最終話「届いた手紙、変わりゆく未来」
最終回です。
夏休みに入ってからおうちにいることよりおじいちゃんの神社で過ごす時間の方が多い気がします。
今日は、神社から少し歩いた所にある市立図書館に行ってみることにします。家から図書館に行くには車で行く距離なので滅多にいけません。だからこうして、おじいちゃんの神社に行っている時にしかチャンスはありません。
出かける直前の私に諏訪さんが声をかけられました。
「咲さん、夏の日射しが強いからこれ被っていってくださいね」
諏訪さんにつばの広い麦わらの帽子を渡されます。
私が帽子を被った姿を見ると諏訪さんは、満足そうな表情をしました。
「いってらっしゃい。気を付けてくださいね」
「はい、いってきます」
境内を出ると陽を遮る木々はなくなり、夏の強い陽が私の影を色濃く、アスファルトに影を落とします。
1時間も経たないくらいでコンクリート造りの色のない市立図書館に到着しました。
中に入ると冷房がとても効いた薄暗い空間が私を迎えてくれます。
入り口のほど近くにある児童書が多く置かれたコーナーに入ります。
本は好きです。いつでもどこでも読めて、どこへでもいけるような感覚がします。
何か目的の本があって来た訳ではないので、本棚を周りながら気になる本があれば手に取ります。
館内にあまり陽が入らないようにされてはいても新しい本以外は題名が白くなってしまっているものも少なくありません。
しかし、その中に一冊だけ輝いて見える本がありました。輝くといっても本の装飾がきれいだったり、ライトが照らされたりしている訳ではありません。
本の内側から光りのオーラがにじみ出しているように感じます。
(なんでしょうこれ……)
本が私を呼んでいる感覚にとらわれ、その本を手にした私は他の本に目もくれず、図書館を後にしました。
私が手にした本は「あらしのよるに」というオオカミと羊が物語の主人公にしたお話の本です。
その本を手に、私が向かったのは家ではなく、図書館の近くにある浮島公園という自然の多い、静かな公園です。
図書館から近いので本を借りるとたまによってしまう場所です。
「どうしてこの本を借りてしまったのでしょうか……」
公園の少し奥にあるツタの屋根が涼し気なベンチに腰かけ、落ち着くとふとそんな疑問が浮かびました。
それと同時にページとページの間が不可解に隙間のあいた所があるのに気付きました。
そのページを開くと本と違い少し色の変わってしまっている三通の手紙が入っていました。
そして何より一番驚いたのは、その三通の中に私から私へ書かれた手紙があるのです。もう一つの手紙にもよく知った友達であるみーちゃんからの手紙もありました。
今まで一度も借りたことのない本から書いた覚えのない手紙が挟まれているなんて、まるで何かの物語のようで恐怖などなく、あるのは好奇心からくる興奮だけでした。
まず、私宛になっている二通から開けることにします。
私から私宛の手紙より常識的な友達から私宛の手紙。みーちゃんからの手紙を開けることにします。
(わ、私宛の手紙なら勝手に開いても怒られないですよね?)
と、言い訳をしながらその手紙の封を開きます。
みーちゃんと手紙のやりとりをしたことは何回かありますが、その筆跡とは全く違い、漢字も多く使われた大人のような手紙でした。そこには、感謝が溢れていました。
(私もみーちゃんと出会えて良かったと思っているけど……)
しかし、だからといってこのような手紙をここに仕掛けている意味が分かりません。
恐る恐る私は、私からの手紙を開くことにします。
その中には、こちらも私の字とは思えない流麗な文字で書かれた手紙が入っていました。
二つの手紙を読み解くと、どうやらこれはタイムカプセルだったようです。
それも、過去からではなく、未来からの。
“
私へ
結末から言うとあなたは16才で亡くなり、神様になってしまいます。
冗談のようだけど信じてほしい。
でも、私は神様になんかなりたい訳じゃないの。
もっと生きたい。
もっと自由に世の中をこの目で見たい。
みなとくんとの出会いがそう思わせてくれた。
そして、みーちゃんもそれに付き合ってくれたの。
だから、これからそこで出会う緑川湊くんという男の子と未来を変えてほしい。
あなたの未来のためにも。
“
読めばなぜか私からの手紙だと分かってしまいます。わざわざ、読めなそうな漢字に振り仮名を書いてくれいるのが、私らしいです。
この手紙を送った時点で、未来の私達はどうなってしまったのでしょうか?
