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天音響の才覚

「我々夢魔は本来、人間の生命を脅かす存在だ。これと決めた人間に、現実に興味が向かなくなるほど享楽的な夢を見せ、死ぬまでその精力をむさぼりつくす――それが、古の時代の我々だった」


 天音響は夢魔という存在に詳しくない。

 話の流れでなんとなく「存在自体がR18なんだな」と思っていたが、よもやここで人の死に結び付く話になってくるとは思いもよらなかった。


「人が見た夢を食べるんじゃなくて……夢を見せるんですか?」

「料理のようなものだと思ってくれ。そこにある夢を食うのは、生肉を食うのと同じだ。我々は人の夢—―すなわち欲望を料理する。現実では決して味わえないような、史上最高の快楽に。だが精神の許容量をはるかに凌駕する快楽を与えられた人間は、もとの生活をおくれなくなる。しかし吸血鬼と同じく、現代でそれをやったら殺人だ」


 なるほど。確かに。

 いやしかし。


「――いやらしい夢を見せて殺したなんて、立証できないでしょう?」

「夢を見せる時には、枕もとに立つ必要があるのだよ。被害者が死んだ日の夜に、枕もとに立っていた人物が疑われないわけないだろう? 我々のような存在を相手取った捜査機関もあるしね」

「夢魔って言っても、結構不便なんですね……」

「戸籍もちゃんとあるんだよ。ボクも通信制だけど大学通ってるし。ほら!」


 にっかりと笑って、蜜夢レンはどこからともなく学生証を出してきた。

 蜜夢煉(みつめ れん)と書いてある。


「みつめれん……本名だったんですね」

「うん。本名じゃないと夢の精度が悪くって」

「夢の精度?」


 謎の単語が飛び出し、天音響は首を傾げる。


「あのね、夢魔っていうくらいだから、ボクたちの種族は〝自分の夢〟を見てもらわないと、その精力を食べることができないんだ。ボクとえっちなことをする夢だけが、ボクのごはんになるの」

「へ、へぇ……! そ、そそそ、そうなん、ですね……?」


 落ち着かない。

 女性と面と向かって性夢の話をするシチュエーションにまるで慣れない天音響である。どんな表情と声のトーンが正解なのか、今まで観賞してきた映画にも答えはない。


「夢魔が夢を()()()場合は、名前も見た目もどうでもいいんだけどね」

「ややこしいですね」

「だがしかし!」


 社長は力を込めて話を続ける。


「夢魔が芸能活動にいそしんだ結果、枕元に立たずともファンが勝手に夢を見てくれるなら、それだけでも糧になる。得られる精力の量は少ないが、十万人のファンがいれば多少は腹も膨れるだろう。そういうわけで、レンを始めとする夢魔を集め、私が起こしたアイドル事務所が〝タナトスドリーム〟というわけだ」

「タナトスって〝死〟じゃないですか……不吉な……」

「だってエロスドリームにしようと思ったら、AV会社みたいになるからやめろってみんなが……」


 いい友達を持った社長である。


「まあ、確かにエロスだとちょっと意味変わってきてしまうような気がしたのでね。間を取ってタナトスにしたのだよ。セックスは小さな死とも言うからね」


 急に哲学的な話をされても感心できない天音響である。

 いや、しかしだ。

 今の話を総合すると、導き出される一つの結論がある。


「……じゃあ別に、俺と契約しなくてもいいのでは?」


 蜜夢レンは人気アイドルだ。

 別に天音響の精力など食わずとも大丈夫なのではなかろうか。

 しかしだ。


「君は白米だけで毎日飯が食えるのかーーー!!」

「え、えぇ……?」


 恫喝された。

 全力で。


「いいかね? アイドル活動で得られる糧は、日本食に例えるのならばお米粒の集合体だ! 物足りない! 味が欲しい! 生きられはするが喜びが足りない! そこで我々夢魔は、契約によって複数人の〝おかず〟を所持している。甘くてピュアな〝デザート〟と呼ばれる存在もいる。そう、人のリビドーには! 夢には! 様々な味があるのだよ」

「は、はぁ……」

「そして天音響君! 言うならば君は〝フルコース〟だ! 常識離れしたその才覚……実質人間ではない!」

「いらないんですけどその才覚」


 思い切り顔を(しか)めて、天音響はきっぱりと言った。

 人間離れした性欲を持っていると言われて喜べるはずもない。


「そう言うな。真面目な者ほど堕ちると美味い。快楽に抵抗と恥じらいがあるほど味わいは奥深いのだ。しかも君の夢には特定の相手が出てこない。恋焦がれている相手がいない証拠だ。そういう人物が夢魔の夢を見ると、極めて純度が高くなる。よくぞ今まで誰にも食われずにいてくれた!」

「い、いやぁ……はは……」

「当然、娘もすでに何人かは〝おかず〟となる契約者がいてしかるべき年齢だ。しかし娘は、夢魔にしてはあまりにピュアでね。食事に娯楽を求めるなんてもっての他だと言って譲らないのだ。おかずなど必要ないとな。――しかしどうだ! 君を見る娘の目は! まるで飢えた狼ではないか!」

