第5話「重なり合う想い、動き出す時」
3月25日(土) 3月25日(土)
東京都渋谷区 和歌山県新宮市
緑川 湊 紫苑寺 咲
結衣が合宿に行ってしまう前に目が覚めた。
結衣はこの春で中学3年になり、部活の副部長になったらしく気合いの入り具合が前と大分、違う。部活は、チア部で学校では男女問わず人気らしい。だが、家では怠惰に過ごしていて家と外で面が違う妹だ。しかし、兄としては可愛く、自慢の妹だ、と思ってはいるが声に出すことはない。
いつもの食卓に妹の分まで朝ご飯を準備していた。合宿前にしっかり送ってやろうという魂胆だった。
「お兄ちゃん、おはよう。起きるの早いね……」
まだ結衣は、寝間着のままで寝ぼけた口調だった。
「ああ、着替えて早く食べろよ」
「うん……」
結衣は、一度、リビングに顔を出すと、目をこすりながら洗面所に顔を洗いにいった。朝は特別、低血圧だからこうなのかというとそれは違う。やはり昼間でも夜でも、家の中ではこうなのだ。しかし、なぜか外に行くと元気な優等生になるのだから不思議だ。一緒に育ったはずなのにこんなに違う妹に育ったのはさらに不思議なことだ。
「朝ご飯用意してくれたの? ありがとうお兄ちゃん!」
考え事をしているうちに制服に着替えて、既に朝食に手をつけていた。少しスカートが短い気がする。前に注意したらスケベって怒られてから何も言えなくなってしまった。本人がそれで良いのなら良いのだが。
「あ、おい。合宿行く前、最後に一緒にご飯食べようと待っていたのに」
「そうだったの?へへっありがとうね」
そんな笑顔をされてしまっては何も言い返せなくなってしまう。
「私がいなくなったからって毎日、外食とかコンビニの弁当で手抜きしてちゃだめだよ?」
「そんなこと言われなくても、ちゃんと自分で作って食べるよ。俺のことなんか心配していないで合宿頑張れよ、副部長さんよ」
「うん、頑張ってくるよ!」
部活で作ったオリジナルらしい大きなエナメルバッグを肩にかけて出かけていく、外面に変わりつつある結衣の後ろ姿を見送った。
(これから独りで何しようか?)
冷蔵庫を開ける。今朝使った牛乳と卵は開けたばかりだ。肉はベーコンしか残ってない。野菜はミニトマト数個とレタスが少し。
どこか出かけたついでにスーパーにでも寄らないと夕飯も朝食のような食べ物しか残っていないようだ。
しかし、困った。結衣も言っていたが春休みに特段、用など無いのだ。そのせいで外に 行く予定がない。
やはり世間の学生諸君も今日から春休みだと、さっき朝食を食べながら流していたニュースでも言っていた。しかも、今日は桜が満開になるのでは、という勢いで気温が上がるらしく行楽日和になりそうだ。都内に住む身としてはいつもの街がさらに混み合うので、あまりいい気はしない。
だが、どのみちスーパーに行かねばならぬのなら、暇つぶしにセンター街の方にでも行ってみるかと思うのが不思議なところだ。
心は決まった。だが、中々身体が動かない。家でソファに腰掛け、ゆっくりとTVを見ていると休日を満喫している気分になれる。こうなると「てこでも動かない」というのが実際、こういうことなのかとすら思える。
そうしていると、気付けば昼になっているのはお決まりだろう。昼になってお腹が減ったからようやく食べに出ようと腹が決まるのだ。
センター街には実に様々な人がいる。それは男性だったり女性だったり、10代から腰の曲がった老人。外国人だったり、はたまたホームレスが寝ていたりする。そして皆、それぞれ目的を持っていて、目的地へと向かっているのだろう。
しかし、目的なき者がこの場に足を踏み込めばドンドン奥へと連れ込まれていく。そして俺はなぜかいつもセンター街の奥の方にある古本屋の前にいるのだ。カラフルな服屋や雑貨店、大きな量販店が建ち並んでいるのになぜかいつも古本屋にいるのだ。そして、足が疲れるまでいろんな本を立ち読みしてしまう。
今回も牛丼屋で手早く腹ごしらえをすると自然と古本屋の前にいるのだ。
(これは一種の能力なのでは?)
そんなくだらない事を考えながら古本屋に入るのだ。
漫画コーナーの本棚から本棚へと己の好奇心が収まるまで余すこと無く回る。そして読み終わるとフロアを変え、小説棚で好きな作家の本を探し回るのだ。100円均一棚と普通の価格、文庫本で分かれているので探すのは大変だ。
店を出る頃には日が傾き、ビルの隙間から夕日が差し込んでいた。そして手には買い込んでしまった古本の入った紺色の袋を持っていた。
(夕飯買うお金なくなったな......)
夕飯はどうせ独りだ。今朝の残りと何か探せばあるだろう。
春休み初日の夜、残飯を片付け何をするでもなく無意味に過ごしてしまったことを自室で反省していた。これではいけない、とは思いながも結局いつも怠惰に過ごしてしまうのだ。
ベッドに仰向けになると、何も描かれていない真っ白な天井が視界いっぱいに広がる。それを見つめているといつも何か物足りない気持ちになる。
生きる目標も、生きる目的も見失っている。理不尽な、現実的な生活に不満がたまるのも仕方ない。
(少しくらい希望があっても良いじゃないか)
それは嫁をもらいたいとか、自由な金が欲しいとかそんな大それた物ではなく、暖かいご飯が、明るい家で待っていてくれる。そんな日常的な幸せを望んでいた。
父親は家に帰ってくることが珍しく、ご飯が待っていたことなんて高校に入ってからあった試しがない。
(それぐらいの小さな幸せを望んでも罰は当たらないだろうか?)
○
私は、病院で検査が終わり真っ白な病室にいます。
一応、検査結果が出るまでの検査入院というものです。病室の窓からは海も見える開放的な個室です。普段は山の方に住んでいるので海が見える開放的な部屋は始めてでした。しかし、私の心は悲観的でした。
たぶん、心臓はこれからずっと弱いままでしょう。やりたいことも制限されていくことが多くなることでしょう。しかし、それは両親が大切に思ってくれているからといのは分かっているつもりです。けど理解は出来ても納得は出来ません。
(このままで幸せになれるのでしょうか?)
ただただ、普通の人と同じ風に生活が出来るだけで私はそれだけで満足なのです。それさえも行えず、部屋にこもり、生活するのが幸せへとなるのでしょうか?
それが私の一番の不安です。
俺は、気付かないうちに眠りについていたようだ。
私は、疲れていたのでしょうか、いつの間にか寝ていました。
平安装束を着た中学生か高校生くらいの少女が山奥の石畳の道の上に一人立っていた。その容姿と場所があまりにも不釣り合いだった。
「私は大昔にこの地に土着した。それは民が私を祀り、守ろうとしたからだ。それはわらわに選択肢はなかったがな。そして、今では誰も私を見る者はいない」
こちらを見つめながら話しかけてくる少女は足下に視線を下ろし、元気がないようだった。だが、話している間ずっと少女の手はきつく握りしめられていた。それが、少女の悲しみや怒りを表しているようだった。
「主らには素質がある。わらわのために少し手を出させて貰いたい」
おかしな夢を見ていた。確かにそれは覚えている。天の声を聞くとかそんな感じだった。
頭に声が響いているような感覚に襲われました。まるで自分と瓜二つのような容姿でしたが、雰囲気が全く違い大人びた印象の少女でした。