体育祭の日、量子力学を愛する先生と二人きり。
この日は、体育祭だった。
事件は突然起きた。
「危なーい!」
わたしの脳天を飛んできたボールが直撃した。
ん? あれ?
誰かがわたしをお姫様抱っこしている……。
これは、夢か?
わたしは、確かボールが当たって……
「あれ? まったく、誰もいないのか……」
男の人の声が、わたしの耳元で聴こえる。
聴き覚えのある声だ。
誰かが、ふかふかのベッドにわたしを寝かせた。
ハッとした!
「ん? 気が付いたか?」
「先生!! 痛っ!!」
ベッドから飛び起きようとして、わたしは頭を押さえた。
「無理するな。今は休んでなさい。車で病院まで送ってくから」
「へっ?」
車で!?
それって、先生と二人きりってこと!?
というか、今もすでに二人きり!?
ここは保健室……。
でも保健の先生の姿も周囲には見当たらなかった。
そうだ、今は体育祭の真っ最中。
校舎には誰もいない。
先生は、メガネのフレームをクイッと上げると、保健室の窓からグラウンドに目をやった。
その眼差しは、キリッとしていて、真剣だった。
どこか大人の色気を感じさせる横顔だ。
「うちのクラス、勝ってるみたいだぞ」
「は、はい」
先生の様子は、化学の授業の時とはまるで違う。
実験をする時は、いつもキラキラした目をしていて、とても無邪気にはしゃいでいる。その姿は、とてもかわいい。
先生は、量子力学が好きで、よく本を読んでいる。
しっかり者で、頼りになる。
女子生徒からはかわいいと言われて照れているが、本当は『かわいい』よりも、『カッコイイ』と言われたがっている。
実は、牛乳ばかり飲んでいる。
鶏肉が、かなり好きだ。
そして、なんだかいつも深爪。
ああ、わたしは、知らなくてもいいことを知りすぎた……。
先生は腕をまくると、わたしの額をじっと見る。
そんなに見つめないでよ。
先生の手が、こちらに伸びてきた。
「少し、腫れてるな」
距離が近くて、わたしは先生から離れようと咄嗟に立ち上がり、よろけた。
「おい、危ない!」
わたしは、先生の腕の中に抱きしめられていた。
先生の鼓動が聴こえる。
わたしは、慌てて先生から離れた。
先生の耳が赤い。
冷静そうな先生が、動揺しているのが分かった。
「く、車を出すから、ここで待ってなさい」
先生は保健室を立ち去った。
量子は、粒子と波の両方の性質を持っていて、波の状態の時は目に見えず、広がっている。
人々が見ると、それは目に見える粒子の姿になるそうだ。
この気持ちは、波?
先生に、わたしの心は粒子となって見えていますか?