幼い時に姉を失った少年は青年となり復讐を決意する
久しぶりに復讐もの書きました。
――姉が死んだ。
国の使いからその知らせを受けた時、ニールの頭の中は真っ白になった。
姉は強かった。
両親に捨てられてから、まだ幼いニールを養うために人類の敵である魔物を倒して生計を立てていたほどだ。
誰にも負けない無敵の姉。
魔王討伐メンバーに選ばれたのも当然で、笑顔で帰ってくるものだと思っていた。
それはとある嵐の日だった。
空は暗く、雨が吹き荒れ、雷の音が耳を劈く。
ニールは心細さを感じながら、家の中で布団に包まっていた。
ドアを叩く音が響く。
――もしや姉が帰ってきたのでは?
ニールは内心浮つきながら布団から出てドアを開けた。
「悪天候の中失礼する」
雨でびしょびしょになった王国の騎士が立っていた。
予想外の来訪者にニールは身構える。
「驚かせて済まない。悪いが何も言わずに私の話を聞いてもらえないだろうか?」
気持ちを汲み取ったのかニールは騎士を家に招き入れた。
――そして姉の死を告げられた。
「お前の姉――ネミアは魔王から王子たちを守って命を落としたそうだ……」
――もう、あの優しい手で撫でてくれることはない。
「う……ああ……あああああああああああああああああああああああ‼」
ニールは泣き続けた。
◇
それから十年の月日が経った。
騎士の養子になったニールは今年で十六歳になり、ネミアが死んだ年齢と同じになった。
「ニール、今日も特訓しているのか?」
庭で剣を振るっていたニールに騎士が声を掛ける。
ニールは表情一つ変えず振り返った。
「はい、強くなりたいですから」
「……そうか、何度も言っているが無茶だけはしないようにな? お前が死ねば私は悲しい」
「はい、肝に銘じておきます」
ネミアが死んでからニールは狂ったように自分を鍛え始めた。
何度命を落としかけたかわからないほど特訓を続け、王国の精鋭である騎士のジャンでさえ止めようがないほど強くなっていた
その証拠にニールの剣筋は早すぎてジャンに捕らえることはできていない。
ジャンはニールを引き取って自分なりに愛情を注いできたつもりだったが、親子というには距離を感じずにはいられなかった。
「なあニール。今度出かけないか?」
「必要ありません」
「――お前の姉さんが死んだ場所に行こうと思う」
ニールの腕がぴたりと止まる。
ジャンを射抜く瞳は鋭かった
「どういうことです?」
「ネミアの生き様を見てみたいと思ったんだ。行く気になったら声を掛けてくれ」
踵を返すジャンの背を見ながらニールは呆然としていた。
◇
「これは、思った以上にひどいな……」
余りの光景にジャンは息を呑んだ。
嘗て魔王城が建っていた大地が抉れるように削り取られている。
今でこそいないが、この付近を強大な魔物が徘徊していたかと思えば肝が冷えた。
「こんなことになっているということは相当激しい戦いだったんだ。お前の姉さんは本当にすごかったのだな」
「……」
ジャンの横に立つニールは一言も話さず景色を眺めていた。
姉のことを想っていることは簡単に察することができた。
しばらく一人にしてやろうとその場を離れようとすると、跡地付近にローブの人物が同じように景色を眺めているのが見えた。
ローブの人物もジャンたちに気づいたのか振り向く。
その顔と背丈を見るに、ニールと同い年くらいの少女だった。
「お前は‼」
少女が大声を上げて二人に近づいてきた。
咄嗟にジャンを庇う様にニールが剣を構える。
「誰ですか貴方は?」
少女はニールを探るように見終えると、ひとり納得したように頷く。
