蜜夢レンの行楽
「――よもや、ハイヤーで遊園地まで乗り付ける文化が存在するとは……」
「電車で顔バレしちゃったら大騒ぎになっちゃうでしょ? でもここなら――じゃーん!」
蜜夢レンは、巨大なサングラスとパークのマークが入った帽子を装備し、これで変装は完璧とばかりに胸を反らした。
夏を全力で楽しむ女子大生といった感じの装いだが、いつもの蜜夢レンに見慣れると少し違和感がある。
どのような違和感かと言えば、
「い……いつもより露出、少ないんですね……」
ということだ。
チューブトップの上からシャツを羽織り、ボタンを胸のしたまでとめるスタイルは、確かにセクシーだが「常識の範囲内」といった感じがある。
「そりゃ、脱いでればセクシーってわけじゃないからね。今日は天音君の視線だけ集められればいい日だし、お忍びデートなんだから擬態しないと」
「そ、そうですか……じゃあ……ちょっと失礼して……」
天音響はそんな蜜夢レンのシャツのボタンを、三つほど余分に止める。
「しめちゃうの? 天音君おっぱい好きでしょ?」
「好きですけど……! 遊園地は子供もいますので……!」
「子供はお母さんのおっぱいめっちゃ吸ってると思うけど……」
「だからって俺がレンさんのおっぱい吸ってたら通報でしょうが! そういうことですよ! TPOおよび人! タイムプレイスオケーション!」
「分かった分かった。天音君が嫌なことはしないよ。ピュアピュアだなぁ。――でも、これくらいはしてくれてもいいよね?」
蜜夢レンは、天音響に手を差し出す。
「……へ? つ、つつつ、つなぐんですか!?」
「うん。こうやって」
「ちょ……ちょっとレンさん、このつなぎかた……!」
蜜夢レンの指が、天音響の指にからんだ。
手のひらがぴったりと密着し、お互いの汗が混ざり合ってさらに境界線が分からなくなる。
「んふふ~恋人つなぎ」
「だ、だめですレンさん! 俺、手汗めっちゃかいてて……!」
「大丈夫。ボクも汗かいてるから、どっちの汗かなんてわかんないって」
言いながら、蜜夢レンは天音響と握り合わせたてをにぎにぎと動かした。天音響の指の間で、蜜夢レンの指がうごめく感触が、ひどくくすぐったくて心がじたばたする。
蜜夢レンは年上で、大人で、雲の上の存在のようなのに、指はほそく繊細で、手のひらはすべすべとしてやわらかい。
男と全然違うんだな。
そんな風に思うと、夏の日差しがすでに十分暑いというのに、さらに体の中がかっかする。
そのまま蜜夢レンに引っ張られ、天音響は遊園地のパークをくぐった。
「こういうとこ、小学生以来です」
「友達と来なかったの?」
「あまり人混みが得意じゃなくて……」
「そっかぁ。ちょっと怖いもんね、いろんな人いるし。でも大丈夫、今日ボクがばっちりエスコートしてあげるから!」
蜜夢レンは、今日も高いヒールをはいていて、そうすると百七十と少しの天音響より視線の位置が高くなる。
夏の太陽の下にいる蜜夢レンは、ステージの照明がなくてもキラキラと輝いている。
思わず見とれてぼーっとなった。
そして、はっとする。
「……あっ! レンさん俺、財布……!」
蜜夢レンは首をかしげる。
「高校生に出させるわけないじゃんじゃん? ボクが無理やり連れてきたんだし」
言うと思った。
予想はしていた。
けれど、それはどうも落ち着かない。
「でも……俺、男だし……それに、せめて自分の分くらいは……!」
「そんなに気になるなら、月末にお給料が入ったときに何かおごってよ。それでチャラ」
「そ、そういうわけには……! 大体その給料だってレンさんが払うわけで……」
「うんうん、その気持ちとっても嬉しいよ。はいこれお茶ね。具合が悪くなったら、すぐに言わなきゃだめだよ? 熱中症になるからね。あ、ソフトクリーム食べようよ! どれがいい?」
「え、あの……チョコレート……」
「じゃあボク塩バニラ! ねね、チョコ味も一口頂戴。食べさせっこしようよ」
売店に引きずって行かれ、あれもこれもと与えられる。
「彼氏って言うか、これじゃ弟じゃないですか!」
思わず叫ぶと、蜜夢レンは楽しそうに笑った。
「じゃあお姉ちゃんって呼んでいいよ、天音君」
そう言って、蜜夢レンは天音響のソフトクリームをぱくりと食べた。
それから、自分のソフトクリームを天音響に差し出す。
天音響は悩んだ。
蜜夢レンが舐めた痕跡が、ソフトクリームには残っている。
そこを巧みによけて一口いただくベストな方法とは――。
「天音君、とけちゃう」
「あ、すいません!」
「ってゆか、いまボク天音君のソフトクリーム食べたじゃん?」
「はあ、ですね」
「じゃあもう、今天音君が悩んでることって、むだむだの無駄だと思うよ?」
「あ、そうか」
ここで天音響は熟考を重ねたところで、天音響が自分のソフトクリームを食べる時、蜜夢れんの痕跡との接触は避けられない。
どうせソフトクリームをかいした唾液の交換作業――すなわち間接キスは行われてしまうのだ。
「いや、っていうかなんで俺が悩んでるって……!?」
「気づくよぉ。天音君わかりやすいもん。ほらたべて、がぶっとぺろっと」
ずいとソフトクリームを差し出され、天音響は観念してありがたく一口頂いた。
塩バニラ味は少ししょっぱくて、夏の体にちょうどいい。
二人は並んでソフトクリームを舐めながら、時々お互いの味を交換しつつ、遊園地をそぞろ歩いた。
「人がたくさんいるね、天音君」
「日曜日ですしね……」
「カップルがいっぱいだねぇ」
「ですねぇ」
「ボクたちもそう見えるかな?」
「み、見えないと思いますよ……」
見える。絶対に見える。見えまくる。
その自覚はあるが、何かが邪魔をして認められない。
そわそわする天音響を横目で見て、蜜夢レンはぎゅっと肩を押し付けてきた。
「じゃあ、このくらいくっついたら、恋人に見える? どう思う、天音君」
「れ、レンさん……!」
「だぁって、これってデートだよ。ボクとくっつくの、そんなにヤダ?」
「いえ、ではないですけど……あの、俺すごい汗かいてて……汗の臭いとかやば」
「天音君、さっきから汗のこときにしすぎじゃない? 大丈夫、天音君の汗のにおい好きだから」
蜜夢レンは天音響の肩口に顔をよせ、すんすんと鼻をならした。
天音響は青ざめる。
「やめてくださいかがないでください! いやだー! 契約破棄案件ですよ!」
天音響はのけぞった。全力の拒否である。
けれど、それでもつないだ手は離さない。
もう二人の手のひらは一体化してしまったようですらある、
ちぇ、と蜜夢レンは唇をとがらせ、サクサクとソフトクリームのコーンをかじった。




