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華宮百合香は事実を受け入れざるを得ない 2

「このドレスはお腰につけるリボンがありますからお気をつけて、こちらに入れておきますよ、いいですね」

ジスレーヌさんがメイドと力を合わせて、トランクを上から押さえつけながら必死の形相で鍵をかける。もう30個目のトランクだ。そのほとんどが派手なドレスで占めている。こんなに服ばっかり、学校に入るのに必要だとは思えないんだけど……今ジスレーヌさんが手にしてるやつなんか、真っ赤などでかいリボンが連打されていて、これを自分が着るなんて想像するだけでも頭痛がする……と、カウチの上でただ寝そべってジスレーヌさんやメイドが荷造りするのをやる気なく見ているだけだった。

何か、現実感がない。私はさっきまでいたおじいさん、じゃなくてお父様、の部屋で言われたことを無気力に反芻していた。

不安しかない。

グルスアンアーヘン(どこ?)のシュパリスホープ高等院(何するとこ?)での新しい(どんな?)学生生活。叔母様(どんな人?)のエルフェンプラッツ修道院(ってそもそもそこ住めるの?)での新しい暮らし(修道院って厳しそうなんですけど……)。

……だめだ、未知の世界すぎる。いくら一度はプレイしたことあるゲームと言っても、プレイヤーとしてこなすのは週一単位で発生するイベントがメインで、実際にキャラとして24時間同じ生活をするという意味ではないし、そもそもこんな二周目以降の特定シナリオでしか見れないキャラの詳細な生活なんて知りようもなければ演じようもない。

「不安すぎる……」

思わずそう口に出してしまった私に、ジスレーヌさんは作業する手を止めて、

「こんな気弱なオルレリア様なんて、まあ、らしくありませんね。それともやはり、三度目の破談は流石にこたえましたか?」と言ってきた。

「オルレリア様はそもそもまだお若いのですからまだそこまで気にすることはございませんよ。旦那様もおっしゃってましたように、幼少時代の縁談が、いざお年頃になられたら条件に合わなくて……なんて、どこのお家でもよくあることです。皆さん恥ずかしがって言わないだけですよ」

「でも……正直に言って欲しいんですけど、破談の理由、ジスレーヌさんはご存じなんじゃないですか?」

ジスレーヌさんは眼鏡をくいっとやると、「いつも通りの呼び捨てで結構ですよ、オルレリア様。じゃないとこちらが変になってしまいそうです。」と断ってから、

「まあ、実際の破談の内容書などは私が預かって管理しておりますが……本当にお知りになられたいのですか?また昨日のようにおつむをお曲げになられませんとお約束いただけますか?」と念を押してきた。

「だ、大丈夫、大丈夫、ほら、あれ、いわゆる敗因分析ってやつです、ほら敵を知るにはまず己を知れと言いますし」

ジスレーヌさんはこちらを疑うような目つきでしばらく見つめ、それから深いため息を吐くと、最後のトランクに鍵をかけ、メイドを外に追い払った。

「まあ、いつものオルレリア様にしては、殊勝な心がけです……。なにかお考えがあるのでしょうけれど、ただそのへんてこに謙虚な喋り方でお熱でも出されてしまっては元も子もありませんから、お止めくださいませ。」

そ、そんなこと言われても、オルレリアの普通の喋り方なんて知らないし……

頭を抱える私の様子を見て、ジスレーヌさんは首を左右に降ると、

「ほら、いつものオルレリア様なら、『おだまりジスレーヌ』と言ってくるところですよ」とからかい半分に言い、手近な椅子に腰掛けてやっと話し出してくれた。

「まあ、この話を聞き終わる頃には、演技する余裕もなくなってカッカなされても知りませんよ。あくまで、落ち着いて、お聞きくださいね。」

そう言うとジスレーヌさんは咳払いをし手帳を取り出した。その重々しい仕草にごくり、と思わずつばを飲み込み姿勢を正した。

「では、まずお一人目、最初の縁談、ソーテルヌ伯のご子息レオナルド様……この方はオルレリア様もご存知のとおり『ご本人の優柔不断な性格のため婚約に至るには早すぎるのではないかという懸念』という理由でご辞退されておりました。ただし実際の理由は、『二年前に当屋敷での歓談会の際に、ついたての裏で髪飾りの位置が2センチ程低いとメイドを罵倒しているオルレリア様をお見かけし怖くなったため』、とのことでした。」

取り出した手帳に丁寧に書き留めてあるのだろう、まるで叙事詩でも語るように滔々と読み上げるジスレーヌさんは、こちらの顔を眼鏡越しの厳しい表情でちらりと見る。そしてすぐにまた手帳のページをめくった。

「それからお二人目、テラッサ公爵、この方は身分も領地もご人格も申し分ない方でしたが、お年を召されているのが気に入らないと『愛人扱いのおつもりですか?図々しいお年寄りですわね』と面と向かってオルレリア様がお言いになられてそれっきりのお話でした。」

……。

どうやらオルレリア嬢は、自分が思ったとおりの性格をしているようだ。ま、まあ、ポジティブにいえば、うそをつけない素直な性格、というか……。

困惑する私を差し置いてジスレーヌさんは続けた。

「最後に三人目、今回のお方。ペルロット領男爵ご子息ロゼウス様、この方に関してはお心当たりがあって当然かと思いますが、オルレリア様と来たらお話が来た時点で『ど田舎の男爵の息子ごときがわたくしに結婚を申し込むとはなんという思い上がり!』とかんかんでございましたからね。」

私は額に手を当てた。この世界での結婚への価値観というものは知らないけど、どうやら、身分が高すぎても低すぎても、若すぎても年寄りすぎてもオルレリア嬢にはよくないらしい。聞いているだけで頭痛がしてきそうだ。ジスレーヌさんは容赦なく続けた。

「この方はとにかく温厚な方で、気のきついオルレリア様をうまくいなして頂けるに違いないと私は期待しておりましたが、さすがに顔合わせのお茶会の際に、オルレリア様が『その白いシャツ、貧乏くさくて好きではありませんわ、お染めしてあげてよ』と言われて淹れたての熱いお茶を直接おかけになったものですから、さっぱり音信不通におなりでしたね。

このお方につきましては今もあれがトラウマで、女性恐怖症になっておしまいとお聞きしておりますよ。」

「えっ……それはいくらなんでもヤバすぎません?……」(ほんとにほんとにすいませんまじで)

思わず本音を漏らしてしまった私に、ジスレーヌさんは眉根をこれでもかという程寄せて、「なんというお言葉遣い」とたしなめた。慌てて口元を抑えてごまかそうとする私に咳払いで応じると、ジスレーヌさんは、

「これだからオルレリア様、辛抱が足りないといつもおっしゃっているんです、婚約・ご成婚とは我慢強さを試されるものなのですよ」と小言を言ってから手帳をパンと閉じ、「いかがでしたか?」と訊ねてきた。


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