「すべての特徴が当てはまっている。間違いない、お前がネミアの弟だな?」
「姉さんを知っているのですか?」
少女は俯き、やがて決心したように口を開いた。
「私はナユ。ネミアに助けられ――ネミアを殺した女だ」
その瞬間ナユの体が地面に叩き付けられ、首元に剣が付きたてられた。
自信を見下ろすニールの瞳に射抜かれ、ナユは身震いする。
今まで見たことのないような憎悪と殺意で染まりきっていた。
「お前が姉さんを殺したのか? お前が‼」
「落ち着けニール!」
ニールがジャンに羽交い締めされた隙にナユは転がり体勢を立て直す。
「離せ! あいつが姉さんを!」
「だから落ち着けと言っているだろうが! ネミアは魔王に殺されたんだ!」
「――それは違う」
「え?」
ニールがジャンの腕を払いのける。
しかし少しは冷静さを取り戻したのか、すぐに襲い掛かろうとはしない。
「――お前の知っていることを全て話せ」
「わかっている。もとよりそのつもりだ」
ナユは一度息を大きく吐き出してから話し始めた。
「私がネミアと初めて出会ったのは十年前、魔王討伐を終えた彼女が故郷の村に立ち寄った時だった」
◇
――十年前のとある村。
魔王城から一番近い場所にあるこの小さな村で魔王討伐メンバーは休息をとっていた。
王国の王子アレス。
騎士団長エド。
聖女ディアナ。
そして最強の傭兵ネミア。
王国の代表として選ばれた精鋭たちだ。
幸い死傷者は出なかったが、豪華な料理の並んだ円形のテーブルにつく各々の装備は血で染まり、魔王との戦いが激しかったと物語っている。
集まった住民の中から代表らしき男が前に出て大きく頭を下げる。
「皆様ありがとうございます! これで世界は平和になります! 早急に報告を――」
伝令を出そうとした男をアレスが手を挙げて止める。
「誤報をさけるため王国へは私たちが直接報告することになっています。あなたたちは村でゆっくりしていてほしい」
「なんと寛大なお方たちだ……‼ せめて我々が全力で持て成しをさせていただきます!」
宴が始まった。住民たちは踊り、魔王討伐メンバーは料理を食べながら笑顔で眺めていた。
そんなときネミアは一人の少女と視線が合う。
少女は肩を震わせると、逃げるように走り去ってしまった。
「あの子は?」
「娘のナユといいます。お恥ずかしながら、昔から引っ込み思案な奴でして。気を悪くしたのなら申し訳ありません、後で言い聞かせておきます」
「いや、もしよければあの子のことは私に任せてくれないか?」
「ネミア様?」
「どうもあの年頃の子ともは放っておけないんだ」
男はしばらく考え込むそぶりをすると大きく頭を下げた。
「お願いします」
「――というわけだ、少し席を外させてもらうよ」
ネミアの問いかけにアレスは微笑みながら手を振って答えた。
◇
――村から遠く離れた海岸。
ナユは座り、満天の星空を見上げていた。
落ち込む心を癒すためよく訪れている場所だった。
「きれいな星空だな」
「ネミア様!」
「ネミアでいいよ。それより横に座ってもいいかな?」
ナユはとまどいをみせるが、やがて首を縦に振る。
ネミアは「ありがとう」と横に座った。
「私のことは呼び捨てでいい。敬語は苦手なんだ」
「そうなの?」
「どうにも堅苦しいのは合わなくてな」
星空の下で二人は話をした。
ネミアの語る数々の冒険劇にナユは目を輝かせた。
一通り話し終えた後、ナユが疑問を口にする。
「ネミアはどうして強いの?」
「そうだな――」
子供のありふれたような質問だが、ネミアは少し考えた後、目線を合わせる。
「守りたいものがあるから、かな」
「守りたいもの?」
「そうだ」
