第4話「春休み前の別れ、春休みの予定」
3月24日(金曜日)
東京都渋谷区
緑川 湊
高校は、港街、中華街、赤レンガ倉庫など観光地としても有名な横浜にある普通高校に、小学校からの悪友である高城政彦と通っている。
春休み前、しばし合わなくなることを考えたのか高城は話を途切らすことなく続け、すっかり話しこんでしまった。
生産性のない無意味な会話から様々である。クラス替えで良い思いをした事がないだとか、社会科のテストは毎年一緒らしいから過去問が手に入れば100点は余裕だといった役に立つ情報まで本当に色々話した。
気付けば教室から見えるビル群と海に光が灯り、夜景になっていた。教室が明るいせいで窓には、自分の顔や乱雑な机と椅子が反射して見える。あのビルの中にいる人も同じような光景を見ているのだろうか。
妙な寂しさを感じ、帰りたくなってきたので鞄を担ぎ、促した。
「そろそろ帰るか?」
「そうだな......腹減ったな? どっかよろうぜ」
高城はわざとらしく腹をさすりながら言った。
「はぁ、金がないから安めのところで頼む」
俺の寂しい懐事情を考慮して……
と、高城政彦という男はしてはくれない。
「俺、和食がいい」
という高城の意見で自宅の最寄り駅である渋谷駅から、少し歩いた所にある明治通り沿いの高校生が来るには敷居が高そうな和食屋に来ていた。
店が地下にあるあたり入りづらい。
駅前には都内なのだからもう少し、安くて量のある高校生向きの飲食店がたくさんあるというのに、この店に何の躊躇なく選ぶあたり高城の金銭感覚は世間の高校生と少しずれていると言っても良いだろう。
時間は夕食時だったが、店構えのせいで少し入りづらいこの店はあまり混雑していなかった。駅から少し離れているのもあるだろうか。
「金ないっていっただろ?」
席に案内されて、開口一番に口にした。
「まあまあ。おいしいから値段は気にするな」
なんとも男らしい言葉に惚れそうだ。奢ってくれるなら結婚も考える……冗談だが。
「はあ、参ったな。単品のカツ丼だけで良いか」
「それだけで足りるのか緑川?」
足りなくともこれで満足するしかない、俺の懐事情を察して欲しかったが、あきらめて首肯する。
「そうか。なら俺はヒレカツ定食とからあげ食べたいからこのサイドメニューも頼もう」
肉だらけで栄養バランスも少しばかり考えた方が良いのではないだろうか? こんなことを考えるのは自分でも料理するからだろう。
食べ終わり、駅前に移動すると時刻は8時過ぎだった。もしかすると急いで帰らなければいけないかもしれない。そんな予感がした。
最寄りが山手線で数駅行った新宿である高城と駅で別れて足早に帰路につく。
渋谷駅からさっきまで夕飯を食べていた店の方へと戻り、坂を少し上ると、銀王八幡宮に突き当たる。その突き当たりを右に曲がり、横断歩道を渡れば俺の住むマンションが見えてくる。
エレベーターで上がると、玄関前の電気は付いておらず、家に誰もいない様子だった。ズボンのポケットにしまっていた鍵をだし、鍵穴に入れ、回す。
ガチャリッという音で鍵が開いたことが分かる。
家に入り、真っ暗のなか電気のスイッチを探す。
電気をつけても誰もいないことを確認することにしかならないが、防犯上はつけた方が良いのだろう。しかし、予想に反して人がいた。急いで帰ってきて良かった。
「結衣、帰ってたなら電気ぐらいつけろよ。危ないだろ?」
母親が小学校低学年の頃に病気で死んだ。父はそれ以来、家に寄りつかなくない。それは忙しくなったのか、俺らに用がないからなのか理由は分からない。そのせいか家に妹と2人でいることが多くなった。
しかし、たまに帰ってきてはまだクレジットカードが作れない俺達の為に生活費だけは置いていってくれるのだ。
「お兄ちゃん、帰ったの?」
寝ぼけているのか、間延びした口調で返事をする妹の結衣は、リビングのソファで制服のまま寝ていたようだ。部活から帰ってきてそのまま寝てしまったんだろう。
「飯食ったか?」
「まだだよ~」
まだ寝ぼけたままの結衣を放っておいて簡単に夕飯を作ってやることにした。
自分が作ったご飯をおいしそうに食べてくれる結衣を見ながらスマホを見ていた。家に帰って来てWi-Fiに繋いだらアップデートの通知が来ていたのだ。それは人と連絡出来るSNSアプリのものだった。時間が掛かるらしくアップデートを許可して、ソファに放った。
ふと、考えてしまう。家の中では何か物足りない食卓を二人で囲んでいる。だが、マンション前の通りには多くの人々が楽しそうに騒がしく行き交っているのだ。
この中と外の差がなんだか寂しくさせるのである。
結衣が、口にご飯を詰めながら聞き取り辛い声で話し始めた。
「お兄ちゃん、明日から春休みでどうせ暇でしょ?」
「暇だが、どうせはつけなくても良いだろ」
なけなしの名誉のために一応の反撃をした。
「私、明日から部活の合宿で新学期の直前まで帰ってこないから洗濯とか宜しくね?」
ただでさえ人がいない家にいてくれる人間である妹が少しの間、居なくなることに寂しさと、家に独りになるという現実が大きな波になって押し寄せてくる。
「ああ、こないだ聞いたよ。それに普段から俺が家事全般やってるだろ」
寂しいとか、そんな態度はおくびも出さないようにしていた。結衣が普通の子と変わらない学校生活を満喫出来るように。
そして兄の名誉のためにも……
※一部設定を修正しました(母が亡くなった時期:高学年→低学年)