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第12話-1 朝の南禅寺は絶景かな

■春馬視点

 その日の朝は刺すような寒さに包まれていた。

 まだ残る朝靄を貫くように澄んだ朝日が差し込む午前八時頃――僕と奈々は自転車で京都の街を走っていた。丁度、目の前の信号が赤になり、前を走っていた奈々は減速。後続の僕が隣に出て並んで自転車を停める。


「やっぱり朝のサイクリングはいいね、兄さん。清々しい気分」


 屈託のない笑顔を浮かべる奈々に、僕は思わず苦笑いをこぼした。


「確かに。早起きさせられたことを除けば、確かに悪くない」


 有給期間中の僕は基本的に惰眠を貪っている。少なくとも朝の九時まで寝ていることが多い。だが、彼女はわざわざ六時に家に来て僕を起こしたのだ。

 僕を起こすなり手早く軽い朝ご飯を作って食べさせてくれ。

 それから手を引いて外に連れ出され、共に自転車を漕ぎ、今に至る。


「早起きは大事だよ? 兄さん。三文の徳があるし」

「そうはいうが、社会人にとって朝の惰眠は貴重なんだよな……」


 まぁ、今は有給期間だから別に構わないのだが。


「……で? 今更だが何で朝のサイクリングなんだ?」

「ん、今日も京都の魅力をお伝えしようと思って」

「わざわざ朝にか」

「理由はすぐに分かると思うよ――さ、行こっ」


 信号が青に変わる。奈々はペダルを蹴って駆け出し、僕はその後ろを追いかけるように自転車を漕ぐ。縦列で彼女を追いかけながら、さて、と首を傾げた。


(朝ならではの名所、か)


 ちなみに京都は意外と動き出すのが遅い。街中だと11時過ぎでようやくいろんな商店が開き始めるのだ。その代わり、寺や神社は早朝から門を開けていることが多い。

 そうなればお店というより、恐らく寺か神社だろう。

 そして、今走っているのは京都の東端にある白川通――。


(東山のどこかの神社か、それとも祇園の方まで出るのか)


 いずれにせよ、奈々は退屈させてくれないはずだ。想像を弄びながら僕は自転車を漕いでいく。やがて天王町を過ぎて南下していくと、道路の幅が狭くなり、趣のある建物が続くようになっていく。少し速度を落とし、交通に気を配りながら下り坂を進み。

 ふと右手の視界が開け、水場と噴水が見えてきた。


「――京都市動物園か」

「目的地は違うけどねー」


 独り言が聞こえたのか、奈々が振り返らずに声を返してくる。事実、彼女は京都市動物園の方には自転車を向けず、その反対側に曲がる。

 すなわち――山や緑が広がる方へと。


(……ああ、なるほど。ここは)


 自転車を走らせるにつれて目に入る、落ち着いた料亭や旅館。その雰囲気に目を細め、その先にある寺院を悟る。やがて奈々はゆるやかに自転車を減速させた。

 その彼女の目の前にあるのは、荘厳な門だ。


「……南禅寺」

「正解。結構名所だよね」

「ああ、いろいろ有名だからな」


 南禅寺は臨済宗の総本山であり、見事な庭園を備えた寺院だ。また中にある疎水の水道橋は様々な作品でも登場し、観光名所として親しまれている。

 だからこそ、結構な観光客がいつもいると聞いているのだが――。


「……人っ子一人いないな。開いているけど」

「そりゃこんな朝早くに来る物好きな観光客はあまりいないよね。駅やバスからも地味に遠いし。もちろん中央からも遠いからね」


 ただ、と彼女は悪戯っぽく笑って僕を振り返って告げる。


「だからこそ、私たちが南禅寺を独り占めできる、ってわけ」

「それは贅沢だな」

「いろいろ探検もできるよ。写真も撮りやすいし」


 門の近くにある駐輪スペースに二人で自転車を停める。奈々は弾む足取りで歩きながら手袋を外し、ん、と僕に手を差し伸べる。

 僕も手袋を外すと、その手を迷いなく取って指先を絡め合わせた。


「あ、兄さんの手、温かい」

「手袋してきたからな」

「この季節で自転車は、手袋必須だよねぇ」

「本当に。手袋を忘れると後悔する」

「間違いないよ。染みる寒さだねぇ」


 そう言いながら指先を擦り合わせてくる奈々。奈々の指先も暖かく柔らかい。しっとりとした温もりに表情を緩めながら、二人で境内に足を踏み入れた。

 時間はまだ早朝。境内は静まり返っており、観光客の姿はほとんどない。

 響き渡るのは風で葉が擦れ、水が流れる自然の音だけだ。

 澄み渡る秋と冬の間の空気を吸い込みながら、二人でのんびりと境内を巡っていく。巨大な三門の先は南禅寺の中心となる法堂がそびえ立ち、迫力満点だ。それを彩るように秋に色づいた紅葉たちが揺れている。

