序章 京都駅で待っていた美少女
新幹線を降りると、出迎えたのは染みるような寒さだった。
息を吸い込むと冷たさは肺の底まで染みる。上手く言うことはできないが、東京で感じる寒さとは種類が違う――けど、どこか心地いい寒さだ。
しばらくその寒さを味わっていると、発車ベルが鳴り響き、背後の新幹線の扉が閉じられる。振り返れば、僕をここまで送り届けてくれた新幹線は新大阪に向けて走り出していた。列車がいなくなり、風が吹き抜けるホームで僕は表情を緩めて頭上を見上げる。
そこにある案内板を見て、小さくつぶやいた。
「――ただいま。京都」
エスカレーターを降りると、そこは人で賑わっていた。売店は相変わらず京都中の土産が集められ、観光客の目を引いている。
その中でもカウンターに積み重ねられている薄い赤色の箱を見てふと思う。
(しかし――なんで京都なのに赤福が売っているのか)
確かに三重は近いが、京都土産では確実にない。
それなのに赤福は京都駅の売店のほとんどで置いてある。やはり売れるのだから置いてあるのだろうが――何となく釈然としない。
昔、そのことを彼女に呟いてみれば、彼女は確かに、と真面目な顔で頷き――だけど、と無防備な笑顔でにへらと笑った。
『美味しいからいいじゃない。私、好きだよ? 赤福』
(……ま、確かに僕も好きだけどさ)
一瞬だけ買うかどうか悩んだが、足を止めずに前を素通りする。買うのなら、外の売店でも買えるはず。今はすぐに改札を出よう。
きっと、彼女はもうすでにそこで待っているから。
(……というか)
視線を改札に向けると、もうすでに目が合ってしまった。
中央口改札前の柱に背中を預けていた彼女は、僕と目が合うなり、ぱっと笑顔に花を咲かせ、手を上げてぴょんぴょん跳ね、居場所を知らせてくれる。
分かっているよ、と軽く手を挙げ返し、改札を抜ける。外に足を踏み出すと、軽い足取りで彼女は歩み寄ってくる。黒髪をふわりと揺らした、小柄な身体の少女は笑顔を弾けさせながら僕の顔を見上げる。
「兄さん、お久しぶり」
澄んだ声を響かせる従妹の奈々。黒のインナーシャツの上に雪原迷彩柄のパーカーをまとい、デニムのショートパンツからは黒いストッキングに包んだ足がすらりと伸びている。健康的なスタイルをした彼女の笑顔に思わず目を細める。
(……本当に綺麗になったな、奈々)
小さな唇や整った鼻梁、肌も綺麗で目もぱっちりしている。身内の贔屓目を抜きにしても、美少女といえる顔立ちだ。昔の面影を残しつつ、大きい黒目で見つめられると思わずどきっとしてしまう。
(……ビデオ通話で時々話していたけど、実際に見ると驚くな……)
ここまで綺麗になると、昔みたいに頭を気軽に撫でるのもはばかられる。
だが、彼女は無邪気に間合いを詰めると、上目遣いでくい、と頭を突き出してくる。その黒髪はふわりと天使の輪のような光沢が宿っている。
迷ったのは一瞬――昔みたいにそっと彼女の髪の毛に触れ、頭を撫でる。彼女は嬉しそうに目を細めて吐息をこぼした。昔と変わらない表情に思わず笑ってしまう。
「昔と同じく、髪の毛、綺麗だな」
「えへへ、きちんと手入れしていますから」
そう言う彼女は笑顔をにへら、と緩めて言葉を続ける。
「兄さんにそう言ってもらえるなら、手間暇かけた甲斐があったかも」
するりと髪の毛に指を走らせると、指に引っ掛からずにするりと解ける。それに目を細めながら、彼女の髪から手を降ろす。奈々は瞳を上げると、ふわりと微笑みを浮かべた。
幼い頃の面影を残しながらも、大人になった従妹の可憐な微笑み。
彼女は形のいい唇で弧を描き、柔らかい声で告げた。
「おかえり、兄さん」
「――ただいま。奈々」
その声に思わず実感させられる――やっと、京都に帰ってきたのだと。