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第39話「思い出の地、忘れていた事①」

和歌山県新宮市


外見:紫苑寺 咲

中身:緑川 湊

 

 いつか見た外国製高級車のセダンが玄関前に用意されていた。運転は諏訪さん、助手席に美波、後部座席におじいちゃんと俺が座ることになった。美波の適切なアドバイスが受け取りにくい、この座り順は俺にとって痛手だ。


 そんな事を思っていれば車が街に向けて動き始めた。車内にはFMラジオの某の番組が流れている。山間を走り抜けるせいか、音声がぷつぷつと途切れがちだ。

 みんなが黙ってあまりにも聞き取り辛いラジオに片耳を向けつつどうしてこの状況になったか、思い出す。




「咲、買い物に行くんだって? 」


 朝食時に目の前に座っていたおじいちゃんから声をかけられた。おじいちゃんは、持って来ていた手提げ袋から財布を取り出した。そこから一番大きいお札を2枚ほど手渡してくる。これを簡単に受け取っていいのか目線を前に座る美波に目配せすると、肯定を意味するのか意味ありげにウィンクしてきた。


「ありがとう」


 と、口にはするが、堅物そうなおじいちゃんなのに孫にはすこぶる甘いようだ。そして、この家の金銭感覚はやはり一般家庭で生活する俺とは比べものにならないらしい。それを見守る美波の家も分かった物ではない。


「あんまり甘やかしたらダメですよー」


 一人、一般庶民の声を代弁してくれるまともな感覚を持ち合わせた諏訪さんが、おじいちゃんを注意してくれた。


「まあまあいいじゃないか……」


 どこか寂しげなおじいちゃんはそういうと朝食の焼き魚を突いて黙り込んでしまった。




 山間の道を進むこと小一時間、やっと川が真横を流れ始め、街が近づいてきたことが分かる。

 新宮の街は山が大きく、海の近くまで広がるそれのせいで、街自体はそこまで広くない。だから、山を抜ければ目的地はすぐそこだ。

 車が街中に入ったと思ったら、すぐに私有地らしい丘を登り始めた。その入り口の所に鳥居があったおかげでここが目的地の神社なのだと分かった。


 鳥居といのは神聖な場所を守る結界となっているらしい。今までそんなことを気にしたことすらなかったが、二人も神職関係者がいる今ならそれも意識せざるを得ない。

 そのせいか神社という場所に対していつも以上に緊張感がある。


「わし達はこれから社務所行くから二人は拝殿にご挨拶してから出かけなさい」


 車を降りてふたりでどうしようかと目を合わせた時に言われた、おじいちゃんからの的確でとてもまっとうな意見に従うことにした


 駐車場は丘の中腹にあるらしく、拝殿までは少しばかりスロープと階段を登る事になる。社務所に向うおじいちゃんと別れ、コンクリで出来たスロープを上り始めるとすぐに、身体に負荷がかかり始める。

 途中何度も心が折れかけながら登ると、開けた場所に着いた。拝殿はないのでまだ折り返し場所だ。


「湊くん、大丈夫?」

「うんまだ大丈夫だと思う。ここはなんだ?」

「ここからもう少し上った所に拝殿があるんだよ。ここには……あ、そこに何か石碑があるよ!」


 美波が指す方向を見ると『丹鶴姫の碑』と書かれた石碑があった。そのすぐ横には、何か説明が書かれていそうな看板が立てられている。


 美波と二人その石碑に近づけば、それが重要な情報であることを理解する。



『丹鶴姫伝説』


「平安時代から鎌倉時代にかけ、この地には寺があり、ここの尼坊主は丹鶴と呼ばれていた。しかし、源氏の衰退とともに寺はいつしか廃れた。その後、この地には江戸時代頃に城が築かれた。この城は丹鶴城と呼ばれていた。この城に住まう姫君もまた丹鶴姫と呼ばれ、一人を嫌い、悪戯好きな姫だったそうだ。 死後、黒い兎をつれてこの地におり、悪さをしないよう神と崇め、戦で亡くなった兵と共に祀る為、この神社が建てられたという。」



「これは咲のおじいちゃんが言ってた話と似てるな」

「でも、この最後の都市伝説みたいな話は初耳ね」


 しかし、この状況を生み出した張本人らしい気がした。一人が嫌いで思わず悪戯をしてしまう、そんな流れなのだろうか。俺以外にも昔、何かされた人間がこの説明文を書いたのかもしれない。

 俺が考えている間に美波が背負っていた鞄からスマホを取り出し、説明板と石碑を写真に収めていた。


「よし、あともう少しだからがんばろ! 神社が少し高台にあるから景色も良いし、海風のおかげで気持ち良いんだから!」


 美波の言葉に後押しされるように俺は残りの階段へと向かった。



 拝殿のある広場まで階段を上り始めると本格的に身体がしんどくなってきた。

 疲れて下ばかり見ていて階段が終わったことでやっと頂上についたことに気付いた。


 目線を上げれば、そこにまた鳥居があった。


 入り口にあった物に比べれば小さいが、より古いものだ。

 一礼して鳥居をくぐる。


 そのとき、今までの苦しさが嘘のように、心臓を締め付けているかのような感覚が弱まったような気がした。


「なあ美波、心臓が心なしか楽になった気がするんだけど……」

「ほんと? 神様のご利益って本当にあるのかな」


 肩をわずかに上下させる美波の目が輝いたような気がした。


 俺は回りを見渡した。

 初めて来た咲の思い出の地だ。

 あまり煌びやかではないが、威厳を感じさせる拝殿。

 春の暖かな陽気を海風が爽やかにさらって行く。拝殿を守るように植えられた木々の新緑が大きく揺れている。その木々の間からはどこまでも続く太平洋が顔を覗かせていた。


 初めて訪れたはずなのに言い難い既視感が俺を襲う。いや、なんだこれ。いつか見た夢が途端に色付き始める。そうだ俺は……


「俺は、ここを知っている……!!」


2週も休んでしまって大変申し訳ございません。

完結まで必ず書くので最後まで読んで頂ければ幸いです。

あと少しだけ彼女と彼の選択と運命を見守ってください。

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