第3話
モニカは定例報告で、ケーテン城に来ていた。
ヨアヒムに、教会の現状を報告する。
信者と、会計の数字と、今後の予定だ。
終わると、最後にヨアヒムがいった。
「何か困ったことは?」
数字や報告書に書けないことを聞きたい彼が、報告の最後にいつもする質問だ。
いつもは何もない、と答える彼女だったが、少し気になることがあった。
「ヨハン様のことなんですが…」
「うん」
「最近、免罪符というものを始めだしまして…」
「報告にあったかな?」
「ヨハン様が個人的に行なっていることなので、報告にはありません」
「教会であったことはすべて報告に書け、といったが…」
「申し訳ありません」
「で? 免罪符とは?」
「ヨハン様が罪を犯しても、免罪符を買えばその罪が帳消しになるといい出して…」
「金を取っているのか? 会計報告に上がっていない理由は?」
「お金はヨハン様個人が管理されているので…」
「着服してるのか? よし、わかった」
「?」
「こちらで、処理しよう」
「どのようにされるおつもりでしょう?」
「それは、任せてもらう」
モニカが教会に帰ろうとすると、城の衛兵が付いてきた。
「モニカ様、同行いたします」
教会の馬車の後ろに、馬車で付いてくる。
「え? なにを?」
それには答えず、御者に告げる。
「出せ!」
モニカはこれからよくないことが起こりそうだと思った。
教会に着くと、衛兵は真っすぐにヨハンの部屋に向かった。
部屋からヨハンの叫び声が聞こえた。
「痛い! 何をするんだ!」
モニカが部屋に入ると、衛兵がヨハンを取り押さえていた。
「いったい何を?」
「ヨハン・テッツェル! 背信行為で逮捕する!」
「え? え? ヨハン様ですよ? 贖罪会の創始者ですよ?」
「ヨアヒム公の命令です」
ヨハンは、ケーテン城の牢屋に監禁された。
「なにかの誤解だわ。ヨアヒム公に会わせてください」
ヨアヒムとの謁見はすぐに許された。
「ヨアヒム様、これはどういうことでしょう?」
「どうって、背信行為を行なったから、逮捕したんだ」
「ヨハン様は贖罪会の創始者ですよ」
「創始者だろうが、誰だろうが、背信行為は、宗教裁判にかけねばならん」
モニカは驚いた。
「ヨハン様を裁判にかけるのですか?」
「そうだ。 例外などない」
それでもモニカは楽観していた。
ヨハンは贖罪会の創始者なのだ。
有罪になるはずがない。
だが、判決は死刑だった。
モニカはヨアヒムに訴えた。
「死刑はやりすぎです」
「もうすでに贖罪会は、この州の生き方の指針になっているんだ。この州教を穢す行為は許されない。創始者でも… いや! 創始者こそ穢れた人間では示しがつかない。彼には死んでもらう」
「ご…ご冗談ですよね?」
「本気だ。彼には覚悟が足りなかったようだな。教皇としての覚悟が…」
モニカには、ヨハンとの日々が思い出された。
分派を立ち上げたときの苦労したことが…
州教として認められたことが、彼の死につながるなんて。
「しばらく仕事を休ませていただいてよろしいでしょうか」
「できれば仕事は続けて欲しいが、無理強いはしない。ただ、処刑には必ず出席するように」
「え? 無理です! 私、ヨハン様の最期なんて見たくありません!」
「これは命令だ! 必ず立ち会って、涙を流すように!」
「なぜです?」
「今後の教会運営の為だ。そうしないと、きっとやりにくくなるぞ!」
「なぜ?」
「きっとキミがヨハンを裏切ったというものが出てくる」
「裏切り? 私が?」
「そうだ」
「私がヨハン様を裏切るなんて、ありえません!」
「そうだろうが、そう思うものが出てくる。そういうものなんだ、集団というのは」
「でも…」
「出席したまえ!」
「それがヨアヒム様の望みなら… わかりました… 従います…」
「これは、キミの為、そして、この州の為、でもある」
ヨアヒムは優しい口調になっていった。
「キミは悪くない… 身の丈に合わない教義を唱えたヨハンの自業自得だ…」
「……」
「ただキミは涙を流すだけでいい…」
「……」
「役割を果たすんだ」
ヨハンの処刑は行われ、モニカは出席して涙を流した。
それが何のための涙か、彼女自身にもわからなかった。
ヨアヒムの命令で、後任は彼女が選出した。
「後任はキミじゃないほうがいい。誰でもいいが、また処刑になると権威が落ちるから、真面目なヤツがいい」
その言葉を元に選んだ。
教義研究者の真面目な男だ。
彼をヨアヒムに会わせると、ヨアヒムはいった。
「就任おめでとう。職責の自覚をもって任務に励んでください。余計なことはしないように」
そして、モニカを指し示すといった。
「詳細は彼女に聞いてください。彼女の指示は私の指示だと思うように」
モニカに向き合うと、
「就任式はするのかな?」
彼女が答える。
「はい、行ないます」
「じゃあ、私が任命する形かな。全て任せるよ」
そうして、つつがなく就任式は行われた。