ネミアは笑みを浮かべながら優しくナユの頭を撫でた。
豆だらけでごつごつしているが温かく優しい手だ。思わずナユの表情が綻ぶ。
「私にはお前と同じ年頃の弟がいてな。弟を守りたい一心でがむしゃらにやってきたら、いつの間にか強くなっていたよ」
「私も強くなれるかな?」
「守るべきものがあれば必ずな。さあそろそろ戻ろう、みんな心配しているぞ」
「うん」
手をつないで二人は村へと歩き始めた。
その途中でナユはネミアの弟についてたくさん聞いた。
「ねえねえ、弟はかっこいいの?」
「もちろんさ。あれ以上の男前には出会ったことがないね」
「すごーい!」
「さてそろそろ村が見えるころか――え?」
村が燃えていた。
灼熱の業火が全てを灰に変えていく。
「みんな!」
「待てナユ!」
ネミアの静止も聞かず、ナユは燃え盛る村へと駆けて行った。
ナユは家族を探し、一人燃える村の中で叫び続けていた。
「おとうさああああん‼ おかあさああああん‼」
返事はなく、ただ全てが焼ける音だけが響いていた。
ナユは煙にむせながら歩く。
家族の安否だけしか考えられていなかった。
その時、瓦礫がナユに降り注いだ。
ナユはとっさに頭を抱えて伏せる。だが衝撃はいつまでも襲ってこなかった。
不思議に思い目を見開くと――
「大丈夫か?」
「ネミア!」
自身をかばうようにネミアが立っていた。
ネミアは手を貸してナユを立ち上がらせる。
「ネミア、その腕……」
「ほんのかすり傷だ」
先ほど瓦礫を防いだ際に負傷したのか、ミネアの右腕が赤黒く腫れてただれていた。
ナユは自身の早急な行動を後悔した。
「私のことはいい。それにしても――」
ネミアが視線をそらす。
嘗てここの住民だった屍があらゆる場所で散乱していた。
どの死体も武器で切り裂かれたような跡がある。
「ひどい……魔王は倒されたのに誰がこんなことを」
その時、再び大量の瓦礫が降り注いだ。
ミネアは咄嗟にナユを抱えて走り出す。
だが狙いすましたかの様に瓦礫はネミアの頭上に振って来る。
ナユを庇い続ける間にネミアは傷付き、村の出口が見えるころには体のあちこちに火傷ができていた。
「ひとまず安全な場所へ――っ!」
その時ネミアの右足に激痛が走り、勢いよく倒れ込んだ。
抱えられていたナユは地面に投げ出され、身体を強く打ち付け咳き込んだ。
起き上がって倒れるネミアを見る。
右足が膝下から切り飛ばされていた。
「ぐ……」
「ネミア!」
ネミアは駆け寄ろうとするナユを手で制す。
「逃げろナユ! 私も後から追いかける!」
ナユは出口を目指して走り出した。
ネミアそれを見届けると鞘から剣を抜いて炎にくべた後、右足の切断面に押し当てた。
自身の体が焼ける激痛で意識が飛びそうになるのを必死でこらえる。
――ニールのもとへ帰るんだ。こんなところで死ねない。
応急的な止血を終えると、剣を支えにして何とか立ち上がる。
すると後ろから足音が聞こえた。
振りむくと煙の中に三人ほどの影が見える。
「逃げちゃったけどいいの? 私のことがばれないかしら?」
「今はこいつが先だ。それに、あんなみずぼらしい餓鬼の言うことなんて誰が信じる?」
「それもそうね。あぁーたくさん殺せて満足だわ」
「約束は果たした。莫大な報酬を期待している」
「任せろ。俺が王になれば金などいくらでも出してやる」
ネミアは目を見開いた。
歩いてきたのは無傷の仲間たち。
三人ともが返り血を浴びており、特にディアナは返り血で純白の衣装が赤く染まり切っているほどだった。
「どういう……ことだ?」
「魔王を倒せたのもお前の力があってこそだ。それ故に誰もがお前が称えるだろう。それでは困る。魔王を倒したのは王子である俺の力という事にしなければ」
