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第41話「姫の後継者、踏み出す足」

東京都渋谷区


外見:緑川 湊

中身:紫苑寺 咲


 

 私の人生で一番とも言えるような緊張感に襲われています。

 


 春休みとは実に短いものです。しかし、その短い春休みの中で私はとても成長したと思います。

 おじいちゃんの神社に行った時、身体の不調を感じたのが始まりでした。それからの一週間はとても濃厚な一週間になったように今、振り返るとそう思います。


 なぜ今、私がこんなことを考えているのかと聞かれるとやはり目の前にあるハンガーに吊られた学ランが問題となるからです。


 短い春休みが終わり、今日から高校が始まってしまいます。



                  ○



 湊くんの部屋を改めて見てみた時、学校鞄からプリントが一枚はみ出しているのを発見しました。それを取り出してみると、題名は「春休みのしおり」と書かれています。


 そこに書かれていた始業式の日が見つけた日より後で良かったです。学校まで休んで湊くんの友人に心配をかけてしまえば、突然、うちにその友達が訪ねてくることもあったかもしれません。

 しかし、あまり悠長なことはいってられません。なぜならその始業式の日が明日だからです。

 思わず、私はそれをめざとく見つけられた幸運と、知らなければ良かったという想いから天井を見上げてほんの少し後悔しました。



 それからは荷物から学校名を探したり、急いで使い慣れてきたスマホの地図アプリで場所を確認したり、LINKの友達リストから名前を覚えたりしました。


 高校二年生になるのに完全に新入生のようです。


 この家から高校までは電車で一本、徒歩含めて40分くらいで着くそうです。乗り換えはなく、高校も駅からそう遠くないそうで良かったと心底ほっとしました。

 スマホを駆使しながら思ったのですが、春休み中に連絡があったのは妹の結衣さんからだけでした。


(男子高校生というのは普段、こんなに連絡を取らないものなのでしょうか? 出かける予定とかなかったのでしょうか?)

 

 なぜだか、湊くんの交流関係がすこしだけ心配になってしまいました。



                   ○


 

 そんな訳で目覚めは最悪です。緊張し過ぎて、全然寝られませんでした。

 しかし、外は新しい生活を歓迎するかのように青い空が広がっています。この青い空の下、私のように新しい環境に緊張して寝られなかった同志が何人もいることでしょう。



 私は少しだけ早く、家を出ることにしました。それは迷子になっても絶対に遅刻したくない思いと、習慣になりつつある銀王神社へ手を合わせに行くためです。



 朝の神社は都会でもやはり清々しい空気に充ち満ちているように感じます。近所の方が散歩中に訪れたりしている姿を見かけたりしますが、今日は誰もいませんでした。

 早く家を出たことによって、ここで少しだけゆっくりすることが出来ます。幸い誰もいないのでベンチとその前に広がる遊具は私だけで独占出来ます。そのちょっとした幸せになぜだか、嬉しくなります。

 このベンチは前に、丹鶴姫が現れた場所でもあります。あれから毎日来ていますが、あの時のように声が聞こえることはありませんでした。


 あのとき、舞い散る桜が突然、動きを止めた時は驚きました。


 ベンチの前にある遊具にいつのまにか登校前の小学生の男の子が来ていました。どうやら登校するのに友達を待っているようで、後からやってきた男の子とそんな話をしています。

 蛇口から水を出して遊び出す小学生の元気さに、こっちまでなんだか元気になってしまいます。



 朝の陽に照らされ、キラキラ光る水の動きが心なしか、ゆっくりに見えます。

 そしてそこで遊ぶ小学生の男の子の姿が空気に解けていく煙のように姿が見えなくなっていきます。



「久しいな。いや、お主とは現実では会ったことはないか。しかし、現実も夢も大差ないか」

「その声は、丹鶴姫!?」



 突然の出来事に呆然としていましたが、私の声にそっくりなその声に一気に覚醒しました。前と同じようにどこかから聞こえる、でもしっかりとした声です。


 

「あまり、お前と雑談する力は最早残されていない。それでもこうしてお主と話しをしに来たのだ。わらわのほんの少しのわがままと見栄を、お主らの選択に任せることで罪滅ぼしとして欲しい」

「私達の選択?」



 その言葉は、疑問から来たというよりは、期待と不安から来たものでした。今の状況からも丹鶴姫という方は、何でも出来るような力をお持ちの方です。

 そんな方が、罪滅ばしという下手に出るような言葉は似合わないような気がしたのです。



「もう一人の小童には見栄を張ってしまった。選択は一つしか叶えられない。わらわに残された力がもう残り少ないのだ。わらわの力が消え去る前に後継者を迎えなければならないのだ」



 丹鶴姫の声はどことなく寂しそうです。それでも私はこの方と向き合わなければなりません。



「私にはこれからの事は分かりません。でも、あなたが選択させようとしている未来が良いものだと願うしかありません」

「わらわの力は、民によって守られる。民が願う間はこの力はなくしてはいけないものだと思っている。だからこそ、後継者は必要なのだ」



 覚悟を決めた私を前に丹鶴姫は今、何を考えているのでしょう?

 選択肢がどんなものでも私と湊くんはそれを前に考えなければなりません。どんな未来が待っていても……



「選択肢は二つだ。一つ、お主の身体の心臓を治すこと。二つ、わらわが変えた(ことわり)を正し、入れ替わりを元に戻すこと。期間は定めぬ。しかし、そう長くは待てぬぞ。心が決まり次第、お主の地元に帰ることだ」



 その言葉が終わると同時、散っていた煙が一カ所に集積すると小学生男子の姿を創り出す。蛇口から出る水が再び、陽光を受けて輝き出す。


 急激に戻った日常に心から安心しました。再び、動き出した小学生の楽しそうな姿の前に、その未来を考えずにはいられません。

 

 こわばった身体を伸ばそうと腕を上に伸ばした時、目に入った腕時計が示す時間に驚きます。

 ゆっくりしすぎました。少しだけ、頭の中から丹鶴姫のことを追い出し、これから向かう高校へと頭を切り換えます。

 そうでもしないとなんだか、まともになんかやっていられません。少しだけ現実逃避したい、初めてそんな事を考えていました。


 ベンチから立ち上がり、踏み出す一歩は重く石畳を踏みました。


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