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拝啓、狂人だった僕へ  作者: 雑魚 六二
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No.4 成り下がった身体

最近イライラしててほぼ殴り書きです〜

奴の凶器が僕の腹に突き立てられた時、僕は密かに死を願った。その浅はかな希死念慮は僕に麻酔をかけ、僕の記憶を飛ばした。グズグズに穴の空いた下半身は感覚の麻痺した肉塊に成り下がり、抑えつけられていた腕と上半身はもうあいつに抑えられずともピクリともしなかった。まるで自分の体が自分のものではないようで、僕は意識だけが空中を浮遊し僕の無様な僕を見下ろす。だがその意識はずるずると肉体に引き寄せられて、次第に感覚が戻ってくる。掻き回されて痛む腹部。腕に付いた痣。気色悪い白濁の液体が塗れた表皮。目元がひどく腫れて視界が悪い。僕は不運なメスに成り下がったのか?こんなクソ野郎の所為で?聖域にも近いこの安定した空気の元で?もう2度とここには近づけないじゃないか。こいつは僕に罪を負わせようと言うのか?というか既に僕はこいつに罪をなすりつけられたのではないか?僕は今この瞬間から罰せられるべき悪魔なのではないか?いそいそと身嗜みを整える金子の姿を呆然と眺めた。脳の中でこねくり回される疑念と思考も、長年の訓練故か表には出されなかった。すなわち僕は奴に問うことをしなかった。問うてしまったが最後、僕は再び悪夢へと引きずり戻されるのではないかという恐怖も少々あったので、僕の口が動かなかったのは不幸中の幸いかもしれない。


「おい大丈夫かよ」


「…うん、大丈夫」


懸命に愛想笑いを浮かべる。唇が引きつっているのを感じた。


「なあ、案外悪くなかったろ?またやろうぜ」


僕は黙った。そして俯いた。懸命に考えていたのは、この場合の適切な答えだった。イエスと言えば今日と同じ苦しみを何十回と味わうことになる。ノーと言えば今何をされるか分からない、もしかしたら殺されるかも。僕がいつも考えているみたいに、こいつも僕の薄皮を剥がして並べておきたいとか考えているかもしれない。それか他の奴らに何か吹き込んで集団でミンチにされる?分からない、けど状況が最悪なのは明らかだ


「琴野ってさ、時々何考えてるか分かんないよな」


「そう?」


「うん」


僕が考えていること?


閃き、そして思いついた瞬間の興奮。さっきのクソみたいな儀式で冷めきった血液が再びグツグツと煮え出すのを感じた。そうだ、僕は出来る。落ち着いてやればいい。何度も練習したじゃないか。僕はすぐさま脱がされたズボンのポケットを弄った。大振りのカッター(勿論百均の切れ味の悪いやつ)が顔を覗かせる。刃を目一杯出して自分の背中に隠した。


「金子君」


靴紐を結び直しているらしいその後ろ姿に声をかけた。


「右手を挙げてくれない?」


「は?何で」


「早く」


ゆっくりと持ち上げられる右手首静脈に狙いを定める。まるで軽いダーツの矢を放つように、その握られたプラスチックの柄に力を込める。全てが映画の感動のワンシーンのようにスローになり、ゆっくりと銀色の刃がこんがりと日光に焼かれた淡い茶色の皮膚にのめり込んでいく。プツンと皮の切れた音がして、流れ出る鮮血は宙を舞い床や彼の衣類を汚した。まるで水に溶かした絵の具のような美しい赤色だった。そして僕の放った刃が急に動きを止め、奥まで刺さったのだ、と僕は思った。その刃の動きを止めたのが彼の強靱な筋肉なのか、それとも肉のさらに奥にあるキメの細かい真っ白な骨であるのかは分からない。が、僕は上手くいった、と思った。


「おい琴野、いい加減起きろよ」


僕はハッと目を覚ました。僕は依然として理科室の机の上に寝そべり、はだけた衣服はそのままだった。視界には寂れた天井と、憎っくき隣人の顔が映っている。何だ夢か。やけに鮮明な夢だったし、とても良い夢だったので僕はしばらくその余韻に浸っていたかったが、僕を事実上殺したといっても過言ではない隣人金子は僕の静寂を許してはくれないようだった。


