだ後、洗濯と入浴を済ましてベッドに入った私。いつもと何も変わらない、私しかいない家での日常だ。だがそれを再び壊したのは、出勤の準備を整えていた際に家の前に突如として停まった、ダンジョン機構の記載があるジープと、そこから出て来た全身を武装した二人の人間だった。一人は昨日私を病院まで”迎え”に来た東、そしてもう一人は一昨日ダンジョン内で私を守ってくれた、明智という女性隊員だった。




「おはようございます、本田さん。突然の訪問、どうかご容赦下さい。既に出勤の準備を整えられているところ大変申し訳ないのですが、本日もどうか我々にお付き合い願いたい。職場には既にこちらから一報をいれてありますので」




ぺこりと、東と明智が頭を下げる。また勝手に話を進められていたようだ。本来なら「勝手な事ばかりするな!」と一喝すべきところであろうが、気弱な私は彼らが纏う緊迫した雰囲気に圧倒され、




「分かり...ました...」




とつい返事をしてしまう。




「し、しかしそのような恰好で来られても困ります...。家の前にこんな物々しいジープで来られては、近所で変な噂が立ちかねない...」




「配慮が足らず大変申し訳ありません。我々も時間が無かったもので。まずは車内にどうぞ。そこでお話をさせて頂きます。服装はそのままで構いません」




そして私は東に言われるがまま、狭いジープの後部座席へと通された。昨日乗ったセダン車とは大きく異なり、ジープの車内は窓に張られた遮光シートのせいで非常に薄暗く、加えてドアやシートのあちこちに無線機や端末機器、更には昨日東に紹介された刀が備え付けられており、それらが放つプレッシャーが、ただでさえ小さい私の肝っ玉を委縮させる。




「説明は私では無く、私の隣の明智から行います」




東は車内に収まった私にそう告げると、自分は助手席に乗り込む。それに続いて、明智が車体を回り込んで自分の隣に座ってきた。全員が乗ったことを確かめたジープの運転手はアクセルを吹かせ、車を発進させる。




「改めて自己紹介させて頂きます、対ダンジョン防衛・封鎖機構の明智優芽一士と申します。先刻は私の未熟さ故に貴方を戦闘に巻き込んでしまい大変申し訳ありませんでした」




明智は私に謝罪を告げる。私はその誠実そうな態度に思わず頭を下げ返すと共に、「恐怖で動けなくなってしまった私が一番悪いのだが、彼女があの場でモンスターを仕留め切れていれば、こんなことに巻き込まれる事も無かったのか」などと考えてしまう。




「では私から作戦の概要を説明させて頂きます」




(さ、さくせん...?)




「本田様は昨日東から、『以降は国が所管する国有ダンジョンにて検証を行う』と通達されていたかと思いますが、昨日の射撃場での検証内容を鑑み、我々ダンジョン機構は『一昨日の状況を可能な限り忠実に再現すること』が、貴方が発生させた仮称:インフィニティマガジンの再現を求めるに当たって最も理想的だと判断しました。よって本田様にはこれから行われる、『対霞ヶ関駅構内ダンジョン封鎖作戦』に我々と共に参加して頂きます」




車内に響く音が、ジープのエンジン音だけになる。私は、彼女に告げられたその内容を咀嚼するのに数秒程の時間が必要だった。




「え、つ、つまり...これから私はあのダンジョンに戻るだけでなく、それを封鎖するための作戦に参加する...と?」




「残念ながら、そういうことになります」




明智のその言葉を聞いた途端、私は前に座る東に向かって、生まれて初めて声を荒げて非難を浴びせた。




「ちょっとどう言う事ですか東さん!?確かにダンジョン内での検証をこれから行うことになるとは聞いていましたが、機構の作戦に参加するなんて聞いていませんよ!!第一、私なんかがそんなものに参加すればただ皆さんの足を引っ張るだけだ!!」




私はその勢いに任せ、前席に座る東に掴みかかろうと立ち上がる。だがその時ジープが強く揺れ、その衝撃にあっさりと負けた私は力無くシートに引き戻される。そんな私の肩に、明智の細い手が触れる。




「落ち着いて下さい、本田さん。貴方の気持ちは分かります。しかしこの作戦は統合作戦司令部が立案したものであり、東准尉が異を唱えたところでそれを簡単に変えられるものではありません。どうか准尉を責めないで頂きたい」






この日本に出現するダンジョンは聡が巻き込まれたような、広大な洞窟の様相を呈した密閉空間を形成するものから、モンゴルやサハラを思わせるような地平線の彼方まで続く平原や砂漠を形成するものや、広大な湖を形成するものまで幅広く存在する。




そのようなダンジョンでは陸上戦力だけでなく海上、航空戦力が必要になることもままある。その為ダンジョン機構が遂行する作戦は、陸海空の自衛隊を一元的に指揮する統合作戦司令部から発令されることもあり、場合によっては「超法規的措置」として陸だけでなく海上自衛隊や航空自衛隊の戦力が「貸与」という形で使われることもある。




それらの措置を含め、設立から二十年近く経った現在でも、日本における「対ダンジョン防衛・封鎖機構」という存在はそれを具体的に規律する特定の法令が定められていない「浮遊状態」の機関だ。そんなことが、一定数ある国民の批判を受けても尚まかり通っているのは「ダンジョンという身近な脅威と、それを犯罪行為に使う「マッド・ダンジョンズ」の蛮行を最前線で守る機関」の必要性を多くの国民が認識しているからだ。






しかしだからといってこんなやり方が許されて良いわけが無い。




私は生来からの、気弱で引っ込み思案を強く恨んだ。普通のメンタルの人間ならば国がヤクザみたいなやり方で国民を巻き込んだことに憤り、それに対する抗議をぶつけることだろう。




「それにご安心下さい。貴方の役目はあくまで一昨日の現象を再現すること。他の隊員と共に積極的に戦闘に参加する訳ではありませんし、それに万が一のことがあれば私が今度こそ、貴方を無事に守ります」




しかしそう告げる明智の声が、後半に行くにつれ次第に弱々しくなっていくのを私は確かに聞き取った。




(どうしてこんな女の子に命を預けなきゃいけないんだ...)




しかしこれから守ってもらう存在にそんなことをぶつけられる私では当然なく、結局私は霞ヶ関駅に連れて行かれることになった。

最後まで読んで頂きありがとうございます。執筆の励みになりますので、是非ブクマや評価お願いします。

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