「一体何を言っているんだ⁉」
「お前が邪魔ってことだ」
エドの剣がネミアの胸に深々と突き刺さる。
「がは……」
剣が引き抜かれると、胸から血を拭きながらネミアは力なく倒れ伏した。
足元に転がって来たネミアの剣をアレスが拾う。
「たかが傭兵如きに出しゃばられては王族の名が廃る。だが強いお前を葬るためには弱らせる必要があった。そのために住民を皆殺しにし、お前を追い詰めるための罠を村全体に仕組んだ」
「……たったそれだけの理由でこの村に住んでいた人たちを殺したのか⁉」
「それだけだ。途方もなく強いお前を殺すには必要な犠牲だった」
アレスは剣で執拗にネミアを突き刺す。
その度にネミアの口から苦痛の声と血がこぼれ出た。
「俺も混ぜろ」
「こんな楽しそうなこと、一人占めは許さないわよ」
息絶え絶えなネミアに対して、エドもディアナも面白そうに武器を突き刺す。
四肢をもがれたネミアは長い髪をエドに掴まれ強引に起こされた。
アレスが剣を首筋に当てる。
「傭兵ネミアは魔王と勇敢に戦って死んだ。お前のことは魔王を倒した俺達が語り継いでやるよ」
ネミアのほほを一筋の涙が伝った。
思い浮かんだのは笑顔で自分の帰りを待ち続ける弟の姿。
「……ごめんね……ニール……」
その言葉を最後にネミアは首をはねられた。
「――」
ひそかに物陰に隠れていたナユはその様子を見ていることしかできなかった。
――――
――
「なんてむごい……」
ジャンは顔面蒼白のまま、こみ上げてくる嘔気に耐えていた。
ネミアは魔王との戦いで死亡したと聞かされていたため、その壮絶な最期を想うと胸が痛んだ。
ニール俯き、静かに震えていた。
見てみると握りしめた拳から血が垂れている。
「ニール……」
ジャンは声を掛けようとするが何も思い浮かばない。
面識のなかったジャンですらこの有様なのだ、唯一の肉親を殺されたニールの衝撃は計り知れないものだろう。
「私があの時村から離れていなければ。燃える村に突っ込まなければネミアは死ななかった……」
「それは違うだろ……悪いのは全て――」
「――ユルセナイ」
背筋が凍りつくような憎悪に満ちた声だった。
ジャンとナユは息を呑む。
「王子アレス、聖女ディアナ、騎士団長エド。全員コロシテヤル」
感情の抜けきった表情に黒く濁りきった瞳。
あまりにも痛々しく、壊れてしまいそうだった。
ジャンはニールに声をかける。
「ニール」
今までにない殺意のこもった視線がジャンを射抜く。
直接殺意を向けられていないナユでさえ、呼吸ができなくなるほどの圧迫感に襲われ、足が震わせていた。
意識を手放し、倒れてしまえればどれだけ楽だろうか。
だがジャンはニールから決して目を離さず、倒れことはなかった。
「止めないでください。僕は――」
「私も手伝う」
「え?」
張り詰めていたニールの表情が初めて崩れる。
それと同時圧迫感が消えた。
「……これは僕の復讐です。巻き込むつもりはありません」
「お前一人に全てを背負わせるつもりはない」
「っ!」
ジャンが歩み寄り、ニールが一歩後ずさる。
震えるニールの肩に手が置かれた。
「私にも背負わせてくれ」
「お義父さん……」
復讐など本来は止めるべきなのだろう。
だが姉を失いニールは苦しみ続けた。
一人で泣く姿を何度も見て来た。
ジャンにはどうしても止めることができなかった。
――ならばせめてニールを支えよう。
ジャンの決意を察してかニールは涙を流し、静かに頷いた。
「私にも手伝わせてほしい」
沈黙していたナユが申し出る。
「ネミアを――あこがれの人を殺したあいつらを許すことはできない。」