「なあ、案外悪くなかったろ?」


聴き覚えのある台詞に耳を傾ける。次はきっと傍若無人にもう一度先程の行為を約束させる、脅迫じみた言葉だろう。僕は半ば諦めの心持ちであった。すっかり日は落ちて、ほぼ教室内は真っ暗だった。シンとした空気は相変わらず僕の肺を新鮮な酸素で満たしてくれる。


「理由、聞かないんだ」


「なんの?」


「さっきのだよさっきの」


「聞いたら怒ると思って」


「やっぱお前いい奴だな」


都合のいい奴、の間違いだろう。僕はさっきので、お前にはどう足掻いても勝てないことを散々思い知ったのだ。今更踠いて何になる。僕はお前のせいで「全ての人間は僕より上、僕は一番下」という間違いない事実を、僕は今まで考えるのを避けていた事実を、思い知ってしまった。もう考えずにはいられない。お前は僕に呪いをかけたんだ。永久に僕の脳に刻まれ、今日の日を永遠に思い出し続けるという呪いである。呪いをかける動機など、興味が湧くはずもない。


「好きなんだよ」


「え?」


「お前が」


「……」


「反応薄いじゃん」


瞬時に理解した。僕は脅されているのだった。今ここで彼を喜ばせる反応をしなければ、僕は殺されると思った。


「ありがとう」


僕は声質を変えずに言った。校舎の近くの道路を救急車がサイレンを鳴らしながら走り去っていく。チラチラと窓から入ってくる赤いライトの光が、奴のおぞましい表情を照らした。暗闇で獲物を得た獅子のようだった。僕はこいつより先にこいつを殺さねばならないと思った。


「よっしゃ、じゃあ俺ら恋人ってことで」


爪先から頭の先までを龍が鱗を翻し猛スピードで登っていくかのように、僕の肌には鳥肌が立った。教室は依然として真っ暗だった。僕の手が震えているせいか、テーブルの上に置きっぱなしの安っぽいビーカーが揺れ、掠れたおとを出した。僕はほぼ思考停止の状態で真っ黒な視界にちらほら映り込む灰色の光の点を目で追っているのだった。金子は僕をきつく抱擁した後、空中に意識を飛ばしている僕の手を引いて学校を後にした。




「わーーん、同校の男の子にレイプされちゃったりん、もう生きていけないりんーー死にたいりん」


気づいたら僕はマンションの壁に寄りかかり、スマホにつまらない文を打ちこんでいた。金子はあの後僕を家に送ってくれたらしく、多少の罪悪感はあったのだろう、そそくさと帰ってしまった。僕はじっと自分の部屋のドアの前で佇んだ。


「……あん……あっ……しょーちゃんだめよぉ息子が帰ってき……あっ」


ドア越しに聞こえてくる微かな喘ぎ声。汚らしい雌豚が自分の母親だとは誰も信じたくないだろうが、彼女は数年前からこの調子で、家に年不相応な彼氏を次々と連れてきては度々性行為に及ぶのだった。僕は聞こえてくる声の持ち主と、その同伴者をひどく軽蔑した。鍵は持っているが勿論開ける気にはならなかった。手持ち無沙汰なのをはぐらかすため、左手で家の鍵を弄った。その扉の向こうで繰り広げられる儀式は、おどろおどろしい昆虫の死骸、いや死にかけでもがく触覚と羽の根元の痙攣にも類似していて、もしくは、瀞みのある茶や黒の臓物が飛び散っているであろう事故現場と言っても大袈裟ではないだろう。兎に角、僕はその部屋には入りたくなかった。


「私、どうしたらいいんだりん……?」


汚らしい雌豚の鳴き声を聞きながら可愛子ぶった雌豚のフリをして書く文字ほど吐き気がするものはない、と思った。僕はすぐさまアプリを閉じ、あてもなく電話帳を開いた。


雑ですんません

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