 禅宗様式の建物特有の圧倒的なスケールと紅葉の組み合わせはかなり見ごたえがある。


(これをほとんど独占できるのは、すごいな……)


 思わず道の中心で立ち尽くし、法堂を見上げる。奈々も傍で見上げながら小さな声で解説してくれる。


「法堂は応仁の乱や明治の火災で燃えたものの、こうして再建されて百年以上――やっぱり迫力が満点だよね」

「ああ、本当に。朝焼けの中にそびえ立っているのも、迫力がある」

「だよね。私もこの時間帯がお薦めなの」


 しばらく眺めてから奈々に視線を戻す。彼女は微笑んで頷くと、手を引いて境内を案内してくれる。法堂の奥には行かず、向かって右側に続く道を行く。

 道の横は湧き水が流れ、ひんやりとした空気が漂う。その道を進んでいくと見えてきたのは、赤レンガの巨大な建造物だ。


「……疎水。水路閣だな」

「うん、結構有名だよね。アニメで出てきたから、ということもあるけど」


 当然、ここも人はいない。奈々に手を引かれるまま、その水路閣の真下に向かう。水路閣を支える橋脚は特徴的な形状になっており、フォトスポットとして人気だ。

 奈々はちら、と真上に視線を向けて解説を加える。


「ちなみにこれは遺跡とかじゃなくて、実際に水が流れているよ――見てみる?」

「見られるのか?」

「見られる場所は限られているけど、一応見ることはできるよ。あんまり見栄えはしないけどね」


 ちら、と側面の石段を見やる奈々。僕もそれを眺めてから軽く肩を竦めた。


「ならいいか――それよりも、奈々、写真は撮るか?」

「ん、大丈夫。充分撮ってあるから――あ、でも」


 奈々はぱっと表情を明るくさせると、スマホをすぐに取り出した。インカメを起動するのを見て、思わず苦笑しながら奈々に身体を寄せた。


「これで映りそうか?」

「もちろん……あ、でも逆光になりそうだから、こっち」


 奈々は腕を抱くように引っ張って立ち位置を調整。少し試行錯誤してから、奈々は素早く何枚かシャッターを切った。


「……これで、良し、かな」

「どれどれ?」


 彼女が手元に戻したスマホを覗き見る。そこには二人のツーショットが綺麗に撮られている。赤レンガを絶妙に背景に取り入れ、なかなか趣深い。

 ちなみに、奈々はきりっとした決め顔を作っていて若干顔を傾けている。


(……なるほど、自分の見せ方をよく分かっているな)


「さすが芸大生」

「えへへ、褒めても写真しか出ないよ?」

「なら、後で僕のスマホにも送ってくれ」


 僕の言葉に奈々は嬉しそうに表情を緩めて、うんっ、と頷いた。それから再び僕の手を取り、軽く引いてくる。


「そろそろいい時間だから、行こうか――この南禅寺の穴場スポット」

「……まだ穴場があるのか?」


 朝の南禅寺、というだけでも、大分穴場感はあるのだが。

 だが、奈々は悪戯っぽく笑い、片目を閉じてみせる。


「冬場の南禅寺ならではの、穴場があるの。こっちだよ、兄さん」


 弾むような足取りで奈々は歩き出す。朝露で濡れた石段を滑らないように歩きつつ、僕はその隣を歩き、再び南禅寺の中央へ。

 そして、荘厳な雰囲気を漂わせる三門まで彼女は歩み寄る。その一角には数人並んでいる人がいる。彼女はスマホを見て時間を確認する。


「――よし、もう少しだね」


 時間は八時半を回った頃。だが、冬場ということもあり、まだ早朝といった雰囲気だ。そろそろ寺社仏閣は拝観が始まる時間帯でもある。


「三門も拝観できるんだったか」

「そうそう。南禅寺は方丈庭園、三門、南禅院が拝観できるの。その中でも私がお薦めなのがこの三門。なんといっても日本三大門の一つだからね」


 ちなみに日本三大門の他の二つは京都の東福寺と山梨の久遠寺だ。

 僕はまだそのどちらも見ていないが、南禅寺の三門と同格と評されるならば、さぞ荘厳な建物だろうと想像できる。


「そういえば、確か南禅寺の三門は歌舞伎でも出てきていたかな」

「うん、石川五右衛門が登場する歌舞伎、『楼門五三桐』だね。面白い歌舞伎だよ」


 さすが芸大生、さらっと作品の名前が出てくる。石川五右衛門の名で自分も思い出した。


「ああ、絶景かな、絶景かな、だったか?」

「あはは、そうそう――その絶景、興味あるよね、兄さん」


 奈々の悪戯っぽい視線に、なるほど、と僕は視線を三門に向けた。

 寺院の拝観は仏像や建物の中を見られるだけではない。庭園なども楽しむことができる。そしてこの三門には五鳳楼と呼ばれる上層の楼があるのだ。

 丁度、寺の人がやってきて、拝観の準備を進める。それを見て奈々は軽く笑った。


「石川五右衛門が見た絶景、見せてあげるよ。兄さん」

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