ナユもアレスたちによって家族も故郷も失った。
真実を知っているのに何もできない無力さを感じながら生きて来た。
復讐するための力が欲しかった。
何か残されていなのかと、魔王城跡地に通い続けた。
そんな時ネミアの弟に会えた。
真実を知らせることに罪悪感はあったが、ナユは仲間が欲しかった。
自分の苦しみを理解してくれる仲間を――。
「本当にいいのですか? 保証はありませんよ」
「私自身に大した力はない。だが――」
「ケヒヒ!」
背後から聞こえた声にニールが剣を構えると、口のついた黒い毛玉のような物体が浮いていた。
毛玉はふよふよと飛んでいき、ナユに抱き留められる。
「この子は私がこの付近で見つけた魔物ノーマ。私の命令で姿を自由に変えることができる」
「ケヒヒ!」
「魔物を使役できるのか?」
普通であれば魔物が人間に従うなどありえない。
しかしノーマはナユになついているようで、ニールたちに敵意を向けることはなかった。
「なるほど、その力は役に立ちますね」
ニールは頷き、二人を見る。
「では始めましょう、僕たちの復讐を――」
◇
――王城。
騎士団長エドは権力のままに酒と女に溺れた自堕落な日々を過ごしていた。
自分の好きなように振る舞い、逆らうものは容赦なく殺す。
それはエドにとって理想の生活だった。
今日もエドは自室に置かれた豪華なソファに座り、美女に挟まれながら浴びるように酒を飲みほしていた。
「おい酒だ! もっと酒を持ってこい‼」
エドが飲み干した酒のボトルを床に投げ捨てる。
放置してエドが癇癪を起せば面倒になるので、ほかの団員たちはすぐさまそれを片付け、見て見ぬふりを続けた。
エドは再びボトルを手に取って酒を飲もうとするが、そんな彼の前にまだ見習いであろう若い騎士が立ちふさがった。
「もうおやめください団長! こんなことを続けて何になるのですか!?」
「ああん? 何だお前は? 反抗的だな‼」
エドは若い騎士を殴りつけて地面に倒すと、その頭を何度も踏みつけた。
「若僧が偉そうにするな! 俺様は王子と共に魔王を倒した偉大な男なんだぞ?」
口から血を吐き、ぼろぼろになっていく姿を見て美女たちが大笑いする。
その反応で興が乗ったのかエドは自身の獲物である大斧に手をかけた。
「ちょうどいい。俺様に逆らえばどうなるか、見せしめにぶっ殺してやるよ」
エドが大斧振り上げる。
哀れ、勇敢なる若者の命が失われようとしていた。
「――屑が」
「ああん? 誰だ、俺様を馬鹿にしたやつは!?」
斧を振り下ろすのをやめ、声のしたほうへ怒鳴り散らす
すると部屋にフードを被った人物が入って来た。その腰には騎士団のものと思われる剣が添えられている。
「なんだてめえは? 誰がこんなやつをここに入れた!?」
答えるものはいない。
エドはいら立ちを隠さず舌打ちする。
「後で一人残さずぶんなぐってやる。んで俺様を馬鹿にしたのはてめえだな? いい度胸してるじゃねえか、ああ!?」
睨まれようが大斧の切っ先を向けられてもローブの人物は微動だにしない。
突如大勢の兵士たちがローブの人物の背後から現れ、一斉に武器を構える。
美女たちは悲鳴を上げて逃げ出そうとしたが、周囲の騎士たちによってあっという間に捕縛されてしまった。
「てめえら……! 何の真似だ⁉」
「王からの勅命だ。お前を捕縛する」
「ふざけるな! 何故俺様が捕まらなきゃならねえ!?」
「お前たちの悪事は既に露見している。抵抗するなら力づくで捕らえさせてもらうぞ」
「やれるもんならやってみがれええええええ‼」
エドがローブの人物に襲い掛かる。