「や、やだ言わないで恥ずかしい……!」


 天音響は蜜夢レンを見た。

 先ほどあれほど大胆にのしかかってきておいて、今更恥ずかしいも何もないだろう、と内心思わずにいられない。

 ダイエット中なのにケーキにがっついてしまった少女の恥じらい的な感じなのだろうか。


「――実際、娘の食事嗜好(しこう)は栄養面でも問題があるのだよ」


 急に、社長がテンションを落として重々しく言うので、天音響はギクリとした。


「やっぱり……夢魔も餓死とか、するんですか?」

「そうだ。そして夢魔の餓死は悲惨極まる。――私には角も羽もないだろう?」

「そういえば……普通の人間みたいですね」

「これは私にそれを隠すだけの力があるからだ。しかし、レンにはそれがない。アイドルを始めるまで、この子は人の精力を食わなかった。ゆえに非常に弱ってるんだ。人間を装うこともできないほどね」

「パパ! そういう同情を引くようなこと言うのはずるいよ!」

「事実を言ってるだけだ。同情するかは天音君次第だろう?」

「でも……同情指数が高そうな話題はずるだよ!」


 同情指数……聞いたことのない単語だが、大体意味は理解できた。

 しかし社長はそんな蜜夢レンの主張を受け入れない。


「精気を食えなければ、夢魔は徐々に衰えていく。力を失った夢魔は醜く、無力だ。今、レンは人気アイドルとして()()()()()()()()は得られているが……どれだけ人気のアイドルでも、いつかは忘れ去られる日が来る。特に我々夢魔は、成人すると老化という概念を失う。人前に出続けるには老化を装う必要があるし、あるタイミングで死んだことにして生まれ直さなければ、人間社会で生きられない」

「『永遠に美しく』みたいですね。年を取らない人たちが、表向きは死んだことにして、裏で楽しく暮らしている感じの映画なんですけど……」


 社長は楽しげに笑った。


「いい映画を知ってるな。理解が早くて助かる。――しかし、生まれ直しを行った直後の我々は、社会的には赤ん坊でしかない。当然、表社会で芸能活動など許されず、ろくに食事が取れないんだ。合法的にはね」

「確かに……芸能活動をするなら、戸籍は必須ですし……本名じゃないと夢の精度が落ちるっていうのも厄介ですね……」

「夢魔は人間がいなければ生きられない種族だ。ゆえに人間社会と対立はしたくないというのが私の考え方でね。私の眷属に対して無理強いや犯罪行為は禁じている。そういう理由で、レンには人前に出て堂々と活動できるうちに、栄養を蓄えておいてほしいのだよ。十五年程度の期間、静かに潜伏できる程度の栄養を」


 天音響は蜜夢レンを見た。


「いいお父さんですね」


 うちの父親とは大違いです、とうっかり口にしかけて、慌てて黙る。

 場の空気が凍るだけの情報を、この場で口にする利点がゼロだ。

 蜜夢レンは真剣な目で天音響を見る。


「天音君……ボクにとってはたしかにいいパパだけど、天音君にとっては拉致犯(らちはん)でしかないんだからね? 同情して許しちゃだめだよ?」

「は! そ、そうだった……! 無理強いも犯罪行為もしてるぞこの人!」

「レン! せっかく丸め込めそうだったのに余計なことを……!」

「天音君。パパの言ったことは後で全部忘れさせてあげるから、罪悪感とかも残らないからね。嫌なら嫌って言っていいんだからね?」


「嫌……というわけでは……ないですけど……」


 再び契約書に目を落とし、天音響は考えた。

 断る理由が、ない。ないような気がする。

 いやある。あるだろう。

 夢魔と契約? 女の子と一緒に住む? いやらしい夢を見るために?

 どうかしている。ありえない。


 けれども、と天音響は熟考する。


 住居提供三食まかないつきなら、月収五十万をまるまる貯金に回せる。

 二か月やれば大学の入学資金ができる。バイトを減らせば受験勉強もできる。そうすれば推薦が取れるかもしれないし、成績が良ければ返済義務のない奨学金を受けられる可能性もある。

 契約書を見る限り、やめたければいつでも辞められる。


「ねぇ天音君。悩んでるならさ、ボクのライブを見てから決めない?」


 決断を迷っていた天音響に、蜜夢レンが申し出た。


「天音君、ボクのライブ見たことないんだよね? そんな感じの反応だもん。ライブを見て、天音君がボクを好きになってくれたら、契約書にサインするって……どうかな? ここで急に決めろなんて、やっぱりアンフェアだし」

「……蜜夢さん」

「レンって呼んでよ。蜜夢さんだと、パパも振り向いちゃうからさ」


 かわいらしくウィンクして、蜜夢レンは天音響の唇に指先で軽く触れた。

 その指先を軽く舐め、


「へへ、美味しい」


 とゆるりと笑った。

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