華宮百合香は他人の部屋で目を覚ます 4
早速ジスレーヌさんが呼鈴を鳴らすと、メイド二人組が駆けつけてきた。
ジスレーヌさんのら「、お湯の準備を」の一言だけで、「かしこまりました!」の返事とともに、私はバスルームまであっという間に連れていかれ、抵抗する暇もなく着ていた服を脱がされた。そのあまりにもテキパキとした動きに文句をつけるどころでは無い。素っ裸で唖然としていると、メイドのうちの一人が
「オルレリア様、こちらへ」と言い、よく泡立った石鹸で体を擦ってくれたり、髪をレモン水で洗ってくれたりと至れり尽くせりな入浴タイムが始まった。
(し、正直お、落ち着かない……ひ、じ、自分でやらせてほしい)
ただ、メイド達も流石にプロだ。普段自分でちゃちゃっと風呂に入るのとは違って、頭のてっぺんから爪先までいたるとこが綺麗に磨きあげられる。きめ細かな輝きを放つ白い肌、桜貝のように美しい爪が自分のものだと思うと奇妙な気持ちだった。
風呂を上がっても、何重に塗られたかわからないほどの化粧水やクリーム、髪への二人掛かりでの完璧なブラッシングにヘアセット、ドレスの着せ付け、宝飾品の取り付けがあますとこなく行われ、私のオルレリア嬢としての外観はまた完全に整った。鏡に映るこの巻き毛にド派手なリボン、間違いない、やっぱりあのオルレリアだ。
「あ、ありがとうございます……」
鏡に映るまばゆい美少女にろくに目を合わせられないまま、メイド達にお礼を言うと、彼女達も驚いた顔、というかむしろ不気味なものを見るような顔でお辞儀をするとそそくさと去っていった。昨日の夕食のときの男の人と同じ反応だ。
(オルレリア嬢って、脇役だしゲームの中では私生活はそんなに語られないはずだけど、ちょっとお礼言っただけであんな顔されるって……
これは召使いたちには相当嫌われてるとみた……)
私はため息をついた。どうやらオルレリア嬢はなかなかクセのありすぎる私生活を送っているようだ。
ゲームをプレイする側からすれば、こんないじわるキャラを主人公パワーで蹴落としていくっていうのは面白いかもしれないけど、このキャラとして暮らす分にはちょっとつらすぎる。私の求めている穏やかで揉め事のない生活とかけ離れすぎているし……。
というか、これいつまでやらなきゃいけないんだろう?元の世界、平和な日本に戻れるのかな?ていうか仕事とかどうなってるんだろう、欠勤連絡してないや……
そんなことを考えながらバスルームを出ると、ジスレーヌさんが待っていてくれた。暗い顔を上げると、ジスレーヌさんはそんなことには構ってられないといったふうに気ぜわしそうに私を上から下まで見回し、「よろしい、合格です」とうなずくと、
「さあ、では旦那様のところに参りましょうか」と言ってきた。
「え、なんで?あ、あの朝ごはんは……」
「まあ、オルレリア様、ご朝食をお取りになられたいなんて珍しい」
ジスレーヌさんが不思議そうな顔をする。や、やばい。
「あ、いいですいいですっ」と言って手をふってごまかしてみたが、ジスレーヌさんは、少し考えたような顔をしたあと、
「朝食を取るのは美容にも朝のお勉強にも良いですからね。やっとオルレリア様が習慣づける気になってくださり嬉しいです。では、旦那様のお話のあとでご用意いたしましょう。そのほうがオルレリア様もスッキリしてよろしいでしょう?」と、ふむふむとうなずきながら聞いて来た。ふう、なんとか朝食のことはごまかせたみたいだ。
けど、スッキリする話ってなんだろう?……もしかして、私の正体って実はばれてて、みんな気づかないフリをして楽しんでるとか……?
いけない、せっかくオフロに入ったばかりなのに冷や汗かいてきちゃうのはまずい。
そう思いながら歩く回廊はやたら短く感じ、気がついたら私は階段を登った先の大きな扉の前に立っていた。
ジスレーヌさんがノックして声をかける。
「旦那様、例の件でオルレリア様をお連れいたしました。」
「おお、オルレリアか、入りなさい」
あ、やっぱり昨日の夕食のときのおじいさんの声だ。
その優しい声に私はすこしほっとした。どうやらいきなり頭ごなしに怒鳴られたりすることはなさそうだ。私はジスレーヌさんの後を付いて入った。