ローブの人物は腰から剣を抜いてそれを受け流し、素早く脇腹をえぐる。
「がはっ!」
エドは口から血を吐き出し、耐え切れず膝をついた。
ローブの人物が見下ろす。
「が、はあ……」
「あまりにも脆弱。それで魔王討伐メンバーだったとは笑わせる」
「てめえ……何者だ?」
ローブの人物がフードをとるとエドが大きく目を見開いた。
「てめえはジャン!」
エドにとって同期であったジャンは真面目だけが取り柄の雑魚だった。最近辞表を出したと聞いてはいたが、雑魚なのでいないほうがましだとさえ思っていた。
そんなジャンに、見下ろされていることが騎士は我慢ならなかった。
大斧を支えに立ち上がり、血走った目でにらみつける。
「ふざけるなふざけるな! 雑魚が俺様を見下ろすな!」
「残念だ。その強さを尊敬していた時期もあったが、すべてを知った今では見るに堪えない。元同僚として引導を渡してやろう」
「俺様を舐めるなああああああああああああっ‼」
真実を知ったその日からジャンもニールと同じように自らを鍛えぬいた。
もはや騎士団の中でジャンに勝てるものはいないだろう。
決着は一瞬だった。
大の字に倒れて白目をむくエドをジャンは静かに見下ろす。
「あ、あの……ありがとうございました!」
ぼろぼろの若い騎士がジャンに頭を下げる。
それに続くようにすべての騎士がジャンに頭を下げた。
ジャンは何も言わずに一人部屋を立ち去る。
(感謝されることをしたつもりはない。私は息子の手助けをしただけだ)
――教会。
「何をするんですか! 離してください!」
兵士達に取り押さえられ、喚き散らす聖女ディアナ。
それを見下ろすようにローブの人物が立っていた。
「無駄だ。お前たちのしでかした罪は私が知っている」
「何の話ですか⁉」
「まだわからないか?」
ローブの人物がフードをはずす。
「っ! 貴方は……!」
「そうだ。お前たちが身勝手に滅ぼした村の生き残りだよ」
ディアナを見下ろすナユの表情は憎悪に満ちていた。
「あ、あれは王子の命令で仕方なく」
「仕方がない? 一番殺しを楽しんでいたのはお前だろう?」
「違います! 私は楽しんでなどいません!」
「お前のことはあらゆる手で調べさせてもらった。表向きは平和を愛する慈悲深い聖女。だが裏の顔は弱者をいたぶり嬲り殺すことを悦楽とする連続殺人犯」
「な、何故それを⁉」
「全てを隠しきることなど不可能だ。お前を恨んでいる奴らが吐いてくれたよ」
「く……おのれ! おのれ! おのれええええええええええ‼」
喚き散らすディアナは拘束する兵士たちを強引にはねのけ立ち上がると、すぐさま協会に来ていた少女の首元にナイフを突きつける。
「止まりなさい! 動けばこの子の命はありませんよ!」
震える少女を見て兵士たちは武器を下す。
あまりにも的確で迅速な動きであり、だれもがディアナの凶行は事実であると信じざるを得なかった。
ディアナは勝ち誇った笑みを浮かべる。だがすぐにナユが全く動揺していないことに気づき、怪訝な表情に変わる。
「何を企んでいる?」
「企んでなどいない、仕込みは終わっている」
「え?」
「ケヒヒ!」
その瞬間、少女の体が影のように溶けてディアナの体にまとわりついた。
周囲の人々が悲鳴を上げて後ずさる。
「これは!?」
「私が使役している魔物だ」
「化け物め! ひ、人が魔物を使役するなど!」
「私からすればお前のほうが化け物だよ――ノーマ」
「ケヒ!」
「んぐうううう!」
ディアナはもがくがやがて全身を影に包まれ、力なく倒れた。
ノーマが本来の姿に戻り、横たわったディアナだけが残る。
「ご苦労ノーマ。あと好きなだけ闇を食わせてやる」
「ケヒヒ!」
