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プロローグ 平原ダンジョンでの狙撃任務

「こちら狙撃班。現在配信されている映像の撮影者と思われる人物を発見。戦闘中の部隊との距離約200。迷彩服を着用し、ハンディカメラにて戦闘の様子を撮影中。また対象の直ぐ傍に大型のスポーツバッグを確認。用途は不明」


スコープにその姿を捉えた私は、「配信者」の情報を無線で本部に飛ばした。


『了解。配信者の確保は現戦闘が終了した後、前線部隊が行う。撮影以外に怪しい動きが無いか、引き続き監視されたし』


「了解」


私は目標を照準から外す事無く、ボルトをゆっくりと引き、人差し指で薬室に弾が送られているか再確認する。




ダンジョン登録番号328、登録名「36号平原」。狙撃班である聡はそこで前線部隊の援護と、「ダンジョン配信者」の発見及び監視を担っていた。聡の前に備えられた狙撃銃は二丁。その内聡は対人用に配備されているM24 SWSのスコープを覗いていた。


「...はぁ」


本部との通信を終えた直後、私と同じように青い下草が彩る丘陵に伏せる観測手の中島が、やりきれないため息を吐く。


「中島君。気持ちは私も分かるけど、今は距離計に集中しなさい。ダンジョン機構の仕事はあくまでダンジョンの脅威から国民を守る事。人を撃つことじゃないからね」


スコープから目を放さず、聡はおよそ戦場にいる人間とは思えない穏やかな声で中島に注意を促す。


(明智君にはもっと上官らしい振る舞いをしろと言われるが、やっぱりそれは性に合わないな...)


「...それでも自分は解せません。あいつは立派な犯罪者ですよ?それを、ただ監視しているだけなんて...」


「私がペアで良かったね。他の上官に今の聞かれたりでもしたら、私も君も纏めて腕立て伏せだ」


「本田さんだから愚痴っているんですよ」


そう口を尖らせつつも、中島は聡の後ろで構える距離計に両目をぴたりと合わせ、配信者を睨み続ける。そしてそんな彼の左腕には防水・防塵用の半透明のフィルムが被せられたスマートフォンが装着されており、今まさに彼らが監視している配信者が撮影している戦闘のライブ中継が映し出されていた。


※これってファイバースネークってやつ?

※そう

※マジか。合体しないん?

※動きが鈍いから、多分まだ機構を脅威とみなしてないわ

※つまんな


繰り広げられる死闘とは裏腹に、間抜けで緊張感の無いチャットが画面上を高速で流れる。この戦闘を見た上でこんなコメントを残す事が出来る連中が日本の何処かにいると考えると、私は自分が何故銃を構えているのか分からなくなってくる。


「中島君、悪いが端末の電源を落としてくれ。ターゲットが見つかった以上そのふざけた中継を流す必要は...」


だが聡がそう言いかけた時、二人に凍てつくような緊張が走る。


「こちら狙撃班。監視対象に動きあり。大型のスポーツバッグから猟銃らしきものを取り出した」


私は慎重に、銃の安全装置を外した。緊張で、自分の呼吸音が耳元で聞こえるように感じる。


※えヤバ。これ銃でしょ?

※マジか!隊員撃つのかよ!?

※ブローニングか。

※でも当てられるん?


どうやら配信者は取り出した銃がカメラに映るようにしているようで、流れるコメントが一瞬で銃を言及するものに変わる。


『こちらも配信映像から確認した。銃火器で間違いはないか?』


「間違い無し。部隊を狙っているものと思われる」


『発砲を許可する。直ちに対象を無力化せよ』


無力化。それはつまり、「対象を生存させることを前提とした上で射撃せよ」という意味だ。


”ダンジョン機構の仕事はあくまでダンジョンの脅威から国民を守る事。人を撃つことじゃないからね”


数秒前に中島に送った言葉の重みが、そのまま全て、自分にのしかかって来た。


モンスターではなく人間を撃つのは、これが初めてだ。だがそれを躊躇えば、仲間の命が失われることになる。私は、覚悟を決めた。


タァンッ!


短い銃声が、響く。放った弾丸は音速を超えて空を裂き、狙い通り、配信者の右太腿を貫いた。


「命中。目標、銃を手放しました」


中島の淡々とした報告が届く。まだ二十代半ばだというのに、人間が撃たれた場を目撃して少しも動揺した様子を見せない。彼の胆力には、いつも驚かされるばかりだ。


(案外、やれてしまうものだな...)


腿を押さえ、苦痛にもがく様をスコープ越しに確かめながら、私はボルトを引き、排莢と次弾の装填を済ませる。もっとも配信者の様子を見る限り、少なくとも「この銃」の役はこれで終わりだろう。


※空しか見えなくなったんだが

※あ~多分撃たれたな。

※死んだん?

