第2話
モニカは教会に帰ると、すぐにヨハンに報告した。
ヨハンの喜びようはまさに狂喜乱舞だった。
「よくやった! ついに我々にも光りがさしてきたぞ!」
そして信者を集めて、預言者の像の前で祈った。
「主よ! 感謝を捧げます!」
その後、ヨアヒムは日曜日になると、教会を訪れた。
ヨハンにも会い、これからのことを話した。
ヨアヒムが贖罪会を州教とするにあたって、注文を付けたのは一点だけだった。
祈りの言葉の「神に忠誠を誓います」を、「神と領主に忠誠を誓います」に変えさせたのだ。
信者は増え、資金的にも教会は潤沢になっていった。
主要な町に教会が設立され、その教義が広まっていく。
すると、その教義を良しとしないものが出てきた。
世はまだまだ戦乱の中。
ヨアヒム公傘下の侯爵でベルンブルグのアウレリウス候は、奴隷を手放さず、領民に重税を強いていた。
奴隷は財産。自領の農民に何の遠慮がいるものか。
それが、彼の主張だった。
民は彼の所有物ではない。
神のものだ。
明らかに背信行為だった。
再三の注意勧告がなされたが、彼は改める気はさらさら無かった。
「乱世を終わらせたい」
ヨアヒムは決断した。
討伐が行われることになった。
これが初めての宗教討伐である。
ケーテンの教会で、ヨアヒム公の立会いのもと、ヨハンがアウレリウス討伐を宣言する。
この討伐は、あくまでハリスト教が行うのだ。
教会が認可すれば、殺人も許される。
モニカは贖罪会監督者として、戦場に赴くことになった。
討伐長のマルティン候とベレンブルグに向かう。
戦力の圧倒的な差がある戦いだった。
モニカはマルティン候とベレンブルグの城に入り、最後の説得を試みる。
「ワシは昔からこのやり方でやってきたんだ。誰にも文句はいわせん!」
「いま州は変わりつつあります。ハリスト教贖罪会による新しい考え方です。これによって人は幸せになれるのです」
「ハリスト教? 贖罪会? そんなものウソだよ! しょせんヨアヒムの支配じゃないか。ヤツがワシらを骨抜きにしようとしているんだ。オマエらはその片棒を担いでいるだけだろ!」
「ヨアヒム公は地上の楽園を、このケーテン州に作ろうとしているんです」
「楽園? 誰のための楽園だ?」
「人々のための楽園です」
「ヨアヒムのための、だろう!」
ここでマルティン候がいった。
「もう決まったことだ。いろいろいったって、仕方ないだろう」
「おまえはヨアヒム派で、勢力を伸ばそうとしているからな!」
「交渉は決裂か」
「従うことはできない! ワシはワシのやり方を貫く! たとえ滅んでも!」
戦闘が始まった。
砲弾が城に撃ち込まれた。
砲声の中、モニカはマルティン候にいった。
「状況はどうですか?」
「まあ、数日で終わるよ。もともと結果はわかっていたからな」
「どう思ってます?」
「さっきの交渉かね?」
彼は言葉を選びながら答えた。
「ワシだってヤツと同様で、品行方正ってわけじゃない。アンタらはそういう生活が好きなんだろうが、ワシらは武人だ。人殺しも好きじゃないが、武人は縄張りを守りたがるもんだ。そういう連中は、新しい世の中でどう生きていけばいいんだ?」
モニカは考え込んだ。
「贖罪会の世界観を学んで見てはいかがでしょう?」
「それができない、っていってるんだよ。言葉じゃわかる。でもな、そういうものじゃないんだよ」
「いっそ、そういう価値観を持った人を好きになっては?」
「はあ?」
「好きになった人とは価値観を同じにしたいでしょう?」
「アンタを好きになれって?」
「いやあ…」
「いやあ、って… どういう意味だよ」
「年齢も離れてますしね」
「ワシはフラれたようだな!」
彼は爆笑した。
「教会に来てくださいよ。そうすれば、話の合う人もいるでしょう」
「気が進まんが… まあ、考えとくよ」
三日後。
ベレンブルグ城は陥落し、アウレリウス候は自害した。