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第49話「色褪せないこと、最後に願うこと」

和歌山県新宮市


緑川湊

 絵日記を見返してみているとふと疑問が湧き出す。


「そういえば咲は、どうしてあの日浮島にいたんだ?」

「あの日は、この神社に来て図書館に本を借りに行ったあと近くだったから寄ったの。小学生に神社は退屈だったから仕方ないけど、一人で行くには大冒険だったのを良く覚えている」


 俺の質問に、淀みなく答える咲に驚いた。10年も前の夏休みの一日を事細かに覚えているとは思っていなかった。それほど、咲にとっては大冒険だったのだろう。

 神社と浮島は大人の脚で15分くらいだが、小学生の活動範囲からすればそうかもしれない。


「そのたまたまの冒険のおかげで会うことが出来たんだな」

「湊くんも蛇を探しにってとても活発な子だったんだね」


 知らなかった咲の過去を知ることが出来て嬉しい反面、昔の自分を知られるのがこそばゆい。

 咲もそう思ったのか、黙ってしまい次の言葉が出てこない。


「お熱い所申し訳ないのだけど、一先ず過去に送る手紙でも書いてみない?」


 美波の言葉に思わず、馬鹿と言いそうになったのを寸での所で堪えた。咲を見れば、顔を赤らめている。


「そ、そうだな」


 なぜか嬉しそうな美波を先頭に歯切れが悪い俺と今にも湯気が上がりそうな程顔が赤い咲がその後を追った。


 神社には誰もいないので、拝殿の前にある絵馬を書くスペースで書かせてもうらことにした。


 手紙を書くのが初めてである俺は、ルーズリーフの横線を眺めたままペンが動かない。ただでさえ、手紙を書かないのに過去の自分に向けて書くなぞ、ペンが動かないのも当然と言えば当然なんだが。


「美波も書くのか?」

「私は、咲に向けて書く。だから緑川くんは見ちゃダメだからね」


 何を書くのかは分からないが、俺が話しかけている最中にもペンが忙しなく動いている。

 内容が気にならない訳ではないが、しつこく聞くのは野暮ってやつだ。

 人の手紙を気にする前に自分の手紙を仕上げなければならない。


 三人が手紙を書き上げる頃には陽がだいぶ傾いた。昼間の暖かさが影に潜み、潮風が静かに肌をなでる。


 過去を変えれば、必然的に「今」は無くなる。手にしたこの手紙が過去を変え、今とは別の未来へと変えるのだ。


「それじゃ、手紙を届けに行こう!」

「行くよー!」

「私は、あの場所に着いたら呼んでください。呼ばれれば行けるので、いってらっしゃい」


 震える手を振り払うように意気込んだ。この手紙を届けなければ今は変えられない。変えた今がどうなるか分からない。

 でも、二人もそれを望む人がいる。だから大丈夫だと思える。だから俺は、前に進むことが出来た。


 手紙の届け方はもう決めていた。あそこならあの日に届ければ俺と咲、二人が必ず見てくれる。


 あの場所まで徒歩で15分だ。

 城跡である神社を降り、舗装された道に出ればほとんど道なりだ。

 美波と二人その歩道を歩く。同じ舗装された道でも、いつも歩く渋谷とは違う。明かりは少なく、道行く人は少ない。それに車道を走る車も少ない。

 見上げれば星が薄らと見え、あの光を遮る建物はない。

 でも、道の両側に建つ家から明かりが見え、リズミカルに包丁が何かを切る音も聞こえてくる。

 街並みは違えど、ここで生活する者の息の音がする。


 周りの景色に思いを馳せていたせいか、渋谷での生活も思い出す。


 置いてきてしまった結衣は、今なにしているのだろう?

 渋谷に引っ越してすぐの頃から高城とは一緒にいることが多かったように思う。

 あいつ、俺がいなかったらどんな人間になるのだろう?


「着いたよ、市立図書館」


 美波の声で我に返った。

 美波に付いて歩いていたから気がつけば、周りは歩道もない住宅街のような場所だった。

 その中に、時代を感じさせる色あせたコンクリート造りの図書館が建っていた。


「こう暗いと何か出そうな雰囲気あるな」

「もう閉館時間過ぎてるからね……」


 美波と閉館時間が過ぎてしまい、暗くなった図書館を前に気後れしながら話す。


「とりあえず、咲に来て貰おうか」

「そ、そうだな」

「そんななんでも屋みたいなノリで呼ばないでよ」


 突然、後ろから聞こえた声に驚いて、振り返る。

 そこには、十二単をふわりと舞い降りるような丹鶴姫、咲の姿があった。美波と暗い図書館を前に怖がっていた所に不意を突かれたせいで余計驚いたのだ。


「ご、ごめん」

「よろしい。それじゃ中に入るよ!」


 笑顔で許してくれた咲に安堵する。しかし、すぐにまた驚く。

 咲が両手を市立図書館にかざすと扉が白い光に包まれる。あまりの眩い輝きに目を背けてしまった。

 目を開いた時には、咲がドアノブに手をかけ、扉を開いていた。


 咲を先頭に市立図書館に入っていく。閉館時間を過ぎた図書館の中は、寂しいものだ。暗い中に本棚が狂ったように並んでいる様は、圧迫感が凄まじい。


「えっと、私が読んでいた本が置いてあるのはどこだったかな?」


 この市立図書館に通い慣れた咲はそう良いながらも淀みなく、目的の場所に向けて脚を進めている。


「あの時、咲が読んでいた本って何だった?」

「あの日は、夏だったから『あらしのよるに』読んでた」


 そういうと、もう目的地に着いたようだ。入り口から入ってすぐに図書館という固く、暗いイメージのある場所に不似合いな子ども向けらいしい色合いのカーペットのコーナーだ。

 棚は他に比べて低く、ハードカバーの大きめの本が並ぶ。壁には母子閲覧室と書かれている。


「湊くん、隣の児童書コーナーの方を探して。みーちゃんはこっち側から探してくれる?」

「了解」

「わかったー」


 咲の記憶力をしても棚までは覚えていないようだ。人間らしい姿になんだかほっとする。

 一人、母子閲覧室の奥へと進んだ。


 あまり大きな図書館ではない。10分くらいですべての棚を見終えることが出来た。こちらの棚は絵本らしいものは少なく、目的の本はなかった。

咲たちのいるコーナーへ戻るとちょうど目的の本を見つけた所だった。


「あったー咲これであってる?」

「そう、それ!」


 美波が見つけたらしくコーナーの真ん中にある脚の短い机を三人で囲んだ。


 色褪せた記憶が昨日の出来事のように色づく。夏の暑さ。一人座り、本を読む咲の姿。

 だが、色づく記憶と対照的に目の前に置かれた本だけは年月が経ち日焼けして、黒い表紙がグレーになり、題字が色褪せているのが時の流れが繋がって居ることを感じさせた。


「それじゃここに手紙を挟むぞ」


 ポケットにしまっていた手紙を取り出し、三人分を本の中程に挟み込んだ。


「みんなありがとう。また出会える日がくると信じて始めるね」


 咲が図書館の扉を開けた時のように机に置かれた本に向けて手をかざした。

 その姿がとても美しく、綺麗だ。一切の穢れを寄せ付けないような清らかさに包まれているようだ。

 その姿を目に焼き付けながら思う。

 

 またキミと出会える日が必ず来ますように。


 その願いが聞き届けられたか分からぬ間に、またしても眼前は眩い光に包まれた。


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