華宮百合香は他人の部屋で目を覚ます 1
私は暗闇の中を歩いている。正確には暗闇ではなく、ときどき小さな光の粒がチカチカと色を変えながら私の背中から来ては、ただひたすらとぼとぼと歩き続ける私の傍をものすごい速さで通り抜けていく。流星みたいで綺麗だけど、それがほんとは何なのかは分からない。でも何かに似てる気がする。そう、パソコンとかタブレットの画面に映る、色ピクセルのかけらみたいだ。
画面?そういえば、私、ここに来る前は、
急に走り抜けていく光の粒の量が増える。あまりにも多くて、早くて、大きくて、まるで光の洪水に飲み込まれる、と気づいたときには遅かった。私は波に飲まれて、あっという間に眩しい光で満ちたどこかに流れ着いた。
誰かの声が聞こえる。男か女かも分からない機械的なその声はたしかにこう言った。
「おめでとうございます!あなたは私のプレイデータに選ばれました☆▼」
?、なにそれ?
「えーと、あ、あれ?、華宮百合香?選出リ、リストに無いぞこの名前……▼
…… ……しかたない、脇役で使えばいいよね☆▼
えーとじゃあ……はい 決定!▼
あなたの名前は これから 悪役令嬢オルレリア ▼
あなたの平凡な人生を書き換えてあげたんだから しっかりこの役演じてくださいね☆▼
ゲームの神様より▼」
オルレリア?私の名前?なんかどこかで聞いたことあるけど、というか、悪役令嬢って何どういうこと???脇役??
更新データを適用し再起動します。
……
……
……
「うぅっ……」
真っ白な視界の中で目が覚める。かと思うと、それは羽毛だった。まるで羽根枕でも破ったみたいにフワフワと漂う……ってこれ、ホントに枕破れてるからだ、なんで!?しかもその破れた可哀想な枕は私の手元でぐったりとしている。相当な勢いで八つ当たりにでも使われたのだろう。
にしても誰がこんなみっともない真似を……?しかもなんで手の中にあるんだろう?
羽毛は宙をゆっくり舞い落ち、私の視界は次第に晴れた。あれ?ここ、私の部屋じゃない。ここ……どこ!?
どうやらベッドの上に座っていたみたいだけど、こんな豪華な天蓋付きベッド知らないし、何ここ?私まだ夢の中なのかな、さっきから何ずっと変な夢ばっかり、
ーーガチャ
「オルレリアや、どうだい、少しは良くなったかい……?」
ノックとともにドアが少しだけ開いて、男の人の声がした。優しくて、でも不安そうな声だ。入っては来ないつもりらしい。
オルレリアって誰?部屋を間違えてるのかな、どうしよう、何か返事したほうがいいんだろうか。
迷っている間にその声の持ち主は続けてこう言った。
「そりゃあもちろん、今回の事はショックだっただろうが、お前が悪いわけではないのだからね、気にするんじゃあないよ」
そう言うと、ドアがゆっくり閉められる音と共に足音がして、また静かになった。どうやら声の主はドアの前を遠ざかっていったようだった。
(誰だったんだろう?今の)
なんか心配してるみたいだったけど、大丈夫かな、部屋間違ってるの早く気づいてくれたらいいな。と思いながら私は背伸びをして、顔にかかるぐちゃぐちゃな髪を手ぐしで払おうとしてぎょっとした。
えっ何この色っ?!アニメキャラじゃあるまいしピンク色はないでしょ!そ、それに私の髪こんなに長くないはず。えもしかして昨日新しくしたシャンプーのせいとか?!ど、どうしよう?