※にわか乙。機構はそう簡単に人殺さんわ


中島のスマホの画面が、いつのまにか青一色に変わっており、それに伴ってコメントが流れてゆく速度が落ち始める。配信者が倒れた衝撃で地面に置かれていたハンディカメラが転がり空を映し始めたようだ。


「お疲れ様です、本田1曹」


ようやく観測計から目を放した中島が、聡を階級で呼ぶと共に敬礼をした。それは汚れ仕事を躊躇う事無く見事に果たした彼に対する、文字通りの敬意だった。


「ありがとう、中島士長。君も、素晴らしい仕事をしてくれた...」


だが、その時である。


『前線部隊より狙撃班へ伝達!対象の形状変化阻止に失敗した!援護を求める!!』


二人の無線からノイズ混じりの支援要請が溢れ出て来た。そして二人は肉眼で、丘を全速力で駆け降りる隊員達と、それを追うモンスターの姿を捉えた。


識別541、正式名「A二級球蛇」、俗称「ファイバースネーク」。常に群れで行動するこの大蛇は普段は一定の集団を保ちつつ各々自由に行動するが、敵に襲われそれを脅威と見なした時、集団の全ての蛇が一纏めに絡まって巨大な球を形成し、反撃を行う。


逃げる隊員達に毒液を吹きかける球蛇達は正に、その球状になっていた。こうなった玉蛇は遠距離からの射撃以外では手を付けられない。だが奇妙な事に蛇達に背中越しで小銃を発砲する隊員は数人だけであり、他の隊員はそもそも小銃すら携行していなかった。


「狙撃班了解。前線部隊は撤退を最優先としろ」


私はチャンネルを変えて前線部隊に向け手短にそう伝えるとM24 をしまい、代わりに備えつけていたもう一丁の銃...では無く、背後に控えていた巨大な狙撃銃を持ち上げた。


AW50対物ライフル。日本では対ダンジョン防衛・封鎖機構の他に特殊強襲部隊、通称SATに配備されている大砲だ。私は転がる球蛇の動きを計算し、それの銃身を予測した軌道上に対し垂直になるように構える。すると




『スキルの発動要件を達成。【無限弾倉】《インフィニティ・マガジン》の凍結を解除します。ボルトを引き、薬室をオープンにして下さい』




脳内に、いつもの音声が響いた。それに従い、私はAW50のボルトを引く。するとどこからともなく現れた、黒い煙のような揺らぎが薬室内を満たした。そしてその揺らぎが晴れた時、空の薬室には、「12.7x99mm 純迷宮鋼製特殊弾」という文字が刻まれた弾丸が装填されていた。素早くボルトを押し戻し、射撃の準備を完了する。


(まずはあの状態を解く...!)


ズガァンッ!!


先程のM24とは比べ物にならない爆音が轟く。放たれた大口径の弾丸は球蛇のほぼ中心を撃ち抜き、たちまちの間に蛇達の結束を解いた。衝撃に怯んだ蛇達がゴロゴロと、地面に力無く転がる。


「こちら狙撃班。残りの蛇の撃滅も我々が担う」


『了解しました。本田1曹の狙撃、刮目させて頂きます』


「あまり調子付くんじゃないよ」


そして私はAW50のスコープから目を放し、先程からM24の横に並んでいた最後の銃に手を伸ばした。


M110狙撃銃。セミオート式で速射性に優れる米国製のそれは、狙撃手として正式に認められた時から、私の相棒だ。




『使用銃器の変更を確認。直ちに弾倉をリリースして下さい』




再びアナウンスが脳に届いた。私が弾倉を外すと、それを再びあの黒い揺らぎが満たし、あっという間に弾倉内を「7.62x51mm純迷宮鋼製特殊弾 」という記載がされた弾丸で満たす。


その弾倉を装着し、再び球状に戻ろうとしている玉蛇達に弾丸の雨を浴びせた。我ながら腕が上がったものだ。正確な射撃は次々に球蛇を貫き、蛇達は一匹、また一匹と白い塵と化してゆく。


しかしM110の弾倉は20発のみ。速射性に優れる分、私はあっという間に全ての弾を撃ち尽くしてしまう。だが―




『補充完了。目標、依然健在です。攻撃を続けて下さい』




空の弾倉を外した途端、三度黒い揺らぎにより弾丸が補充される。弾倉が弾丸で満たされるや否や、それをM110に戻し、狙撃を再開する。


銃器の弾が切れた瞬間にそれを一瞬で補充する無限弾倉【インフィニティ・マガジン】。それがダンジョン内で私だけが使える、「異能」だった。




『全ての目標の殲滅を確認。安全の為、スキルを再凍結致します。お疲れ様でした』




最後の蛇を塵に変えた時、スキルの封印を知らせるアナウンスが流れた。そしてそれに続き


『撃滅目標、A二級球蛇の殲滅を確認。見事な活躍だった本田1曹。先程狙撃した配信者も既に拘束した。直ちに本隊に合流し、ダンジョン内から撤退せよ』


という無線が来た。私はチャンネルを本部向けに変えようとする。その時


『こちら明智。先程配信者を拘束しました。これは私個人から本田1曹に対する感謝の言葉です。人に銃を向けてまで我々を救って頂き、ありがとうございました』


という、若い女の声が無線に届いた。


「気にしないでくれ。明智君こそ、無事でなによりだ。お疲れ様」


声の主に対し、穏やかに戻った声色で、労いの言葉をかけた。

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