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第6話-1 花遊小路と地下道は京都の穴場

■春馬視点

 四条烏丸は京都の中でも大きく栄えている場所の一つだ。

 京都市内を南北に縦断する地下鉄烏丸線が走り、東西には阪急線が走ることで大阪から列車が行き来している。さらに四条通を東に行けば、八坂神社、そして観光地として有名な祇園がある。昔には通りを市電が走っていたという。

 そんな歴史もある通りであるため、様々な店が軒を連ねている。百貨店、大型書店、土産物店など観光客も人気であり、休日は通りに人が多く行き交っている――。


 そして、そんな地下を僕と奈々はのんびり歩いていた。


「……意外に便利だな、この通路」

「だよね、学生の頃は自転車の移動がメインだったから気づかないけど、意外とこういう通路がこういう季節は快適」


 確かに、と奈々の言葉に僕は頷いた。

 今日のお出かけは自転車ではなく地下鉄を利用した。お目当ての寺町付近は駐輪場が少なく、あったところで昼過ぎには大体、満車になっているという。

 それに地下は冷たい風にも吹かれないし、信号もない。景色は殺風景ではあるが、快適に移動するには最適だ。


「ちなみに地下道はどこまで?」

「ん、河原町の奥――木屋町まで伸びているし、適当に出口もあるから任意の場所で地上にも上がれる。この辺に来るときはこの通路がオススメかな」

「覚えておく――ところで」


 ちら、と視線を奈々に向けた。隣を歩く彼女は軽くウェーブさせた髪を揺らし、ん、とこちらに視線を返してくる。

 今日の彼女は白いニットワンピースにダッフルコートを羽織った冬らしいスタイルだ。ちょこんと頭に載せたベレー帽がいいアクセントになっている。大人らしいが彼女の可憐さも引き立てているコーデだ。


「……出る前も言ったが、似合っているぞ。大人っぽい感じだ」

「あ、えへへ、良かったぁ、もう少し大人っぽくしようと思ったんだけど」


 少しだぶついた袖を持ち上げ、軽く身を揺らす奈々。嬉しそうに表情を緩ませる彼女に僕は目を細めながら訊ねる。


「ちなみに大人っぽくってどんな感じだ?」

「ん、ジャケットスタイルかな。ほら、あんな感じ」


 丁度通りかかったところにある看板を奈々が指さす。その広告のモデルの人はすらりとした長身で、レザージャケットを羽織ったスタイルをしている。

 確かに大人っぽいが――。


「……僕はファッションに対して門外漢だけど、忌憚のない意見をしても?」

「どうぞどうぞ」

「あのファッション、奈々がすると背伸びし過ぎている感がある」

「う……やっぱり?」

「ああ、ああいうファッションは背の高い人が似合うし、あと足元がヒールもな」


 奈々のようにアクティブな動きをする子にはヒールは動きづらいだろう。


「あれはモデルさんだから似合うのであって、奈々は自分らしいファッションを目指してくれればいいと思う。もちろん、参考にするのは大事だと思うけど」

「うん……ああいう服って高いから、あまり手が出せないんだよね……ジャケット単品だと映えないから、カバンとか小物もチェックしないといけないし」

「そういうところまでチェックしているんだな、奈々」

「当たり前。女の子にとってはカバンや小物も充分、ファッションアイテムだから」


 彼女は微かに唇を尖らせて言う。ちなみにそういう奈々が今日使っているのは肩掛けの黒いポーチだ。彼女のファッションのバランスで見ると、いい差し色になっている。


(バッグは実用性ばかりで選んでいたからな)


 それに女の子は化粧直しの道具とか、いろいろと持ち運ぶものが多いのだろう。僕は財布とハンカチ、ティッシュ程度の手荷物で、手ぶらで来てしまったが。


「でもよかったぁ、無理に背伸びしなくて。お母さんのアドバイス通り」

「叔母さんにアドバイスしてもらったのか」

「うん、何かそうした方がいい気がして」


 ふむ、と僕は目を細める――もしかしたら、昨日の寝る前の会話を無意識に覚えているかもしれない。さっき話した感じだと、曖昧にしか覚えていないようだったが。


「悔しいけど、お母さんも兄さんの好みをよく知っているから。お料理とかは特に」

「まぁ、僕が生まれてからずっと見てくれている大人の一人だからな。覚えていないけど、おむつとかも変えてくれたらしいし」

「え、何それ、ずるい」

「……ずるい、ってお前、そのとき奈々生まれていなかっただろう」


 それを言うなら、僕は奈々の赤ん坊の頃、おむつを取り替えるのを横で見ていたわけだが――口に出すと面倒くさそうなので言わないでおく。


「ま、一緒にいる時間を計測したら、ウチの親を除けば奈々が一番なんだ。その辺で妥協してくれ」

「……私が一番?」

「そう、一番」


 家族を除いて、な。


「他のお友達の時間も考慮しても?」

「ん、そうだな。大学でもそこまで長い時間を一緒に過ごした友人もいないからな」

「そうだよねー、兄さん、大学でカノジョできなかったみたいだし」

「……悪かったな、モテなくて」

「ううん、悪くないよ。ただ東京の女の人は見る目がないな、とは思うけど」

「どうだろうな、東京には僕よりもいい男がいるから」


 特に自分が通っていた大学はどちらかというと、雰囲気に迎合できる人間がモテた。僕はどちらかというと静かに本を読んだり、史跡や博物館を巡って一人で楽しんでいた。


「話し相手は、京都から機会があることに電話してくる従妹がいたからな」

「とか言いながら、兄さんも嬉しかったくせに」

「……まぁ、否定はしないでおくが」


 とはいえ、人がモテないことを喜ばれるのは少々腹が立つ。

 上機嫌な奈々に僕は強引に話を変えるように視線を向けた。


「そういう奈々はどうなんだ? 大学ライフで彼氏の一人や二人、できたのか?」

「いないよ。というか、一年や二年の付き合いで、恋愛感情芽生えないよ」


 思ったより淡々とした答えが返ってきて、思わず目を見開く。奈々は少し困ったように肩を竦めて言葉を続ける。


「もちろん、少し誰かに惹かれることはあるよ。だけど、それは人の一面であって、もっと別の一面があるはずだよね? そう思うとまだ踏み込めないの。たくさん言葉を交わして、いろんな場所に行って、いろんなものを見て――そうして気づいたら好きになっている」


