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スタッフロール

「――あ! わかった! 『マトリックス』だ!」

 昼休み。

 天音響はふと思い出して声を上げた。

 その正面でいつになくぽわぽわとした表情でスケジュール帳を眺めていた楽浄奏は、視線だけで天音響に発言の脈絡を問う。

「あ、いや……夢の話。幸せなのは全部夢で、現実はつらいってやつ」

「ああ……記憶の消去云々とか」

「そうそう。っぽいだろ? さすが楽浄さんは分かってる。――未だに少し、現実感がないんだ。俺なんかがなんでって……」

「分からないでもないよ。天音君はエロスだからね」

「楽浄さん!? 君、俺をそんな目で見てたのかい!?」

「辞書を引いて、天音君」


エロス――

1:ギリシャ神話における恋心と性愛の神。

  ローマ神話におけるクピド(キューピッド)と同一とされる。

  エロスの持つ金の矢に貫かれた者は

  目の前の人間への激しい恋心に取りつかれる。

  鉛の矢に貫かれた者は恋を嫌うようになる。


2:ギリシャ語で受苦的な愛を意味する言葉が神格化されたもの。

  受苦とは「苦しみを受ける」ことであり、

  理性では抑えられない、苦しみを感じるような感性的な愛を指す。


「……ギリシャ語だったのか」

「性欲というか、性的衝動を伴う愛情だね。愛が前提の言葉なんだよ、エロスって」

「また一つ賢くなったよ、楽浄さん」

「でも私が言ってるのは1の方の意味」

「1の意味だとキューピッドになるんだけど」

「……知らなかったの? 天音君、純粋な人間じゃないよ?」

「……え?」

「リストバンドの下に傷があるでしょ? エロスは意中の相手を絶対に自分に夢中にさせることができるから、人間社会に溶け込むために、赤ん坊のころに親が鉛の矢で傷つける儀式をするの。それで恋愛に対して超奥手になる」

 天音響はリストバンドを見た。

「……これは親の弓矢で遊んでた時についた傷で」

「あぁ……結果オーライだったんだろうね」

 天音響は電話をかけた。

 およそ一年と半ぶりに、父親に。

「あ、父さん? エロスってどういう意味か知ってる? うん。うん。――バレたか? 今バレたかって言った? は? 俺ギリシャ人なの? いやそりゃ神に国境はないかもしれないけど……はぁ、末裔。人間に恋した神の。え? じゃなんで黙ってたの? 信じないと思ったから? 当たり前だろ信じられるかそんな話!」

 天音響は電話を切った。

「自分から切り出しておいて〝信じられるか〟で電話を切るのもどうかと思うよ、天音君」

「急に人間としてのアイデンティティが揺らいだ俺の気持ちも察してほしいよ楽浄さん」

「そんなことより、天音君」

「人間としてのアイデンティティが〝そんなこと〟!?」

「来週の日曜日、ライブがあるでしょ」

「え? 楽浄さんくるの?」

「うん……ちょっとツテで」

 楽浄奏はさっと頬を赤らめる。

「それでね……また〝合わせ〟をしたいから、衣装選びを手伝ってほしいんだけど」

 天音響は戦慄した。

「……まさか」

「まさか?」

「下着売り場とか……言わないでくれよ……楽浄さん……」

 楽浄奏は苦笑する。

「さすがにないよ、天音君」

「ああ、だよね。よかった」

「水着売り場だよ」

「どっちも似たようなものだよ楽浄さん!」


                                  THE END


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