第2話-3 堀川通のイチョウは黄金色
■春馬視点
外を出ると、京都の澄んだ空気が包み込む。落ち葉の淡い香りがどこから漂ってきて、秋から冬の移り変わりを実感させてくれる。今は丁度、11月だ。
11月の京都は昼と夜の寒暖差がかなり厳しくなり、葉が濃く色づいていく。
徐々に来る冬の足取りが、京都の街並みから分かるようになってくるのだ。
そんな空気を胸いっぱいに吸い込んでいると、後ろで扉がそっと開く音。
振り返ると、外出用に上を羽織った奈々がおずおずと出てきた。
上は白いセーターの上に丈の長く赤みを帯びた黒のコート。フリルがあしらわれた黒いスカートを着て、その下はきっちりタイツを履いて防寒対策をしている。靴は編み上げのレザーブーツだ。
髪も軽く整えた彼女に、ん、と僕は目を細めて言う。
「思うけど、奈々ってお洒落だよな」
「ん、そう、かな」
「ああ、大人の女性、って感じ。いいコーデだ」
「えへへ、ありがと」
褒めると彼女は表情を緩ませ、嬉しそうにくるりと回る。ロングコートが軽く風を孕み、ふんわりと揺れる。その仕草と笑顔に釣られて、思わず笑みをこぼしてしまう。
「ん、じゃあ行くか、奈々」
「うん、兄さん」
弾む足取りで僕の隣に並ぶ奈々。その歩調に合わせて僕はゆったりと歩き始める。僕の半歩先を歩む彼女はすっかりいつも通りだ。
(にしても、さっきの奈々は可愛かったけどな)
大人びた服装の今の彼女には想像できないほど、幼気な仕草でジャケットを羽織っていた彼女。体格が違うので当然、袖も余ってだぼだぼだ。
だからだろうか、自分のジャケットを羽織った彼女に何故かぐっと来てしまった。
彼女は恥ずかしがっていたが、もう一度見てみたい、という気もする。
(ま、今は絶対言えないけどな)
調子が戻って上機嫌な奈々。ふと彼女は僕に視線を向けて明るく言う。
「兄さん、お散歩コース、どうしようか」
「ん、実家の周りは久々だからあまり離れない程度で、かな」
「じゃあ、堀川通かな」
僕の実家は上京区――京都御所を目安に考えると京都の北側。もっと詳しくいえば、烏丸通と堀川通の中間、今出川通と紫明通の中間にある。近所には同志社大学の新町キャンパス、室町幕府の跡地、そしてこの区画だけで数々の寺院がある。
区画の外にも少し歩けば、京都御所、相国寺、晴明神社など有名どころもある。散歩するには事欠かない立地なのだ。
(今日のコースは堀川通だから、水火天満宮や晴明神社あたりか)
「それでその後にカフェでケーキ、と」
「そうだね……あの辺だと、ん……」
奈々は首を傾げ、視線を泳がせて考え込む。と、後ろから自転車が近づいてくる気配に、僕は手を伸ばして奈々の手を引いた。
「奈々、自転車気をつけて」
「あ……」
後ろから自転車が通り過ぎていく。それを確かめてから奈々の手を離し、いつもの距離に戻りながら僕は訊ねる。
「で、どこのカフェにするんだったかな」
「あ……うん、そうだったね」
一瞬だけ間が空いた返答にちら、と奈々を見る。丁度、彼女は店を思いついたのか、ぱっと明るい笑顔を咲かせてくれたところだった。
「ね、兄さん、ケーキじゃなくてシュークリームでもいい?」
「もちろん、構わないが」
「美味しいコーヒーもあります」
「じゃあ、そこで確定だな」
「おっけぃ、期待していてね、兄さん」
「そんなに美味しいのか?」
「うん、シュークリームもそうだけど、堀川通も、ね」
そういう彼女の目は悪戯っぽく輝いている。その目つきをしているときの彼女は、まるで幼い頃に僕を連れ回していた頃の目つき。
何か、面白いものを見せたい彼女の瞳――それに釣られて笑みがこぼれる。
「それは楽しみだ」
彼女は迷いなく交差点を西の方向に曲がる。その隣を半歩遅れながら歩いていくと、ふと視界に大通りが見えてくる。行き交うのは多くの乗用車やバス、タクシー。
それに紛れて見えるのは、眩しいばかりの黄色。
(あの黄色は、もしかしなくても)
「見えて来たね、兄さん」
楽しそうに奈々は笑うのを、僕は目を細めて頷き、ああ、とその光景に胸を高鳴らせる。そして堀川通に足を踏み出す。
視界に飛び込んできたのは、大通りの中央にずらりと並んだ銀杏並木だ。黄色く染まったイチョウが眩しいばかりに道を彩り、秋空の中で輝いている。
はらはら、と黄色い葉が舞う中、彼女はくるりと一回して微笑んだ。
「秋の紅葉も綺麗だけど、銀杏も悪くないよ、兄さん」
弾ける笑顔の奈々。大人びた彼女が見せる眩しい笑顔と、秋の景色に僕は思わず見惚れながら――ああ、と一拍遅れて頷いた。
「とてもいいな、秋の景色は」
こんな奈々のいい笑顔を見せてくれるのだから。