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第9話-1 百万遍の交差点で待ち合わせ

■春馬視点

 百万遍は今出川通と東大路通にある交差点の通称だ。近くにある寺、知恩寺が百万遍と呼ばれていることからここら一帯が百万遍、あるいは万遍と呼ばれて親しまれている。

 またそこには名門の京都大学があることも有名であり、夕方になれば無数の学生が校門から出てくる。その学生たちをターゲットとした居酒屋も多く、飲食店には事欠かないのがここ、百万遍だ。


 そこの北西に立つ一本の銀杏。そこに辿り着き、ふぅ、と僕は一つ息をつく。時計を見れば待ち合わせ時間の二十分前――想定よりも遅い時間だ。

(準備に少し手間がかかったからな)

 告白する、と決めてからは、彼女に目いっぱい喜んでもらえるようにいろいろと準備していたのだ。割と午後の時間を目いっぱい使い、ここに来るのも少し早足だった。

 何しろ、奈々は早く待ち合わせ場所に来るから、きっとそろそろ――。


「あっ、兄さんっ」


 ぱっと明るい声に時計から視線を上げる。そこには自転車を押して歩く見知った少女がいた。友達も一緒なのか、連れ立って歩いている。その友達は軽く手を振って別れようとするが、奈々は手を引いて首を振る。

 それから奈々はその子を連れて一緒に僕の傍まで自転車を押してきた。


「兄さん、お待たせ。折角だから紹介するね、私の友達」

「ど、どうも……織部理沙です。奈々と、仲良くさせてもらっています」


 物静かそうな雰囲気をした少女はぺこりと頭を下げる。ああ、と僕は笑って目を細め、軽くお辞儀を返す。


「ご丁寧にどうも。奈々の従兄の、春馬です。いつも奈々と仲良くしてもらって助かっています――大変でしょう? 奈々は」

「……そうですね、時々」

「二人ともいきなり何の話しているのよっ」


 小声のやり取りを聞きとがめ、奈々は僕の腕を軽く叩いてくる。僕は軽くなだめるように片手を挙げながら、理沙さんに笑みを見せる。


「まぁ、こんな子だけど、引き続き仲良くしてくれれば嬉しい」

「それは……はい、もちろんです」

「ん、良かった――本当はお近づきの印にお茶でもご馳走したいが……」

「あ、いいんですよ、そんな」


 理沙はぶんぶんと手を振るので、少しだけ僕はほっとして笑った。


「うん、ありがとう。だから次の機会におごらせてくれればありがたいな」

「では、そのときによろしくお願い致します」

「ん、了解。挨拶できてよかった。今後ともよろしくね」


 はい、と理沙さんは歯切れよく返事すると、奈々に視線を向けて笑った。


「じゃあまたね――頑張って、奈々」

「ん、ありがと。また」


 奈々は小さく手を振る。理沙さんはぺこりと頭を下げると、丁度信号が変わった横断歩道を自転車を押して立ち去って行った。

 それを見送ってから、ちら、と奈々の方に視線をやる。


「ありがと。奈々。気を遣わせたな」

「ううん、私も大事な友達を兄さんに紹介したかったし……手ぇ出したら嫌だよ」

「まさか。奈々だけで手一杯だ」

「それ、どういう意味よぅ」


 じゃれつくように奈々は身体をぶつけ、嬉しそうに表情を綻ばせ――あ、と何かに気づいたように鼻を動かした。


「……いい匂いする」

「ん、ああ……今日は、ちょっと香水を使ってみてな」

「珍しい。どういう心境の変化?」

「……それは後のお楽しみだ――いつもとは違う別の楽しみ方になるから」


 少し悩んでからそう答える。多分、嘘は言っていない。

 その言葉に奈々は驚いたように固まり――何故か、そのまま動かない。


「……奈々? 大丈夫か」

「あ、うぇっ、うんっ、元気!」

「裏返った、素っ頓狂な声が出たが……まぁ、いつものことか」

「え、私ってそんないつも奇声を発しているの?」

「奇声は珍しいが、よく身体をくねくねさせるだろ。奇行は慣れたもんだ」

「う……そんなくねっているつもりはなかったけど」


 しゅんと凹んだ奈々を前に、僕は軽く笑って肩を竦める。


「別にいいさ。僕の前だったら、気にしない」


 その言葉に奈々は視線を上げてまばたきをしたが、やがて僕の腕に額を押し当ててくぐもった声で告げる。


「……じゃあ兄さんにしか見せない」

「……嬉しいこと言ってくれるねぇ」


 僕はそっと奈々の髪を梳くと、彼女は上目遣いで見上げてくる。視線が交わると、彼女の瞳が微かに熱を帯びて揺れているのが分かる。その頬が赤いにも気のせいではないだろう。

 その視線を柔らかく受け止めながら、ぽん、と頭に手を置いた。


「が、話の続きは後にしよう。折角の夜の時間だ、楽しまないと損だぞ」

「あ……うん、そうだねっ」


 一瞬だけ名残惜しそうにしたものの、奈々はぱっと笑顔を浮かべて身を離す。自転車のハンドルを握り直しながら、彼女は微かに首を傾げた。


「とはいえ、どこに行くの? 兄さん」

「ま、奈々はとっくに行っている場所だとは思うが」


 僕は軽く肩を竦め、南の方へと足を向けて言葉を続ける。


「くろ谷さんだ」

「あー、なるほど、丁度いい季節だね」


 さすが京都を熟知している従妹分だ。通称だけでどの場所か、すぐに理解を示してしまう。


(ま、この辺で奈々を驚かせようとは思っていないが)


 ちら、と空を見上げれば茜色の残滓を残す空はすでに夜色に染まりつつある。つまりここは大人の時間――まだ子供の奈々には知らない世界がたくさんある。

 そこは、まだ僕のテリトリーだ。

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