第7話「知らない家族、知らない友達」
前話同日
3月26日(日曜日)
和歌山県新宮市
外見:紫苑寺 咲
中身:緑川 湊
トントン
木製のドアが叩かれた。そう、この個室の。
時刻は10時を少し回ったところか。医者が来たのだろうと思い返事した。
「はい、どうぞ」
「咲、起きてた?」
予想外に若い女の声に、とっさにあぐらをかいていた足を伸ばした。
部屋に入ってきたのは先程見ていた写真のフォルダで幾回も一緒に写っていた女生徒だった。プリクラにも写っていた美波という女だ。
髪は肩ぐらいまででスポーツでもしていいるような活発さがうかがえる少女だった。咲と対照的な女の子だと思っていたがやはり、その通りハキハキ喋りかけてくる。
「突然、入院したってお母さんから聞いてびっくりしたよー。春休み始まってすぐに入院なんて残念だね~」
「そ、そうですね」
思わず、敬語になってしまった。だが、この娘はそういうタイプなのでは? と少し思っていたので試してもいた。
「可哀想だからお見舞いに、りんご持って来たから一緒に食べよー」
なにごともなく会話できた所を見ると敬語で話していても不思議がられないタイプのようだ。思わずため息がでる。
「咲、やっぱり調子悪いよね。早く帰るよ」
「ううん、そんなじゃないです」
なにか勘違いさせてしまったようだ。そうださっきも思ったが俺は今、入院しているのだ。それが、突然、ため息したら心配させるのは必然だろう。なぜ、入院しているのかはっきりしないのがこの状況をさらに心配させる要因でもある。
美波がリンゴの皮を剥き終わり、食べようという時にまたドアが叩かれた。
「あら、美波ちゃん。お見舞い来てくれたの? ありがとう。」
入ってきた女性は40~50代だろうか、年の功が顔に出ている。察するに咲の母だろう。目元がよく似ていて一目で血の繋がりを感じた。入ってきた母の後ろには、もう一人いた。母と同じくらいの年齢だろう、真顔で無口の男性だ。ということは父親だな、と見当がついた。
「咲、身体は大丈夫? 着替えとお守り持ってきたけど何か必要な物はある?」
母は手を握ってくれ、お守りを手渡してくれた。心配しているのが伝わってくるような気がした。
「身体は問題ないです。特に欲しいものもないです」
「あらサキ、友達の前だからって改まった話し方してるの?」
(あれ、母には敬語じゃないのか。言い訳しなくては。)
完全に誰に対しても敬語で喋るタイプの人間なのだと思っていた。
「ち、違うよ。病院だから畏まっちゃって」
「あらそう。じゃ、明日にでも暇がつぶせる物でも持ってくるわね」
母から手渡されたお守りには健康祈願と書かれていた。裏側には熊野早玉神社と書かれていた。
みんなで美波が持ってきてくれたリンゴを突っついて食べ終わると、美波はサキの身体を気遣って長居しては迷惑だ、と早々に帰ると言い出した。
美波の家は市内の市街地の端にある農家の娘だそうだ。そこまでバスで帰るそうだが、父が車で送ると言って出て行ってしまった。病院まで父が運転してきたのだと勝手に思っていたが、どうやら運転手がいるらしい。紫苑寺家は本当に金持ちだったようだ。母は美波を送ってくる間、病室に残ってくれるようだったが、一人でずっと話をし続けていて人生が楽しそうな人だった。
眼を閉じる。美波はとても優しい友人だなと思った。たぶん親友なのだろう。
母も父も心配して見舞いに来てくれる。母はこうしてずっと話しかけて飽きさせないよう考えているのではないか。父は父で送るのに付き添ってくれた。これには必要性を感じなかったが、娘が病気とはいえ、寝間着姿でいることに気を遣ってくれたのではないだろうか。
なんだか身体が怠く感じるのは確かだ。眠くなってきた。食後に眠くなるようなそんな摂理のように睡魔がやってきた。
母の声が段々と遠く、布団に包み込まれる幸福感に落ちていく感覚に身を任せた。