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第42話「ある夏の出会い、暗闇の道」

約10年前

和歌山県新宮市


緑川 湊


 久々に夢を見た。


 それも、最近みた丹鶴姫のようなリアリティのない夢ではなく、遠い昔の記憶を見るような夢だった。

 小学校の低学年くらいの夏。あの夏の記憶はほぼ残ってない。あの少女とはその一夏しか会わなかったことだけは覚えている。



 俺はいつもつるんでいる男ども三人で新宮の駅にも近い、浮島の林という場所に来ていた。普段ならこんな植物園みたいな場所に金を払ってまで行かない。

 しかし、夏休みで暇を持て余した小学生なんて冒険心丸出しで普段いかない場所に行って少しくらい大人ぶったりするもんだ。


「なーみなと、こんな場所来てどうすんだよ?」


 来て10分足らずで既に飽きた様子のこいつはこの場所の面白さが何も分かっていない。


「この沼にはな、大きな蛇が住んでるらしいぞ。それこそ人を飲み込んで連れてっていくくらいな!」

「やだよ、僕そんなの。ねー帰らない? それにここ先生が子どもだけで来ちゃダメだって言ってたし」


 来ていたもう一人の男子の袖を引っ張るそいつは今にも泣き出しそうな情けない顔をしていた。でも、それも仕方ない。袖を引っ張られているのがそいつのお兄ちゃんなのだから。そして、何を隠そうそのお兄ちゃんは弟に滅法弱い。


「そうだな。湊、悪いが俺たちは帰ることにするよ」

「いいよ、お兄ちゃん。まさかこんなに怖がりだと思わなかったよ……」


 俺も、お兄ちゃんの事は慕っていた。だから、お兄ちゃんがそういうなら仕方ないと、すぐに切り替えることが出来た。


「それじゃ、湊。何かもし分かったら教えてくれよな」

「じゃあね、みなと~」



 二人仲良く、手を繋いで歩いて行くその背中を見送る。しかし、俺は諦めていない。

 俺は、浮島にある整備された一本道になっている遊歩道と回りを回遊できる遊歩道をひたすら歩いて回った。

 夏の日射しをいっぱい生えている木々が遮ってくれるせいで暑さは少しマシだが、それでも暑い。



(どこかで休みたい……)



 歩き回って疲れた上に、大きな蛇の姿は何も見えない。やる気もなくなってきて、暑さでぼーっとする頭で思い出す。確か向こうの入り口の所に屋根のあるベンチがあったような気がする。

 

 ベンチのある入り口の所まで戻って来た。

 さっき、ここを通った時には誰もいなかったベンチに同い年くらいの女子が一人で座っていた。

 しかも、屋根だと思っていたがツタが生い茂って屋根のようになっているだけで、所々から陽が貫いていた。


(せっかく、独り占めできると思っていたのに……)


 それでも、疲れた身体を休めたくてその空間に立ち入った。


 ベンチに腰掛けるとその一人でいる女子をよく見てみた。この公園にいるくせに見たことない奴だ。長い黒髪が日本人形みたいでちょっと暗いやつな気がする。それにこんな面白い話のある場所なのに一人で本を読んでいやがるのがその証拠だ。


 近くに市立図書館があるから本を持って来ている大人の姿を見かけることはあるが、同い年くらいでそんな事をしている奴を初めて見た。


 なんだか、それが珍しくてそいつに興味を持った。


「おい、お前」


 そういった俺の声に反応して、そいつは本から顔を上げた。突然、声をかけたせいでびっくりしたのか、本を勢いよく閉じた。


「だ、誰ですか?」


 とても綺麗な声だった。しかし、俺のせいで怖がらせてしまっている気がする。


「俺は緑川みなとっていうんだ。お前は?」

「わたしは_と言います。な、何かわたしにようですか?」


 名乗ったのにまだ怖がっている気がする。こいつは元からこういう性格なのかもしれない。


「いや、見かけない顔だったから。それにこんなとこで本読んでる同い年くらいのやつなんて初めて見た」

「ああ、そうだったんですね。わたしはおじいちゃんに会いにこっちに来たのでここには住んでいないので……」

「でも、だからってどうして一人で本を読んでいるんだ?」


 俺は、本なんて読もうなんて今まで一回も考えたことがない。わざわざ本を外で読もうなんてなおさらだ。外に行くなら公園でボール遊びすればいい。それに今は、夏だ。川も海もすぐ近くにあるのだからみんなで遊びいくのが普通だ。 


「本は好きです。本当は遊びたい……でも、運動しちゃだめなんです。だから図書館で本を借りて、人を見ながら本を読んでいるんです」


 笑みを無理矢理貼り付けたような顔した少女だと俺は思った。それは、なんだかかわいそうだ。なにより、一人はさみしい。


「でも、なんで本なんだ?」

「本は一人で楽しめます。今まで知らなかった事や知らない世界が、物語が本の数だけあります。本一冊読むだけでなんだかどこまでいけるような感覚になるのが好きなんです」


 さっきまでの暗く怖がったような顔から心の底から楽しそうな顔になった。そんな少女を見て、俺は今まで読もうとすら考えたことがなかった「本」というものでこんな顔にも出来るのだと知った。

 

 俺はこの街の中しか知らない。その本の中に俺の知らない物語や考え方があるならそれは面白いかもしれない。


「良かったら俺に、面白い本教えてくれない?」

「ええ、いいですよ」

 

 そう言ってにっこりと笑う彼女の白い肌に陽の光が反射した。


 


 忘れていた俺が、読書好きなった理由がこの夏の出来事だ。

 名前も顔もイマイチ思い出せないが、もう二度と忘れたくない、なぜだか強くそう思わせる夢だった。



「……なと。みなとよ」


 夢はいつか覚める。誰かが俺を呼ぶ声がする。最近、出会った誰の声でもない初めて聞く声だ。その声に応えるように目をゆっくりと開けた。


 そこは、自室でも、咲の部屋でも、病室でも、それこそ神社でもない場所だった。 

 ただただ、真っ黒な空間。真っ黒であって真っ暗ではないのが不気味だ。どこかから光が差し込まれているのだろうが、窓のようなものは何もない。それどころか壁と呼べるようなものもない。


 何にもない空間に仰向けで倒れていた。そして、その横に小さく収まった黒い兎がいた。あの、丹鶴姫のとなりにいたのと同じ黒い兎だ。


「やっと目を覚ましたか。いや、覚めてはいないな」


 黒い兎はなぜか人の言葉を滑らかに話していた。声から察するにどうやらオスらしい。



「みなとよ、さきに面倒だからあらかた説明してしまう。いいな?」



 突然、現れた喋るうさぎと謎の空間に呆気にとられた俺は何かを話す前に頷いていた。


「姫様に言われたことを覚えているか? 選択肢は ”主君のために主君として死ぬか” ”今度こそ主君に違えても生きるか” だ。そして、それを考える場所を授けるという話を、な」



 確かに、俺が夢を見る前にその話をされた。でも、どうしていつの間に夢を見ていたのだろう?



 それに俺はここで、この人智を超えたうさぎと運命に抗う選択を決めなければならないらしい。なんだか一瞬、洞穴と怪物という組み合わせにシェイクスピアの「テンペスト」が脳裏をよぎった。

 

(主人に従っていた怪物、キャリバン。彼はどんな選択をしたっけな……?)



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