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楽浄奏の教示

 天音響は他人に踏み込まれることを心地よいと思わないタイプの人間だ。

 人には適切な距離感があり、友人と言えども一線は存在する。

 それに、悩みの内容が内容だ。とても楽浄奏に相談はできない。


 だからほとんど自動的に、天音響は答えた。


「ごめん、女の子には――」

「……女の子には?」


 聞き返されて、天音響ははっとした。

 楽浄奏は、天音響に下着姿をさらしている。同じ蜜夢レンのファンとして、天音響ならば男でも、自分を裏で笑ったり、冷かしたりしないと信じて。


 それに対して、自分はどうだ。


 今、性別で楽浄奏に一線を引こうとした。

 異性に相談すべきではないと決めつけて。

 だが楽浄奏はあの日、ライブ会場で天音響を信じてくれた。どれだけ勇気が必要だっただろう。露出を親に禁じられている楽浄奏が、異性に下着姿を見せたのだ。

 ならば自分も、同じ信頼を返すべきではないのか。

 友情とは、そういうものではないのか。


「……一般的に、男子が女子に相談するには不適切な内容と思われている事柄なんだ、楽浄さん」


 天音響は言った。

 察したように、楽浄奏は頷く。


「そういう事柄はあるよね、天音君」


 深追いはしない。

 嫌ならいい。

 楽浄奏の目はそう言っている。それが、天音響の背中を押した。


「そう。けどよくよく考えてみたら……この問題について相談する相手は、楽浄さんしかいないことに気が付いた」


 楽浄奏はさっと教室に目を走らせた。


「放課後、バイト?」

「いいや」

「図書館。この前の学習室で」

「わかった。ありがとう、楽浄さん」

 

学校

図書館


「――レンレンの夢を見たい?」


 平日の図書館は遅い時間まで開いている。

 学習室は今日も無人で、天音響と楽浄奏専用の会議室のようだった。

 天音響は単刀直入に切り出した。

 恥ずべき質問ではないと自分を奮い立たせて、言ったのだ。


「俺は蜜夢レンのファンとして……一人のバンカーとして! 蜜夢レンとのエロい夢を、どうしても見なくちゃいけないんだ……!」

「天音君……」


 楽浄奏は目を伏せた。


「そう……そういうことだったの。だから隠そうとしてたんだね」

「バカみたいって思うかい、楽浄さん」

「思うわけない。私がレンレンのファンだって公言できないこと……天音君がレンレンとのえっちな夢を見たいと相談できないこと……それっておんなじことだから――と、私は思う。それに」

