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第43話「別れの言葉、東京最終日」

東京都渋谷区


外見:緑川 湊

中身:紫苑寺 咲

 

 この日常に染まり、こちらで色々な「初めて」を経験することが出来たおかげで幸せな日々を送ることが出来ました。経験と知識は一生の糧になることでしょう。



 丹鶴姫が去った時、日常に戻ったと、心から安堵していました。しかし、私は安堵していることに私は恥じなければなりません。


 これは、私の日常であるはずではなかったのです。


 湊くんの日常を奪い、私の日常としてしまっていることを私は思い出しました。私は、この湊くんの日常を早く返さないといけません。



 学校が終わり通学用鞄である黒いリュックサックに筆記用具をしまいます。教科書はみんな机の中に入れてそのままなので私もまねてそのまま帰ります。

 リュックサックを背負った時に、出てしまったシャツを直していると突然、廊下から声をかけられました。


「緑川、一緒に帰ろうぜ」

「ごめん、このあとバイトなんだよね」

「休み明けてすぐくらいはおどおどしてどうしたかと、思ったら最近はなんだか生き生きしだして。バイトとか始めるし突然頭良くなるしなんなんだよ」

「明日からGWだし、ちょっと旅行したいなって思ってね」


 高城さんは、ちぇっと悪態をつくもののこちらが元気な事に気を良くしている様子でした。


 よく話しかけて下さる高城さんは湊くんをどこかによく誘ってくれる仲の良い友人のようです。旅費を稼ぐために始めたアルバイト先にもたまに来てくれます。そのおかげもあり、春休み中のアルバイトはとても楽しく、気付けば春休みは終わり学校が始まってあっという間に時は過ぎていってしましました。


 2年生になってすぐなので基礎的ことや復習が多く勉学は不得手ではないので苦労せずに済みました。また、学友の方もクラスが変わったおかげで深く知っている人はいないのか、私が多少不自然な言動をしても気にとめられないのが不幸中の幸いでした。

 小学校以来の共学に少し不安があった私でも少しずつ馴染むことが出来ました。完全に新しい地だと思えば怖いものもあまりないものです。


「ごめん、またいつか……アルバイト先来て」

「 ? おう、バイト頑張れよ。またな」


 高城さんに私だけの別れを告げると私は電車に乗って渋谷駅へ向かいました。しかし、アルバイト先であるカフェ『みらんだ』が目的地ではありません。  

 自宅には一度、帰るのですが、それはアルバイトに行くためではありません。

 制服から私服に着替え、大きいリュックサックを背負います。


 私は、これから生れて初めて旅に出ます。正確には里帰りですが。



 その前に、私はもう一度だけ、あそこに行ってみることにします。そう、あの人と繋がる銀王神社へ。



 桜が散り、新緑が眩しい銀王神社は今日もやはり静かでした。大通りから一本路地に入り、ビルに囲まれた住宅街の中、ぽつりとあるこの神社は私の中で特別な場所になってしまいました。だから最後に、ご挨拶に伺うのは必然でしょう。


(無事何事もなく万事、うまく行きますようお見守りください)


 神様にお願いするのは御法度ですが、神のことは神にすがるしかありません。

 両手を合わせた手を下ろし、拝殿に背を向けると私は知った顔と視線を交えました。


「店長さん……」

「緑川くんもここ来るんですね~」


 カフェでいつもしているエプロンをしておらず、髪を下ろした店長さんは少し普段と受ける印象が違いました。


「ぼくもびっくりです。店長さんも来られるんですね。買い物の帰りですか?」


 片手に近くのスーパーのロゴが入ったビニール袋を持っていました。


「ええ。昔からここにはお世話になっててね。今でも散歩がてら来ちゃうんだ」

「そうだったんですか。ぼくもそんなところです」

「そうですか、それにしては、神妙な感じでしたけど。少し、そこでお茶しませんか?」


 店長さんは、袋から缶コーヒーを取り出すと近くのベンチの方へ促します。

 まだ、時間には余裕があります。その誘いを受けることにしました。


「緑川くんとこうしてゆっくり話す時間はありましたが、外で会うのは初めてですね~」


 缶コーヒーのプルタブを引き起こす店長さんの指はなぜだかゆっくりで繊細に見えました。


「カフェの店長さんでも缶コーヒー飲まれるんですね」

「飲みますよ~最近の缶コーヒーはひと味違うんですから!」


 私に渡された缶コーヒーと店長さんが口をつけているモノは違うモノのようでした。きっと飲み比べして、研究しているのでしょうか。


「私のことを緑川くんがよく知らないように、私も緑川くんのことをよく知りません」


 どこか遠くを見ながらそう言った店長さんは、そのまま夢を語るような口調で語り出します。


「緑川くんがいた一ヶ月はとても助かりました。4月は近くに大学があるおかげで、探索がてら来る大学生が多くきますから」

「いえ、ちょうど働き口を探していたのでこちらこそ助かりました」

「ありがとう。この街は、他の街より出会いと別れが多いの。だから、出会いと別れは珍しくない。それも、カフェなんてやってるとなおさらね」


 そういうと店長さんはいつもの優しい笑顔をみせます。


「だから、この街では、出会いと別れ珍しくないもの。でも、ひとつひとつの出会いを大事にしてる。またいつか、帰って来てくださいね」

「私も、この出会いを忘れずにいたいと思います。またお店に行かせてください」


 何か、釈然としない店長さんの言い方のせいか、返しも定型文のようになってしまいました。それに、何か含みがあるんじゃないかと勘ぐってしまいます。



 店長さんに缶コーヒーのお礼を言い、私は一人で渋谷駅へ向かいます。

 新しく建ったビルに西日が反射し、渋谷の街がオレンジに染まります。駅に向かう途中、大きな道路の上にかかる歩道橋で立ち止まりました。


(この景色を見るのも最後かな……)


