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第48話「可能性と不安」

和歌山県新宮市


緑川湊

「俺たちでこの不条理を終わらすチャンスだ」


 あの事態を招いた原因が俺には分かっていた。

 咲が亡くなったあの日。丹鶴姫が代替わりしたあの日。俺は原因となった抜け落ちた記憶が頭に流れこむようにして思い出したのだ。


 その原因は、俺が新宮の地を去ってしまったこと。あの出来事を防ぐことが出来ればこの事態を防ぐことが出来るはずだ。


 その話をすると美波は、懐疑的だった。

 

「それで、その出来事をどうやって今から変えようというの?」

「丹鶴は信仰を力としていた。その力を今の咲なら使うことができると思う」


 現実離れした力を使うことが出来る丹鶴は昔、魔女のよう存在であったはずだ。

 それは、あの事態を引き起こした力からも分かる。

 その力をもってすれば過去にも干渉することもできはずだ。


「湊くん、それって時間に逆らうってこと? そんなことができたら丹鶴姫が既に過去に行ってそうだけど」

「いや、あいつは運命を受け入れ、選択は与えられた中で考えていたんだ。でも、俺はこの事態で学んだ。選択肢はたくさんある。それをいつしか絞ってしまうことに……可能性があるならかけてみよう!」


 咲の戸惑う気持ちも分かる。でも、きっと丹鶴姫の力があれば俺の家族をここから離れないよう導くこともできる。


「でも、時を変えるなんて難しいことどうやったらできるのかな」


 美波の疑問は最もだ。その疑問に俺は答えられない。答えを求め、力の主、咲を見れば思いの外、気楽なものだった。


「私もやり方はよく分からないけど、力はあるから色々やって見ましょう!」

「俺もどうしたらいいか考えるから咲、負担かけると思うけど頑張ってみよう」

「で、その変えるべき時は一体いつなのかしら?」


 美波がさっきから否定的な意見を言うが、それは後ろ向きな意味で言っているのではないと、短い期間だとは思うが付き合った俺なら分かる。

 美波は、咲の身が一番なのだ。今まで病弱だった咲と一緒に生活していた美波に、その習慣がきっと出来上がってしまっているのだ。


 美波が心配する事は、だからこせ予測できていた。そして、俺はその準備をしていた。


「実は咲が亡くなったって連絡を受けて、役に立つと思ってこれを見つけてきたんだ」


 俺は持ってきていたリュックサックから一冊の冊子を取り出す。


「日付と場所は、懐かしいものに載っていた」


 夏休みの友とかかれたA4サイズの冊子を胸の前に掲げた。小学校の夏休みにありきたりな宿題である絵日記だ。その絵日記にサキという少女と公園で出会ったことが書かれている。


「湊くんの小さい時の日記は興味あります」

「よくそんな昔のモノを取っておいてたね」


 二人の異なる反応が面白い。だが、重要なのはそこではない。


「この絵日記によると俺たちが出会ったらしいのは10年前、小学校一年生の夏休みだ。咲、覚えているかこの日のこと? 」


 咲に絵日記を開いて渡した。


「うわ~懐かしいーでもこれを見るまで私も忘れていました」



『8月2日

 うきしまに大きなへびをさがしにいきました。

 へびはみつからなかったけどさきという本がすきな女の子とともだちになりました。

 本にはしらないせかいがひろがってるっておもいました。

 おもしろい1日でした。』



「この夏休み最終日に俺は新宮の地を離れることになった」


 あの夏は、俺の母親がまだ元気だった最後の夏だった。その想い出がつまったこの絵日記はとても大事なモノだった。

 今となっては、見返すこともなくなったが、母が死んだ時は何度も見返したことを覚えている。


「母が交通事故にあって死んだことがきっかけで想い出がつまり過ぎた新宮を出ることになった。あの事故さえ防げれば俺を新宮に留めることが出来るはずなんだ!」


「そんなことがあったんですね……分かりました、湊くんのお母さんを救うため頑張ります!」


 母の亡くなった日の日記を見つけ、目に涙をためた咲の言葉が胸のもやもやとした部分に陽が射したような気がした。


「ありがとう」


 母さんを助けて咲も救う。欲張り過ぎだと思われようと母さんの死が全ての始まりなのだ。


 母さんが亡くなったのは、稀にみる大型台風が通り過ぎた翌日でよく晴れた日だった。

 山の麓であり、川も流れる街でもあるため、多くの道で濁流が流れていた。そのせいで片側通行になる道路や通行止めになる道もあり、普段とは違う道で家から近くにあるスーパーまで母さんは歩いて向かった。

 俺はその日、暑い中、歩いて行くのが億劫で家で留守番していた。


 母が事故にあったのは、スーパーからの帰りだった。

 

 台風被害の復旧に当たっていた地元の土建屋が運転しているトラックが歩道に突っ込んだ。


 そこにいたのが俺の母さんだった。


 前の夜からあちこち回っていた運転手は居眠りをして対向車線にはみ出した。そこに通りがかった対向車のクラクションに驚き、咄嗟にハンドルを回した結果だ。


 咲と美波は静かに俺の話を聞いてくれた。遠い日の記憶を呼び起こした事で当時の色んなことを思い出してつまりながらも話す。

 俺はどうやら今まで多くの事を忘れていたらしい。それが実感できた。


「問題はその日をどうやって変えるか、だね。咲、何か分からないの?」

「日付が分かっているから何となくだけどやり方は分かるの。でも……」 


 日付が分かったことで、先程まで分からなかったやり方が分かったらしい。だが、咲が何か言いかけて俺を見た。何か言いづらいことがあるのだろうと促す。


「どうした?」

「問題は供物なの。儀式には供物が必要なのだけど、それが記憶。事象に干渉する大きさによって必要な量も変わるみたい」


 咲は困った顔でそういった。

 俺が変えようとしているのは、人の生死だ。その事象の大きさは途方もないはずだ。だから、咲は供物をいうのに躊躇したのだろう。

 きっと覚悟が必要になる。


「それでも俺はやる。それでこの丹鶴という不条理を消し去る!」

「わかりました、やりましょう。でも私にもどのくらい記憶が必要かわかりません。それにどうやって干渉しますか?」


 確かにやり方が分かってもどう干渉するか決めなければ、意味がない。

 三人で黙りこんでしまった。俺も腕を組んで考えているが、はっきり言って何も浮かばない。


 その沈黙を破ったのは美波だった。


「あっ、タイムカプセルってどう?未来にじゃなくて過去に送るの」

「過去に向けて手紙を書くってことか?」

「そう、そんな感じ!」 

「それだったら出来るかも!」


 三人集まれはなんとやらとはよく言ったものだと思った。早くもやり方が決まった。

 あとは、手紙を書き、覚悟を決めるだけだ。


 記憶が消えてしまったら、俺たちの関係性がどうなってしまうのかだけが心配だ。

 また、こうして集うことが出来るのだろうか?

 俺は、俺でいられるのだろうか?


 不安はいっぱいあるけど、なぜだかきっと大丈夫だと思える。

 また会えるように俺は手紙を書こう。


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