「それに?」

「レンレンとのえっちな夢なら。私も毎日見たいと思っているから……!」

「ら、楽浄さん……!」


 盟友。

 今、二人の関係にその名がついた。


「天音君の悩みは、バンカーとして、とても正しい心がけだと思う。――でも、確かに天音君の言う通り……これは男に相談した方がよかったのかも」

「え、やっぱり引いた!?」

「そうじゃないけど……私はレンレンに……せめてほしい側だから……」


 天音響は膝から力が抜けかけた。

 しかし踏みとどまる。この告白は恥ずかしいことではない。


「こ、ここだけの話、楽浄さん……!」


 天音響は一歩踏み出す。


「俺もレンさんにせめてほしい側なんだ……!」

「あ、天音君……!」


 楽浄奏は初めて見つけた同族を見る目で天音響を見つめる。

 二人の鼓動は熱く高鳴っていた。

 はたから見ればただの性癖の暴露合戦でしかないが、二人にとっては友情と信頼を深める清らかな対話である。


「それじゃあ……私が六割の打率を誇る、レンレンへ夢を捧げる儀式を教えるね」

「ファン用語が充実してるんだな……」

「書くことだよ、天音君」


 天音響は耳を疑った。


「書くって……何を?」

「妄想を」

「なんの!?」

「天音君がレンレンに捧げる夢の」


 勉強と同じだよ、と楽浄奏は言った。


「書いて、文字を目で見て、再入力することで、自分の妄想を強く脳に焼き付けるの。そうすると、夢にレンレンが会いに来てくれる。絵が得意なら絵でもいい」

「まさか……そんな……楽浄さんはそこまでして……!?」

「ハイバンカーのたしなみだよ」

「ハイバンカーって!?」

「レンレンに夢を捧げる儀式を手伝う人たち。ようはレンレンを題材にしたエロ同人作家のこと」

「ちょっとまって楽浄さん。ディープすぎて俺の次元が追いつかない」

「エロ同人っていうのは、絵だったり漫画だったり小説だったりフィギュアだったり、とにかく商業外でのバン活すべてのことだよ」

「よもやバンカー活動をバン活って略してるのかい楽浄さん……!」

「と言ってもハイバンカーは少数で、人の作った妄想に乗っかるバンカーがほとんどだけど、私たちはまだ十六歳だから……」


 妄想ノートを、したためているというのか。

 現物という証拠が残るリスクを冒しているというのか。

 天音響は驚嘆した。

 家が厳しい楽浄奏だ、親のガサ入れもあるだろう。天音響のような一人暮らしとは環境の危険度がまるで違う。


「でもなんだか……ゆ、夢で自動的に見てしまうのと……能動的に妄想をしたためるのとでは……ハードルの高さが……!」

「そう……いきなりは難しいよね。だからお手本を読むの」

「お手本? けど、十六歳の俺達がお手本にできるものなんて……!」


 楽浄奏は一冊の本を取り出した。


「天音君は……ライトノベルを、知っている?」

「ライトノベル……? いや、俺は映画の原作小説しか……」


 楽浄奏は、文庫本を天音響に手渡す。

 表紙を見て、天音響は叫びそうになった。


「ここここここれは十六歳が見ていいものじゃない気がするよ天音さん!」

「これは合法だよ天音君。むしろ私たちの年齢層がターゲットの娯楽小説なんだよ。それにほら、露出度的にはレンレンと大して変わらないけど、レンレンだって合法エロでしょ?」

「合法エロって?」

「違法なエロは逮捕だから」


 そりゃそうだろう。 


「た、確かに……レンさんがこの服を着てると思うと、不思議と違和感がない……!」

「そしてこのライトノベルのヒロインのうち、一人は僕っこ……そう、レンレンと重ねやすい!」


 天音響は震えた。

 これは、この一冊は。

 楽浄奏が選び抜いた一冊だ。

 蜜夢レンの夢を見るために、楽浄奏が探し当てた聖典だ。

 この小説の内容を、男を自分に、ヒロインを蜜夢レンに置き換えれば、あるいは。


「あ、ありがとう楽浄さん……いや楽浄師匠!」

「落語家っぽくなるからやめて」

「確かに円楽っぽいな……」

「でも、一つ問題があるの」

「問題?」

「――その本、貸出記録につくよ」

「ひぎ……!」

「借りないんだったら……ここで書くしか、ないね」


 受付カウンターには二十代と思しきお姉さんが座っている。

 これを男子高校生である天音響が持っていったら、いったいどんな目で見られるだろう。さすが男子高校生は興味あるのねこういうの、などと思われるのだろうか。

 天音響は今、制服を着ている。

 あの学校の男子生徒がこういう本を借りていったと、誰かに話したりするのだろうか。それが巡り巡って天音響のことだと知られ、それがクラスに広まったら……。


「――いや……! 俺は平気だ楽浄さん! これは合法……合法なんだ! なら後ろ指を指す奴らが悪い。男子高校生の性衝動、および性行為への興味はむしろ正常! なくてもいいがあっても責められることじゃない! 俺は胸を張って、この本を借りられる!」


 楽浄奏は微笑んだ。


「――天音君。その答えが聞きたかった。持って行って。その本、実は私の私物だから」

「うわほんとだ! こういう引っ掛けは感心しないよ楽浄さん!」

「私はあなたがとてもよい夢を見られることを願っています」

「はい。俺はきっととてもよい夢を見られるでしょう」


 天音響と楽浄奏は頷きあう。

 そして天音響は、足取りも軽く図書館を後にした。


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