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第46話「感謝、そして選択」

和歌山県新宮市


咲と湊


「咲、大丈夫か!? 」

 

 丹鶴が吹き飛ばしたせいで、咲が尻もちをついていた。咲の弱い肺活量でも声の高さのおかげか咲まで声は届いたようで返事が返ってきた。


「だ、大丈夫! びっくりした……」


 懐かしい俺のジーパンに付いた砂埃を払いながら小さくつぶやいていた声も聞こえてきた。どうやらケガの心配はなさそうだ。

 俺は、またこの場所で、丹鶴と対峙しなければならないようだ。

 さっき丹鶴が言っていた物騒な言葉の意味から問い出すことにした。


「丹鶴、最後の審判というのは? 」

「ああ、最後だ。わらわには、もう時間がない。もちろんそなたたちもだ。湊、そなたには猶予をやった。もう、答えを待つ時間はない」


 丹鶴の目は本気だ。ここですべて決着する。だが……


(なにか、何か他の選択肢はないのだろうか?)


「わかってる。でも、咲は何も知らないんだ。少しくらい時間をくれても罰は当たらないんじゃないか!?」

「ふん、まあいい。すべて話すがいい、何もかもな」


 必死な抵抗だった。日々、身体を動かすことが苦痛になってきた。だが、俺の選択次第では、咲はこの苦しみを唐突にくらうことになる。丹鶴の言うとおり残された時間は少ないだろう。

 俺の身体ではないのにどうして俺が苦しまなきゃならないんだと思う事もあった。


 でも、この地で今まで知らなかった体験ができた。それに、優しい人達にも触れられた。

 それなのに、なんの恩も感じずに、元の身体へ、元の街へと戻れるほど俺は薄情じゃない。


「咲、話さなきゃならない事があるんだ。まず、咲の身体のことだ」


 生きるか死ぬか、とても大事な問題だ。

 

 身体の調子があまり良くないこと。

 咲の家系と俺の家系が昔から接点があったこと。

 その家系が丹鶴と深く結びついていること。

 選択肢は二つしかないこと。


 ――――そして、その選択を俺に託されたこと。


「そう、だったんだ……でも、そうだよね。湊くんが悩むことないよ。元の生活に戻るだけだよ。私が巻き込んでしまったようなものだし、恨まれたって仕方ないくらいだよ」


 最初は、狼狽している様子だった咲だが、話が進むにつれて覚悟が決まったかのように気丈になっていった。

 それが、強がりだと分かる。分かってしまうんだ。

 そのくらいのことに、気づけるくらいには咲のことを知る時間はあった。


「羨むことがあっても恨みやしないよ」

「羨む? 」


 そういう咲の顔は、いや俺の顔が不安そうにうつむいた。


「ああ、こんなにも素晴らしい場所。それに、美波という親友にも恵まれている。そして、咲のことを一番に想う暖かい家族もいる」


「そんなこと言ったら湊くん、あなたも羨ましいと思ったよ。元気な身体。何でもある街。どこへでもいける自由。緊張したり、怖かったりした事もあったけれど、とっても楽しかった……ありがとう」


 先程とはうってかわって笑顔になっていた。それを見るのが、どうしてかとても辛い。俺は、藁にもすがる気持ちで丹鶴に叫ぶ。


「た、丹鶴、他に、他に選択肢はないのか!?」

 

 咲の言葉にいたたまれなくてどうしても、可能性を探してしまう。他になにか手がなにのか、と。


「なんども言わすな。与えた選択肢から、選べ。定められた運命だと受け入れろ。私は受け入れた」


 退屈な時間だったと、言わんばかりにあくびをすると、また元の本気の目になった。


「あのとき、わらわの儀式が女中に見られたこと、それを従者が見逃したこと、そして城が攻められたのも、すべてがこの日の為の歯車だったのだ。その歯車がかみ合わされるのが今日だった。たったそれだけのことだ。何を迷うことがある? 」


 当たり前のことに何を迷うことがあるのか。そういう口調だった。全員が全員そういう考え方を持っているならどんなに世界は幸せか。

 俺は、つぶやかずにはいられなかった。


「この世の関節を治す役目が俺に回ってきたということか……」


 ハムレットと違うのは動機だけだ。ハムレットは父の無念を晴らすことだった。俺は先祖の尻拭いってとこだ。

 圧倒的に惨めだ。


 しかも、選択肢は限られている。


(限られている……?)


 いや、違う。丹鶴によって絞られているんだ。

 つまり、答えは他にもある。


 与えられた選択肢は二つ。



 ”主君のために主君として死ぬか”

 ”今度こそ主君に違えても生きるか”



 考えろ。どこかに穴があるはずだ。何か裏道がある。

 俺の選択肢としては、生きるか死ぬかだと思っていた。

 だが、本当にそうだろうか?


 選択肢はどういう意味だ。本当に俺が”生きるか死ぬか”という意味か。それが、咲の生死に関係してくるのか。

 何か重要なことを見落としている気がした。その違和感が何もかもを曇らしている。

 咲に死んで欲しくない。まだ話したいことがあるんだ。咲にまだ居て欲しい。ただその一心だった。



 風が吹いた。5月の爽やかな海風だ。その風が使って熱くなった頭を、いつの間にかいた汗をなでた。



 咲の身体にまだ頭を使う体力ぐらいはあって助かった。いつのまにか組んでいた腕を下ろした。

 俺は、まっすぐ咲の方へ身体を向けた。俺の本当の身体へ。


「咲、俺のほうこそありがとう。そして、ごめんな」

「ごめんだなんて謝らないで。私、キミに出会えてよかった。決まったんだね? 」



 泣きそうな顔で笑みを浮かべようとする。俺はその顔が自分にはできないと思った。

 でも、俺はうなずいた。

 そして、顔を上げずに身体の向きをまた変えた。


「丹鶴姫、あなたはこの選択が決まったらどうなるんですか?」


「どうだろうな。わらわもこの身体になってから代替わりは初めてだ。でも、わらわは今までのことを全て知っている。全て自分のことのように」


「それなら安心だ」


 もう、考えることはない。すべて終わる。この一言で。


「丹鶴姫、俺の選択は“生きること”だ」



 もう迷いはなかった――――


幕間とあと2話くらいで終わる予定です。←うそ、もうちょっと続きます

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