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第4話-3 鞍馬寺はパワースポットとしても有名です

■春馬視点

 鞍馬山の楽しみ方は大きく分けて二つ。山の中腹にある鞍馬寺までお参りに行くコースがまず一つだ。鞍馬の登山口から寺までのルートには途中、ロープウェーもあって比較的楽に登れる。その後、またロープウェーを経由して下山すれば負担も少ない。

 そういう観光客も多いのだろう、鞍馬寺の本殿まで辿り着くと、少なくない観光客が本殿やその前の拓けた場所に見られた。

 僕は本殿前で一息つくと、辺りを見渡しながらつぶやく。


「……意外とここまで来る人がいるんだな」

「まぁ、紅葉シーズンだし、パワースポットとして人気だからね」

「パワースポット?」

「そうそう。本殿前の床見て」


 奈々が指さす方向――本殿前の拓けた場所には少なくない観光客がいる。その中心にあるのは魔法陣を彷彿させる紋様だ。その前に行列ができており、一人ずつ紋様の中に足を踏み入れては、空に向かって両手を差し伸べている。

 まるで不思議な儀式。まじまじと見るのは失礼だが、思わず目を奪われてしまう。


「あれが金剛床。いわゆるパワースポット」

「へぇ。あのポーズは何か意味があるのか?」


 雑談のつもりで話を振ったが、彼女は軽く首を傾げながら真面目に答えてくれる。


「んっと、確か鞍馬寺の教え――は宇宙の大霊である『尊天』を本尊として信仰するの。で、尊天は三つの力で人間に恵みをもたらしているとされている。愛となる月の精霊、光となる太陽の精霊、力となる大地の精霊。その力を浴びようとしている――んじゃないかな。きっと」

「最後だけあやふやだな」

「いや、だってあそこに並んでいる人たちが全部律儀に鞍馬弘教を勉強してきているわけじゃないし。ネットでも『宇宙の力を授かることができます』しか書かれていないもの」


 いろいろ調べてみたからね、と付け足す奈々はいつものようにふにゃりと笑みをこぼした。僕も釣られて笑いながら訊ねる。


「に、しては詳しいな、奈々」

「えへへ、兄さんなら疑問に思うと思って、予め調べておいたの。それに――女の子はこういう願掛けは気になるものなのですよ」

「なるほど、そういうものか。ちなみに奈々はやらないのか?」

「ん、やらない」


 あっさりと首を振り、彼女は鞄から飲み物を取り出した。はて、と思わず僕は首を傾げる。


「願掛けは気になるのに?」

「うん、気になるけど……こういうのは少し違うというか」


 少し考え込んでから彼女は指を一本立てる。


「例えば……加持祈祷、ってあるじゃない」

「ああ、お寺でやる祈祷だよな」

「そそ」


 奈々は軽く頷きながら飲み物で唇を湿らせる。僕も飲み物を一口、二口飲んでいると、彼女の穏やかでわかりやすい説明が続いていく。


「加持は神仏の力を借りて助けてもらうための儀式――だけど、それには借りる私たちにも相応の力が必要になってくるの。実は」

「……僕たちにも」

「うん。たとえば真言宗の場合だと、身、口、意――印を結び、真言を唱え、心に仏を観ずる。自分の祈る力と、祈る相手である仏の力、そしてそれを実現する力。三つが揃ったときに正しく加持になり得るの」


 そういう彼女の表情は、無邪気な笑みから柔らかな微笑みに代わっていた。それにふと気づいた瞬間に、彼女は流し目と共にその唇で弧を描く。


「だから――私はまず自分で努力するの。私が思い描く夢を叶えるために。願掛けをするなら、まずそれからだと思うんだ。私は」


 その表情と言葉が肺を貫き、胸の奥に響いた。痺れるような感覚と共に胸の中でじわじわと想いが広がり、息が詰まりそうになる。

 この想いは、一体――。

 その答えが彼女の瞳に隠されているような気がしてその目を見つめていると――ふと、彼女は慌てて視線を逸らし、自分の頬に手を当てた。


「に、兄さん……あんまり見ないで、分かっているから……」

「……え」

「……その……太った、でしょ?」


 ちら、と恥ずかしそうに彼女は手で顔を隠しながら上目遣いで見てくる。思わず呆気に取られていた僕は、はて、と首を傾げた。


「太った――え、もっと見せて」

「い、いや、だって頬回りとか肉が……」

「正直、ぱっと見は分からん。けど、もしかしたらよく見たら――」


 よく見ようと彼女に手を伸ばすと、奈々はぱっと距離を取ってファイティングポーズを取る。まるで威嚇する猫のような仕草に、僕は苦笑いをこぼす。


(……さすがに、ここで暴れ回るのは皆さんに迷惑か)


 ここは鞍馬寺の本殿前。観光客だけでなく、仏さまにも失礼だろう。

 いつの間にか、胸のうずきも霧散している。両手を挙げて降参を示すと、奈々は手を降ろしながら様子を窺ってくる。


「もうそんな見ないから。大丈夫」

(……少なくとも、今はな)


 内心で付け足すと、奈々はそろそろと慎重に距離を戻しながら拗ねたように唇を尖らせる。


「兄さん、デリカシーがない」

「悪い、悪い。ほら、本殿を参拝してから奥に行こう――ここからがメインだ」

「……まぁ、そうだね、兄さん」


 ちら、と本殿脇にある通路を奈々は見やって気合を入れる。

 ここまで到達するのはそこまで難しくない。ロープウェーも使わず、二人で雑談しながら登ってきた。だけど、ここからのコースは少し険しい。高低差のあるハイキングコースになっており、少なくとも動きやすい格好である必要はあるのだ。


「じゃあ、ご本尊に挨拶しよっか。一年ぶりですね、って」

「僕は七、八年ぶりだな。しかし、友達みたいな挨拶だな」

「そういうものでしょ。空から見守っている神仏なんだから」

「なるほど、言い得て妙だ」


 二人でいつも通りの雑談をしながら、本殿へ足を向ける。そこにある本尊はどこか柔らかい雰囲気で、観光客たちを出迎えていた。

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