慌ててキョロキョロと見渡すと、壁に掛けてある大きな鏡が目に入った。そこに映っていたのは、とんでもない美少女だった。
まるでアニメやイラストから出てきたようなピンクの派手な巻き髪にフリルだらけのドレス、それに何より澄んだアクアマリンのような水色の瞳、から涙が溢れている。
「!?」
私は思わず目に手をやった。その濡れた感触は間違いなく、泣いているのは自分の目で間違いないと証明している。それも、少しどころじゃない、泣きはらしたって言っていいくらいに頰中が濡れていて、よく見たら座っているベッドにもいくつも涙の粒が落ちた跡があった。
(えーなにこれ全然心当たりないんですけど……)
自分で自分に引いてしまう。なに私実はお姫様のコスプレが好きな夢遊病患者だったとか……?お姫様っていうか、お嬢様?ていうかこんなドレスどこで買ったんだろ、私の薄給何に使っちゃってるのっ私のバカバカ!!!
コンコンコン
またドアがノックされた。
今度は誰だろう?私はふと現実(夢の中なのにそんな言い方できるのかな)に帰って身構えた。
「オルレリア様、失礼致します。ジスレーヌです」
今度は女の人の声だ。ちょっと冷たい感じの声。
ドアが開いて、そのジスレーヌと名乗った女性が当然のように室内に入ってくる。
や、やばい、ここはそのオルレリアって人の部屋じゃないんだけど、ここにいるのが私だってバレたら困る、
そう思って慌てた私は、咄嗟にうつ伏せになると、顔を布団の中に隠した。意味不明だろうけど、これしか策がない。
コツ、コツ、とキビキビした靴音が響き、私のいるベッドに近づいてくる。
「お加減はいかがですか、オルレリア様?」
……だ、黙っていよう。
「オルレリア様?もう……そうやってすぐおつむを曲げてしまうからこうなるのですよ。
枕も破ってしまわれて……かんしゃくはいけません。」
ため息をつきながらジスレーヌさん、は私のぐちゃぐちゃに乱れた髪の毛を撫でると、
「お気をとりなおしください、オルレリア様。オルレリア様がこうでは旦那様も気落ちしておしまいです。先ほどもいらしておられたでしょう?」
と言った。
旦那様、って、さっきの男の人の声の持ち主のことかな?何があったか分からないけど、確かに落ち込んでたっぽいな。
ジスレーヌさんの話は続く。
「さあ、オルレリア様、いつまでもメソメソしてないで、いつもの意地悪で高慢なオルレリア様らしくありませんよ、お起きになってください」
な、何気に辛口だな、この人……
そんな事を思っていると、急にジスレーヌさんは私の手を握って私の体を起こそうとしてきた。や、ヤバイ、私はそのオルレリアって子じゃないってバレちゃ……!!
思わずぎゅっと目をつぶる。あ、空き巣とかストーカーとかと勘違いされないよね、ごめんなさいごめんなさいだから悲鳴とかあげないで!!!
……
……あれ?何も起きない……。
「まあ、オルレリア様どうなさったのです。よっぽど泣き顔を見られたくなかったのですか?私が気にするわけありませんわ。
さあ、水差しをお持ちしてますから、顔を洗って、食堂までご一緒しましょう。晩餐に遅れては、また旦那様達がご心配なさいますし、召使い達に笑われてしまいますよ。よろしいですね?」
ジスレーヌさんは私の体を支え起こすと、そう言い聞かせてきた。声のイメージ通り、髪をシニヨンに結ってメガネをかけた厳しそうというか真面目そうな女性だった。余りにも当然のように話しかけて来る様子から言って、まるで私がオルレリアという子だと勘違いしているかのようだ。
私は恐る恐るベッドから起き上がると、言われるままに顔を洗った。ジスレーヌさんが簡単に髪を整えなおしてくれる。
「さあ、もう大丈夫。いつものオルレリア様です!参りましょうね」
明るくジスレーヌさんは言うと、慰めるように私の肩優しくポンポンと叩き、部屋の外に連れ出した。
なんというか、この小説はすごく完全娯楽に割り振っている(書き手側が)のですが、プロローグだけの時点で高評をいただいてたいへん恐縮してます。
この小説では 主人公が自分のことを知らないという ある種の推理もの的に考えていかなければならない という点を楽しんでいきたいとおもってます!よろしくおねがいしまーす。