 そういう彼女はどこか冷めたような口調だ。何かを思い出すように目を眇めると、ややうんざりしたような口調でため息をこぼす。


「少なくとも私は急ぎたくないけど、周りの人の一部はそうじゃない人もいて。そういう人が近寄ってくると……うん、困る」

「……言い寄られているのか?」

「まぁねぇ、フリーの女の子と見ると近寄ってくる人もいるんだ。それを否定するつもりはないけど、間合いは守って欲しいよねぇ」

「……なるほど」


 奈々を煩わせている男がいるのか、なるほど。

 その事実を聞いた瞬間、何故か胸の奥で何かがわだかまった。黒く淀んだ感情が小さく、だが、確かに渦巻いている――だが、僕は冷静を繕い、平然と言葉を続けた。


「ま、恋の仕方は人それぞれだ。奈々は気にする必要はないぞ」

「ん、そうだよね。じっくりと時間をかけて、相手をよく知ってから『好き』と思った人と付き合う――そういうのが、私にきっと合っている」


 そう謳うように口ずさむ彼女の目つきは何かに憧れているように細められ、その目が僕に向けられて悪戯っぽく輝いた。


「その方が、きっといいよね? 少なくとも私にとっては」


 兄さんはどう? と言いたげな目つきに、僕は苦笑いをこぼして肩を竦める。


「同感だ。僕もそっちのタイプ」

「だよね。兄さんって石橋を叩き過ぎて壊すタイプだし」

「……さすがに壊さない、と思うが」

「どうかな。いつか証明してくれればいいけど」


 そういう奈々の笑みは余裕たっぷりだ。どうやら今日の奈々にあまりからかいは効きそうにない。僕は帽子越しに軽く彼女の頭をぽんと撫でてから肩を竦めた。


「いつかはきっとな……それで、もうすぐ河原町だが?」

「ん、そだね、えっとじゃあこの辺で地上に出ようか。丁度、新京極商店街に直結する階段があってね、そこの左の階段だけど」


 こっちと奈々が先に進むところを僕も後に続く。二人で階段を登り切って辺りを見れば、見慣れたアーケードの商店街が広がっている。

 京都に住んだ人なら一度は来るであろう、新京極商店街だ。

 だが、当然の如く、休日は人で賑わっている。行き交う人々の多さに目を細めていると、奈々がふと腕をくい、と引いてくる。


「兄さん、目的地はこっち」

「ん、ってそっちは四条通だぞ」

「うん。だけど、こっちから行った方が早い。すぐそこだし」

「了解、っと」


 奈々に腕を引かれるまま、人通りの多い四条通を移動。彼女は通りに並んでいる店の一つに目を留めると、そこを指差した。


「ここが目的地」

「お店……いや」


 その店の前まで行くと、目を見開く。よく見ると、店の中が通り抜けられるようになっており、奥には薄暗い商店が軒を連ねている。

 まるで裏通り。京都には似つかわしくない、アングラな雰囲気が漂っている。

 道行く人もそこには目を留めない。そこだけ人気のない通りが続いている。


「ここは……」

「花遊小路。京都の知る人ぞ知る名所だよ」


 思わず入るのを躊躇ってしまう僕の背を押すように、奈々は腕を引っ張りながら歩き出す。後から僕が足を踏み入れると、すっと四条通の喧騒から遠ざかった気がした。

 店の中を通り抜けると、お菓子屋が顔を見せる。だが、その一方でミリタリーショップもある。通りは左へ曲がっており、その先には――。


「あ……新京極。すぐつくんだな」

「そう、だから日本で一番短い商店街、って銘打たれているよ。だけど、その短い中でもいろいろと面白い店がたくさんあってね、あとよーじやもある」

「あ、本当だ」


 あぶらとり紙のお土産で有名なよーじや。他にも料理屋、雑貨屋などが並んでおり、活気づいている。ちょっとした秘密基地のような場所だ。


「ちなみにこっちの道は新京極に抜けるけど、北に行くとまた細い道があって面白い。で、そこから裏寺町に抜けられるの」

「なるほど、新京極や河原町に目が行きがちだが、こういう場所も京都は楽しいんだな」


 雑貨店を覗き込むと、お洒落なアクセサリーなんかも扱っている。意外とこういう小さな場所でも楽しめそうだ。うん、と奈々は頷いて腕を引いた。


「入ってみよ。兄さん、シルバー系のアクセサリー似合いそう」

「そうか? 奈々の方が似合いそうだが」

「どうだろ、この服だとちょっとね」

「何にせよ見てみよう。奈々は黒系の服も似合いそうだし」

「じゃ、じっくり見て回ろっ」


 奈々は顔を上げると目を細め、嬉しそうに表情を綻ばせた。


「小さな商店街だけど、きっと楽しく見て回れるよ、兄さん」

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