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蜜夢レンの提案

「――天音君」

「はっ……楽浄さん!?」


 楽浄奏に呼びかけられて、天音響ははっとした。

 一瞬状況が理解できずに周囲を見回すと、女性用の下着ばかりがずらりと並んでいる。


「こ、ここは……下着売り場……!?」

「私の下着選びを手伝ってくれる約束でしょ? ほら、こっちにきて」


 試着室の中からぬっと腕が伸びてきて、天音響は楽浄奏と狭い密室で向かい合う。

 楽浄奏は下着を身に着けていなかった。

 全裸で天音響と向き合い、背面にある鏡にはすっと伸びた背筋から膝の裏までが丸見えになっている。


「ら、楽浄さん、下着は!?」

「今から選ぶんだよ、天音君。でも、サイズがわからないから天音君にはかってほしいの」

「そ、そそ、そんなのは店員さんにやってもらうべきでは……!」

「天音君がいいの」


 楽浄奏は天音響にメジャーを渡し、両手で長い後ろ髪を上げ、胸を天音響に突き出した。


「お願い」

「――お客様、何かお手伝いできることはありますか?」


 試着室の外から店員が声をかけてきて、天音響は悲鳴を上げそうになった。

 楽浄奏は唇に指をあて、「秘密だよ、天音君」と言う。

 店員は去った。

 天音響はメジャーを楽浄奏の胸の周りに這わせる。

 心臓がバクバクといい、息が苦しいほどだった。這わせたメジャーを直視できない。目盛りを読もうとすると、どうしたって楽浄奏の体が目に入る。


「ど、どうやって計ればいいのかわからないよ、楽浄さん……」

「ふふ……私も分からない」


 楽浄奏は照れたように笑った。

 次の瞬間、天音響に抱き着いてくる。


「ら、楽浄さん……!?」


 楽浄奏はわずかに顔を上げた。キスを求めるように、唇がわずかに開いている。

 その唇がふと動き、


「――こんな夢見てていいの? 天音君」


 と言った。


 天音響は愕然と顔を上げた。

 鏡の中に、蜜夢レンが立ってじっとこちらを見つめている。

 次の瞬間、天音響は自室のベッドで飛び起きた。

 ざっと、全身の血の気が引いた。

 楽浄奏の夢を見てしまった罪悪感――そして、蜜夢レンを裏切ったような罪悪感。


「あぁあ……どうしよう……」


 天音響はベッドから飛び起き、リビングに転がり出た。


「レンさん! あの、違うんです言い訳を――!」

「――おはよう天音君」


 蜜夢レンが、いつものようにカフェオレを飲みながら待っていた。

 そして、にっこりとほほ笑む。

 天音響は覚悟した。

 同級生の女子とのいやらしい夢を見たことを糾弾(きゅうだん)されるという、恥辱(ちじょく)の極みを覚悟した。

 しかし事態は天音響の予想と異なる方向へと動き出す。


「デートしようか、天音君」

「――へ? デート?」


 蜜夢レンは、ぱっと天音響にスマホ画面を見せつける。


「遊園地の……入園QRコード?」

「そ! 天音君の分も転送しといたから」

「え? 行くんですか? 俺も? 今から?」

「あったりまえじゃん! でさでさ、見ててね?」


 蜜夢レンは目を閉じた。

 その体から、角と尻尾と羽がすぅ、と消えていく。


「え!? きえ……なんで!?」

「天音君のおかげだよ! 天音君がボクの夢を見てくれるから、ちょっと力がついてきたんだ。だから今日一日、外で普通の人間のふりするくらいなら大丈夫だと思う!」


 夢。

 天音響ははっとする。


「あの…でも俺、今日の夢……」


 蜜夢レンは立ち上がり、ぐっと天音響と距離を詰めた。

 しぃ、と天音響の唇に、人差し指を押し当てる。


「あのね、天音君。夢は自由なんだよ? 天音君がどんな夢を見ても、天音君は誰にも迷惑なんてかけてないんだから。――正直なこと言うと、ちょっとは悔しかったし、その子誰? 彼女? ボクより好き? って思ったけど……」

「いや、違うんですよ……! 楽浄さんは友達で、昨日たまたまライブで下着姿を見てしまったもので……!」

「だから、いいんだってば! 言い訳とか、説明とか!」


 蜜夢レンは、子供のようにぷいとそっぽを向いた。


「昨日はボクのライブより、その子の下着姿の方が印象的だったってこと。それは天音君のせいじゃないから! でも、ボクはこのまま君の夢をあの子にあげたりしないよ」

「レンさん……」

「というわけで! 遊園地デートでがっちりボクを天音君に印象付けちゃいましょう作戦の始まりで~す!」


 蜜夢レンは、天音響の腕に腕を回しぐいと玄関に向かって引っ張った。


「ちょ、ちょっとレンさん! そんないきなり! 強引に……!」

「でも強引に迫られるの、好きでしょ?」


 天音響はぐっと言葉を飲み込んだ。

 夢を知られている。隠しても意味なはい。


「はい……好きです……」


 天音響十六歳――生まれて初めてのデートが、アイドルとのお忍び遊園地になるとは、思いもよらなかった夏であった。


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