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第1話-2 コーヒー好きな彼の表情

■奈々(ヒロイン)視点

 コーヒーをのんびり味わう兄さん。それを見ながら、ほぅ、と私は息をこぼす。


(兄さん、やっぱりカッコいいな……)


 ゆっくりとコーヒーを味わっているだけでも様になっている。その落ち着いた立ち振る舞いは昔から変わらない。その振る舞いに歳が追いついて、より素敵になった気がする。身に着けている服もセーターの上にジャケットとどこか大人っぽいのだ。

 思えば東京に行く前から、兄さんは大人っぽくファッションセンスが良かった。

 高校生になってからは身体つきもがっしりし、大人びてどきどきしたのを覚えている。

 彼がコーヒーを飲むと、その喉仏が動く。その動きがなんだか艶めかしく感じて、思わず視線を横のメニューに逸らした。目に入ったのは、秋の味覚を使ったケーキだ。


(あ、モンブランか……)


 イノダのモンブラン、食べたことない。美味しいのかな、とふと思う。


「――モンブランか。美味しそうだな」


 どき、と思わず胸の鼓動が跳ねる。視線を兄さんに戻すと、彼はコーヒーをソーサーに戻し、視線をメニューに向けていた。彼は私に視線を向けると、微かに目を細めた。


「食べてみるか?」

「う……」


 誘惑。だがぐっと堪える。もうじき夕暮れ時――ここで中途半端に何か食べてしまうと、お夕飯が十分に入りなくなりそうだ。

 それはよろしくない。だから、堪える。ふるふると首を振ると、そうか、と兄さんは小さく頷き、くすりと笑みをこぼした。


「昔みたいにケーキを三つ四つも食べてお腹を壊さないんだな」


 その言葉に一瞬だけ私は思考を止まらせる――何のことだっけ。

 だが、兄さんの悪戯っぽい笑みを見ているうちに思い出し、頬が熱くなった。


「そ、それは子供の頃の話でしょ!」


 それは私が十歳になった誕生日のこと。その日は兄さんと一緒にお出かけし、ケーキの美味しい喫茶店に連れていってくれたのだ。いろとりどりのケーキに嬉しくなり、あれもこれも、とケーキを頬張り――気づけば、お腹が苦しくなっていたのだ。

 帰路は足がおぼつかず、仕方なさそうに笑った兄さんに背負われて帰ったのだ。


「というか、よくそんなこと覚えているよね、兄さん……忘れてよ」


 文句交じりに唇を尖らせる私に、兄さんはカップを持ち上げながら何気ない口調で言う。


「奈々のことだからな、忘れるものか」

「……っ」


 どき、とまた胸の鼓動がうずく。兄さんは無自覚に不意打ちをしてくる。

 でもそれは裏を返すと、意識せずに奈々のことを想ってくれている――ということで。

 思わず、緩みそうになる唇をごまかすため、私もコーヒーを口に運ぶ。口の中に広がったのは、コーヒーの味だ。


(……美味し)


 いつからだろう、コーヒーの美味しさに気づくようになったのは。

 最初の頃はコーヒーなんて苦い飲み物としか思えなかった。舌が痺れるほど苦くて、ミルクと砂糖を入れないと飲めなかったくらいだ。

 だけど、兄さんがいつもブラックで飲んでいるから、それを真似したくなって。

 兄さんが好きな味を知りたくて――いつの間にか、コーヒーを好むようになった。私の人生は兄さんのおかげで彩りを増している。だから――。


(兄さんが、帰ってきた)


 それを噛みしめるだけでじんわりと喜びが込み上げてくる。

 明日も、明後日も、来週も、来月も兄さんが京都にいる。それを考えるだけで楽しみで胸が躍ってくる。こんな想いを教えてくれた兄さんに伝えたい。

 今はまだだけど。でも、いつかのタイミングで――。


(……そう考えると、兄さんが休みの間はチャンスかも)


 ふと思う。兄さんは今日、引っ越してきてばかり。だからいろいろ手続きもあるし、見て回りたいと言っていた。もちろん、それは奈々も手伝うし、観光も付き合う予定だ。

 むしろ、ダメだといってもついていってやる。

 そうしたらきっと、兄さんは仕方なさそうに笑って頷いてくれるから。

 甘えすぎかもしれないけど、ここは甘え通そう。


(だって、一世一代のチャンスだから)


 自分の気持ちはとっくに気づいている。

 兄さんが東京に行ってしまう――それを聞いた夜に涙がこぼれて気づかされたのだ。

 家族以上に、兄さん――宮崎春馬のことに恋している、と。

 そして同時にまだ、自分は兄さんに釣り合っていないことにも気づいた。


 だから兄さんが東京に行っている間、自分磨きを頑張った。

 栄養もしっかり摂り、運動も始めた。スキンケアの仕方もお母さんから教わり、大学生になってからは化粧の仕方も教えてもらった。いつも撫でてくれた髪の毛も綺麗になるようにヘアケアも怠らない。

 そうした日を過ごすうちに、とうとう兄さんが戻ってきてくれた。

 ならば――この期間がまさしく好機だ。


 好きな人に、想いを伝えるための。


 その燃えるような決意を秘めながら、私はゆっくりとコーヒーを味わってから何気なく告げる。


「次はケーキが美味しい喫茶店に行こうよ、兄さん」

「いいな、悪くない。そうだな、明日は?」

「大丈夫だよ」


 さらっと当然のように明日の予定を確かめてくれる兄さん。なんだかんだでこの休みを楽しみにしてくれているのだろう。

 胸がほこほこ温かいのは、きっとコーヒーのせいだけではない。

 私は頬の緩みを抑えるように頬杖を突きながら、笑って兄さんに言う。


「楽しみだね、兄さん」

「ああ、本当にな」


 彼は穏やかに笑いながらコーヒーを楽しんでいる。その落ち着いた仕草はやっぱりカッコよくて私はしばらくその顔を眺めていた。

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