第2話-2 家族は意外とよく見ている
■春馬視点
母さんは居間で新聞を読んでいた。
居間に入ると、僕に気づいてテーブルの上を手を示す。
「春馬、置き配が届いていたわよ」
「ん、ああ、ありがと。母さん」
そういえば昨日の夜にいくつか商品を頼んでおいたのだ。昨日の今日で届く、昨今の宅配事情は優秀である。机の上の段ボールを持ち上げると、母さんも新聞を畳んで腰を上げる。
「ついでに飲み物も持っていきなさい。もう大分何も飲んでいないでしょ」
「あ……そういえばそうか」
「貴方たち二人は、根を詰め過ぎるからね、いつも」
母さんは仕方なさそうに笑うと、台所へすたすたと歩いていき、冷蔵庫を開ける。
「確か、貰い物の缶ジュースがあったわ。それでいいわね?」
「ああ、リンゴとオレンジかな」
そういうと母さんはくすりと笑い、二本の缶ジュースを取り出しながら振り返った。
「奈々ちゃんの好みをばっちり把握しているわね」
「ま、従妹だからな」
手首の返しだけで母さんは一本ずつジュースを投げてくる。回転して舞う缶を右手、左手で受け取りながら肩を竦めた。二本とも奈々が好きなジュースだ。
とはいえ、僕もオレンジジュースは嫌いじゃないけど。
冷蔵庫を閉めた母さんは戸棚を開きながら、ま、そうよね、と軽く頷いた。
「貴方たち、昔から仲が良いし……とはいえ、春馬、少しは奈々ちゃんのことを考えてあげた方がいいわよ」
「ん……やっぱり時間を使わせるのは悪いかな」
「ううん、あの子と貴方がどう時間を使うかは自由よ。ただ、時間を使わせている以上のお礼は互いにするべき。あの子が貴方と一緒にいたいと願うのなら、それに応えられるようにしなさい、ということ」
ま、春馬は気が利くから心配いらないと思うけど。
母さんの言葉が温もりがこもっていて、いつも僕たちを見守っていることが分かってくる。現に今も母さんは奈々の好きなサブレを出そうとしていた。
「お菓子はいいよ、母さん。ちょっと二人でお茶しに行くから」
「あら、そう? なら寒いから行くときは温かくしてね。それと」
母さんはサブレをしまい直しながら、横目で少しだけ笑った。
「二人ともあまり食べ過ぎないようにね。今日はクリームシチューよ」
「……気が利くのは、母さんの方じゃないか」
昨日、奈々と実家に戻ってきたときも、彼女はなかなか帰ろうとせずにこの家で夕飯を食べ、僕が家まで送っていった。恐らく今日も、そうなるはずだ。
だからこそ、母さんは奈々の好物を用意してくれている。
「気にしないでいいわ。出かけるなら日が暮れる前に行ってらっしゃい」
「ん、そうする。ありがと」
缶ジュースと置き配の荷物を手に、僕は居間から出る。階段を昇りながら、さて、と時間を考える。夕食までの時間を考えると、荷解きは一旦中断してお茶をしに行く方がいいだろう。どれだけ奈々がケーキを食べるわけではないし。
(ま、彼女もいつまでも子供じゃないし、食べ過ぎないか)
苦しそうにする幼い彼女の面影を思い出しながら、部屋の扉を押し開け――。
「わぁ……お兄ちゃんの匂い……っ」
そこにはジャケットを羽織った奈々の姿があった。
だぼついた片袖をばたつかせ、口元に袖を押し当てる従妹。その姿に思わず固まっていると、開いた扉から吹き込んだ風に気づいて奈々は振り返り――。
目が合って、彼女も固まる。その顔が羞恥で赤く染まっていく。
僕もなんといえばいいか分からず、迷った末に缶ジュースを差し出した。
「……どっちにする?」
「……リンゴで、お願いします」
「おう、ほら」
彼女のか細い声に応え、缶ジュースを差し出す。黙ってプルタブを開けた彼女はこくこく、と飲み始め、その隣に腰を下ろした僕もオレンジジュースを開ける。
しばらくジュースを飲んでから、僕は軽い口調で訊ねる。
「見なかったことにした方がいいか?」
「……できれば」
「了解。じゃあ気分転換に外に行くか。先に居間で待っているから。のんびり化粧でも直して来てから出てくれ」
そう言って僕は彼女の頭に手を置いてから腰を上げる。クローゼットからジャケットを手に取ると、廊下に出る。
数秒後、「ああああああああ」と悶える声を聞きながら思わず苦笑いをこぼした。
(大人びたところも見てきたけど)
意外とまだ、あどけないところもあるようだ。