第36話「新たな日常、新たな手がかり②」
東京都渋谷区
外見:緑川 湊
中身:紫苑寺 咲
真新しいビルに取り囲まれた住宅街の中にあるせいか時代錯誤に見えなくもない、赤煉瓦造り風の建物が区立図書館です。見た目は2階建てくらいの公民館や児童館くらいの小さな建物です。
図書館の中は、外観通り年季が入っているせいか、少し大きな音を出しているエアコンが寂しい雰囲気をさらに加速させている気がします。
それでも、さすがは図書館。湊くんの頭を優に超える高さの本棚が整然と並び、思ったより資料を探すのに手こずりそうです。
平日の午前中と言うこともあって見渡せる限りでは、利用者は高齢者の方が多いように感じます。地元の図書館でも利用者は高齢の方は多いですが、それは地元柄仕方ないと思っていましたが、こんな都会でもやはり図書館は高齢者のオアシスなのでしょうか。
入り口すぐにカウンターがあり、近くに置かれたフロアマップを覗いて見ました。
そのマップによれば地下一階にある地域資料コーナーあたりに私が求めている本はありそうです。外観を観た時、少し小さい気がしましたが、地下まであるとは思いませんでした。
利用者の方が、設置された椅子に座り本を読んでいる中をご迷惑をかけないようゆっくり、静かにカウンター裏手にある階段へと向かっていきます。
きっと郷土史系のコーナーは奥の方にあるだろう、と当たりを付けていましたがまさか地下だとは思いませんでした。
私の地元の図書館では奥まった所に郷土史料があるのであまり目立たない場所にあるだろうとは予想が付いていましたが、地下だと益々、不憫な気がしてきます。陽の当たらない地下がまさに郷土史という陽の当たらない不憫な分野を表しているのです。
本棚にはそれぞれアルファベットと数字が付けられ、ジャンルごとに分けられています。棚の横側にその棚に何が置かれているか、アルファベット、数字、ジャンルの順に書かれているので歴史棚が並ぶ棚から郷土史料を見つければきっと知りたい事が載った資料があるはずです。奥へと向かいながら棚を一つずつ、探し回ります。
本が傷まないよう除湿機がどこかで動いている音だけが館内の静寂さを物語っているようでした。
奥へと行けばさらに人気は少なく、音もしないせいでまるで世界が止まってしまったかのような錯覚に陥ります。
あのときみたい……
そう、思ったのがいけなかったのか背中、背後に気配を感じました。
(もしかして、また丹鶴姫――――!?)
突然の出来事で、後ろを確認することが恐ろしかった。恐る恐る首と身体を回転させていく。
脚がある。靴を履いている。和服ではなく、洋服をきている。
そのまま顔を捉えると女性です。ほうれい線が齢を感じさせる60代も目前そうな女性でした。
「驚かせちゃったかしら? ずっと何かを探しているようだから声をかけようとしたんだけど、ごめんなさいね」
そういうと口角が軽くあがり、暖かな顔をしてくださいました。落ち着いて彼女を見据えると、濃い緑色をしたエプロンをして首から名札を提げていて、ここの職員であることが一目瞭然でした。私がどれだけ気が動転していたか分かります。
「い、いえ、お心遣いありがとうございます。実は、銀王丸のことを調べたくて史料を探しているのですが……」
「あら、今時、郷土史しらべる若い子がいるのね。それならこっちよ」
女性職員さんの言葉を裏付けるかのように案内された郷土史のコーナーには人が誰もいませんでした。
さすが、地元の郷土史とだけあっていくつかの資料を調べてみれば、思った以上の成果が得られました。
すぐにいくつかの共通点を見つけることが出来ました。それらを簡単に纏めて湊くんにはメールで送ることにします。
このまま、調べた事を確認に行きたい所ではありますが、アルバイトの時間です。
まだまだ調べられることはあるはずだと意気込み、本を借りるためにカウンターへと貸出カードの作成をお願いすることにしました。
先程、声をかけてくれた女性職員さんがカウンターをしている所へ行くことにします。一度だけですが、話したことがある人の所の方が安心出来ますから。
「あ、あの貸出カードを作りたいのですが......」
「あら、さっきの。じゃあこの紙に必要事項を書いて、身分証を準備してね」
女性職員の方に渡された書類に名前を書いたところで次の項目で躓きます。
(湊くんの家の住所知らないなぁー)
持って来ていた財布の中から書いていそうな身分証を探してみます。学生証を見つけました。湊くんは横浜の高校に通っているようです。少しだけ行くのが楽しみになりました。
そこには、現住所がしっかりと書かれていました。それを元に空白を埋めていけば利用者カ-ドを作るのに必要な情報を書くことが出来ました。
「はいはい、ありがとう~。あらあなた本籍は違う県なのねー」
職員用のパソコンに情報を打ち込んでいた先程の女性が話しかけてきました。もちろん本物でない私が湊くんの本籍を知っている訳ではないので、戸籍でも見られるのでしょう。
「あ、そうなんですね。それでも図書館は利用できますか?」
「えぇ、現住所か在学先が区内であれば利用できますよー。たまに本籍が違うと利用できないと思っている方もいるのでどんどん利用して欲しい所なんだけどねー」
そういうと、必要な情報を打ち込み終わったのか利用者カードを手渡してくれました。今度からいつでも本を借りれて、家でもさらに理解を深めることが出来るようになりました。
時刻は進み、アルバイトへ向かう時間です。ここから「みらんだ」までは大通りへ出て、一度湊くんの家の前を通って大きな交差点まで出ればすくそばです。いまでは家の周りであれば地図を頭の中で思い浮かべてしまう程に、この街に住み慣れてしまいました。
それがなんだか、嬉しくて、寂しい気もするなんだか不思議な気持ちのままカフェ「みらんだ」へと向かいます。