華宮百合香は事実を受け入れざるを得ない3
いかがでしたか、と言われても答えようがない。これらのことは自分がしたわけじゃなくて、オルレリア嬢がやったことなのだから。
でも、ここでその責任を取らなきゃいけないのは、私、華宮百合香なのだ。
ふーーーーーーーーーーーーーっ……
私は天井を見上げて嘆息した。こういう波風が立つ人生は、私が一番苦手なやつなのに、よりによって、全ての悪い評判が私の肩に乗せられている。これまで、「華宮さん?えーとよく知らないけどいい人だよ」「大人しいよね」「てか声聞いたことないかも」としか言われてこなかったし、そうなるべくとにかく物音立てずに暮らしてきたのに、はあ……
「完全に悪女の評価です、わね。」
なんとか語尾を取り繕いながら私はジスレーヌさんに答えた。これが正しいオルレリア嬢の喋り方なのかはぜんぜんわからないけど、今度はジスレーヌさんは言葉遣いには何も言わなかった。ふう、とりあえずはどうやらこの高飛車な喋り方が正解みたいだ。
「そのとおり。客観的なご感想、感謝いたします。」
ジスレーヌさんは眼鏡をかけ直して大げさなお辞儀をすると、言葉を続けた。
「ただ、婚約破棄も三件目になると、今後はお相手探しが難しくなってしまいます。今頃は年頃の殿方の間で噂が噂を呼んでいる状況にあるでしょうからね。それで旦那様も今回の学校通い、というよりは首都での社交界入りの機会をお持ちしてくださったのでしょう。
オルレリア様、どうかお聞きください。私はオルレリア様の家庭教師としてお願い申し上げます。オルレリア様が五歳の時、奥様がまだご存命でいらしたときから面倒を見させていただいている私の唯一の望み、それはオルレリア様が幸せな人生をお送りになられることです。決して婚約成就して高貴な身分の方の妻になるだけが唯一の道とは申しませんが、旦那様も私も、オルレリア様が立派な貴婦人になられることを望んでおります。そのためにはどうしたらよいか、よくよくお考えになり、その場限りの感情にお任せにならないようになさってくださいませ」
そう言うとジスレーヌさんは、私の肩に両手をおいた。眼鏡越しのその瞳は、心なしか赤く潤んでいる気がする。
(この人、厳しい人かと思ってたけど、それだけじゃないみたいだ)
私は、その真剣な勢いに押されるように頷いた。よく分からないけど、こんな真面目な人を困らせるのはいけないことだと思う。それに、オルレリア嬢のことをこんなに想っていてあげられるなんて。
「ジスレーヌさんって、優しいんですね」
つい思わず、オルレリアとしてではなく、華宮百合香としてぽろっと本音を言ってしまったけど、ジスレーヌさんはただ目を大きくしただけで今度は何も言わなかった。その代わり、私を抱きしめて、
「しばらくのお別れ、さみしゅうございます」
とだけ言ってくれた。
私も抱きしめかえすと、今度はオルレリア嬢らしく、
「ええ、安心してちょうだい」と答えた。