汗か涙で字が滲んでしまっている箇所があります。私は、その箇所から目を離せず、その場面を考えていました。
「何してんだ?」
突然、手紙を手にしたまま硬直していた私の頭上から男の子の声が降ってきました。
その声が発せられた方向へ視線を上げれば、外で遊び回っていたのか、顔が赤くなった男の子が立っていました。
初めて見る子でしたが、私には彼が誰か分かる気がします。
「緑川みなとくん?」
○
浮島まで来たっていうのに怪物はいなかった。
疲れた身体を休めようと、さっき見つけた屋根のあるベンチへと向かうことにした。
(奥まったあそこならゆっくり休めるかな)
そう思っていたが、そこには先客がいた。
俺と同い年くらいの見たことない女子だ。黒い髪がとてもきれいで、それが目を引く女子だった。俺が近くまで寄っても手にした紙をずっと見続けていて、俺に気付いていないようだ。
「何してんだ?」
びっくりしたのか、肩を一瞬震わせると俺の顔を見上げ、顔をじっとみてくる。
「緑川みなとくん?」
じっと見られて、居心地が悪く次の言葉を探していると名前を呼ばれた。
初めてみた女子だと思ったが、俺の名前を知っているということは会ったことがあるだろうか。
いや、まじまじと見てもこの印象的な髪や雰囲気を一度会っていたら忘れる訳がない。
では、なぜ。
「どうして俺の名前を知っているんだ?」
名前が合っていたことが嬉しかったのか微笑んだ。そして、俺に向けて手を差し出した。
いや、よく見れば手に何かが乗っていた。
「なんだ?」
「あなたからあなたへの手紙です」
俺の名前を知る、知らない女子からの手紙。それだけでも意味が分からないのに、いきなり俺から俺への手紙だ。
普通ならあまりのことに逃げ出す。
だが、ずっと怪物を見つけるために歩き続けていたし、夏の暑さで頭はぼーっとしていた。それに俺はずっと普通でないことを探していた。
これはきっと何かのチャンスだ。そう、思うとその手紙が何かへの招待状にも思えた。
気付けば、俺はその手紙に手を伸ばしていた。
「そういえば、名前は?」
「私は、紫苑寺咲といいます」
何もかも見通してきそうな目で見つめてくる。その目を見ていると、どうしてか心臓が破裂しそうで、手元の手紙へと俺は視線をそらした。
封筒を開く。そして、手紙を読む。
でも、読めなかった。習っていない漢字が多すぎたのだ。
「サキ、読んでくれない?」
「いいですよ」
読めない字があって恥ずかしかったのだが、サキは笑顔で受け取ると透き通るような声で読み始めた。
「”これは、本当にお前が書いたものだ。その証拠に、お前のテストの隠し場所は――――」
手紙は、本当に俺が書いたものらしい。テストの隠し場所は俺しか知らないはずだ。それが、その後に書かれていたことの真実味を増させた。
手紙には、未来が書かれていた。
それも、特別つらい未来の結末が。
「か、母さんが死ぬ……そしてそれを防がないとお前も死ぬ?」
口に出してもそれが現実だと1ミリも信じられなかった。まるで空想を語るくらいに簡単に言えた。
「でも、防ぎ方は書かれています。あなたの手で未来は変えられます。あなたのお母様、そして私の未来をあなたの手で変えてください。あなたならそれが出来ると信じています」
そう言ったサキは、手紙を渡した時と変わらぬ笑顔だった。ただ、瞳の端に水たまりができている。
俺よりもサキの方が辛いはずだ。
未来を変えることが、如何に簡単で大きなことか手紙から分かった。そう手間はかからないことだ。でも、未来からは過ぎ去った、やり直したい過去になるらしい。
そして、それを治す役割が俺に来たのは何かの巡り合わせなのだろうか。
俺は日常が非日常になる、そんな瞬間を待ちわびていたのだ。
「母さん、俺も一緒にいく」
8月のある日、買い物に行こうとする母さんにそう言った。
この一言で未来は変わるらしい。
それが、知れるのはあと10年経ってからでも遅くない。ポケットに入れていた手紙がいつのまにか消えていた。
俺は10年後もこの事を覚えていられるかな。
なあ、未来のもう一人の俺よ。これで願いは叶えられたかな。
手紙のことを忘れても俺は、珍しいと笑う母さんと手を繋いで歩くこの夏のことは忘れない。
お疲れ様でした。
約1年半の長期にわたり、お付き合いくださりありがとうございました。
私自身こんな長期になるとは思っていませんでした。笑
至らない所もあるかとは存じますが、今後も新たな投稿を始められますよう準備中ですので
新たな所でまた出会えること心よりお待ちしております。
(エピローグも一応あります)