ディアナは捕らえられた。
だがナユのそばにいるのはノーマだけで、近づこうとする者は誰もいなかった。
――玉座の間。
「離せ! 私は王子だぞ!」
男の怒鳴り声が響く。
王子アレスが数人の兵士によって両手を後ろで抑えられ、膝をつかされていた。
「父上! これはどういうことですか⁉」
王は玉座に座り、静かにアレスを見下ろしていた。
その瞳には悲しみがありありと浮かんでいる。
「残念だ。私はお前を誇りに思っていたのに……」
「一体何のことですか⁉」
王が横に立つローブの人物に手を向ける。
「話はこの者から聞いた。仲間であった傭兵ネミアを殺すという愚行を許すわけにはいかぬ」
「父上は騙されています! 彼女は魔王と勇敢に戦って死んだのです!」
「黙ってください」
ローブの人物が懐から紙の束を取り出し、アレスの前に投げ捨てた。
それを見たアレスの表情が青く染まる。
「お前のことは調べさせてもらいました。闇ギルドを通じての殺人、密売等挙げればきりがありません」
ローブの人物がフードを取り、素顔をさらけ出す。
感情を感じさせない無表情の青年だ。
「何者だ⁉」
「お前が知らなくても私はお前のことを良く知っていますよ。私から姉を奪った仇なのですから」
「姉だと――まさかネミアの‼」
「私はニール。ネミアは私が六歳の時に失った姉です。私にとって唯一の肉親で大切な人でした――それをお前が殺した‼ 自身の地位と名誉のためだけに‼」
ニールの表情が怒りと憎悪に染まる。
あまりの剣幕に王子が怯んだ。
「お前は死ぬべきです」
「ふざけるな! こんなところで殺されてたまるか!」
逆上し、襲い掛かってきたアレスの剣をニールは難なく受け止める。
「馬鹿な!」
「弱い。その剣は姉さんに遠く及ばない!」
ネミアは強かった。
そんな姉の背を見て育ってきたニールにとってアレスの剣さばきは児戯同然だった。
瞬く間にアレスの剣がはじき飛ぶ。
「ひい! 降参だ! 頼むから殺さないで!」
アレスは地面に額をこすりつけ懇願した。
「よくそのようなことが言えますね」
「許してくれ! 許してくれえぇ!」
体を震わせ泣き叫ぶだけのアレス。
このような男にネミアは殺された。
自然と剣を握る手に力が入る。
このまま切り殺してやりたい。
だがそれではアレスらのしたことと変わらない。
ニールは一息吐くと剣を鞘に収めた。
「私はお前を殺しません」
「おお! ありが――」
「お前はこの国の法で裁かれるのです。身勝手に多くの命を奪ったのですから死刑は免れないでしょう」
アレスの顔が青ざめる。
そして泡を吹きながら倒れこんでしまった。
「――姉さん、敵は討ちましたよ」
ニールの小さな吐きは誰にも聞かれることはなかった。
◇
アレスたちは処刑され、衆目に首が晒されることになった。
今回の件で王国は国民の信用を失うことになり、衰退の道を辿ることになる。
ニールたちは遠く離れた断崖から王国を眺めていた。
「これからどうするの?」
「姉さんを生き返らせます。どうやら北にある帝国には死者を蘇らせる禁術が存在するらしいので」
「帝国か――色々とよくない噂を聞くあそこならあり得ない話ではないか」
「二人はどうしますか?」
「私もネミアとまた会いたい。嫌でも付いていくぞ」
「ケヒヒ!」
「お前の傍が私の居場所だ。最後まで付き合おう」
「――わかりました。行きましょう、姉さんを取り戻すために」
三人は歩き出す。
たとえそれが、どれだけ過酷な道であろうと止まることはないだろう。
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