 流れゆく、大勢の人や車

 大きなロータリー

 剣山のようなビル群


 すべてを忘れないように一つ、一つをじっくり眺めます――――――


 それを続けて10分は経ったでしょうか。歩道橋で一人、思い詰めたように立っているのはさすがに注目を浴びているように感じ始め、また歩を進めることにしました。



 渋谷駅で山手線へ乗りこみ、新宿へと向かいます。

 新宿のバスセンターから和歌山県の新宮の街へと行く夜行バスが出ます。


 新宿へ行くのは、初めてです。都心を突き抜けていく車窓を眺めます。

 あのいくつも建ち並ぶビルにも多くの人がいて、その足下には蜘蛛の巣のように多くの道が交差しているのです。駅からバスセンターへ迷わずにいけるか不安です。


 電車が駅に到着すると、窓の向こうにたくさんの人が電車を待ち構えています。

 ドアが開き、多くの人があふれ出ます。その流れに流され、正しいのかさえ分からない階段を降りていきます。


 階段を降りていった先は、地下で様々なところへ道が続いているようでした。


 どれが正しい階段か分からない私は、年老いた警備員さん、店頭に立つ店員さん、窓口の駅員さん、色々な人に声をかけ、ようやく地上に出ることができました。

 一度、外に出られたと思ったら、バスロータリーが広がっていて、空は見えるのに出られなくてびっくりしました。


 東京の街は冷たい所だと思っていましたが、私はこの1ヶ月とちょっとの間でもそれは違うと思うようになりました。

 多くの人が入り乱れる東京は、多くの人が道に迷うのが常です。だから私も観光で来た人や、出張できたようなスーツの男性、はたまた外国人の方にも声をかけられました。

 それが当たり前の東京ではいちいち覚えていないだけだと思います。それが、冷たい街の正体です。


 そして、店長さんの言葉もあります。


 新宿駅を出て、私の眼前に広がるのは渋谷とは違う都会の街並みでした。

 大きなビルが建ち並ぶその間を片道何車線もあるような大きな道路が横切った駅前。

 この道路を渡った所にバスセンターがあります。

 明日からGWのせいかバスセンターは大きな荷物を持った人でいっぱいです。

 私が乗るバスは夜行バスのため出発するまで時間があります。


 気が焦って早く来てしまったけど、道に迷って乗り過ごすよりもずっといいはずです。


 最後の東京を満喫すべく、私は一カ所調べてきたところがあります。



 新宿都庁です。



 無料で、東京の夜景を見ることができるそうです。カフェで出会ったおじいさんからの情報です。


 一ヶ月前に来ていたら知らない街の夜景だったはずです。でも、今では知っている所もある夜景になりました。

 エレベーターですぐに最上階の展望室に着きます。


 平日の夜にも関わらず、そこかしこに人が夜景を見に来ています。特に外国の方が多いように見えます。

 一人で来た男性は珍しい様子です。


 変わった形のビル、遠くに空港に降り立つ飛行機、先が見えないほどどこかまで続く道、東京タワーやスカイツリーまで見えます。


 一人、夜景を眺めながら先程の店長さんの言葉を思い出していました。


「またいつか、帰って来てくださいね」


 という最後の言葉。


 あの言葉は、私がどこかへ行ってしまうのが分かっていたのでしょうか。普通、家の近くにあるカフェならすぐに戻って来ることも、頻繁にやってくることもあるでしょう。

 それなのに店長さんの言い方では、戻ってくることが絶望的な言い方です。

 でもやっぱり私の考えすぎで、カフェの名前の元になった「テンペスト」で島から出ていったプロスペローになぞっているのでしょうか。

 それだと店長さんは島の怪物キャリバンになってしまいます。魔法の力を持つ支配者は丹鶴姫になるのでしょう。


 そんな事を考えながら夜の東京を眺めていればすべての事が小さく思えてきます。

 早くこの状況を戻して元の生活に戻らなければなりません。


 不安を忘れ、決意を固め、私は都庁を後にします。


 もうまもなくバスが出ます。席に着いて回りをカーテンで囲まれます。バスの中に私だけの部屋ができたようで落ち着きます。

 バスが動き出します。そしてすぐに電気が消えました。私はそのまま目を閉じました。

 明日、目を覚ます頃には故郷へ着いていることでしょう。


 さよなら、東京。


前回から投稿が空いてしまい申し訳ございません。

また、不定期ではありますが更新はしますのでもうちょっとだけお付き合いください。

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