第33話「蔵の捜索、名の意味①」
和歌山県新宮市
外見:紫苑寺 咲
中身:緑川 湊
翌朝になっても目が覚めない事が多くなっていた。余裕で1日以上眠る日がある。ただただ、日常を送るだけでも咲の身体は消耗しているのだ。そのせいで咲へのメールも滞ることもある。なにより自分自身、日付や曜日の感覚が鈍くなっている。
今日は、本当は家に帰って来た日にしていようとしていたが、俺が眠ってしまったせいで出来なかった倉探索をする予定だ。約束しようにも何時、目を覚ますか分からない俺のせいで予定を美波と合わせるのが大変だ。午前中の早いときに目が覚めれば連絡することにしていた。
なんの事も無いと、すました顔で朝食を咲の家族らしい人たちと食べ、何か余計な事を話してしまう前に自分の部屋に戻ることに成功する。こうなれば、美波の到着を待っていればいい。
咲の部屋に置かれた本棚を覗いてみたが、参考書やら辞書やら中身も物理的にもお堅い本が並んでいた。しかし、それは氷山の一角だ。まだまだ他の棚にも本がある。咲とメールでやりとりするなかで、本が好きだという話を聞いていたが、図書館で借りることが多いとも話していた。そのせいか、ここにある本棚にあるのは特にお気に入りらしいので、また今度の楽しみして置こう。
そうしている間に到着した美波と倉捜索の作戦をたてる。
しかし、倉を開けた所で何がどこにあるのか分からない。一番、話が通じそうで倉のことも知っていそうな諏訪さんにお願いして付いてきて貰おう、という美波の言葉に乗っかることにした。
もしも咲の身体に何かあっても昔、格闘技か何かをしていた諏訪さんなら軽々持ち上げてくれるだろうと美波は追加で言ってきた。
(シュッとしてはいたが、格闘家には見えなかったけどな。あの優しそうな雰囲気で闘志を隠しているのなら格好いい人だ)
倉というと白い土壁や石材の壁がありそれを守るように日射しが付いた大きな屋根の建物を想像するかもしれない。だが、これは確かに白い壁で大きな屋根があるが下半分が石垣になっており、見た目は城のようだ。倉というより蔵と書いた方があっているような感じだ。
大きな門開きの扉に諏訪さんが鍵を差し込むとカチリと金属がこすれる音が響いた。俺が扉を開けようと取っ手の丸い輪っかをつかむと諏訪さんは驚いた顔をした。何か失敗したかと思い、思わず取っ手を手にしたまま顔を伺う。
「咲さん、蔵を怖がらなくなったのですね! それにこんな重そうな扉を開けようとするなんて成長されましたね」
そういう諏訪さんは遠い目をしていた。きっと咲が小さい時から面倒を見てくれていたのだとその目を見れば分かる気がした。小さい時から大切に育てられたのだろう。そしてそれは同時に、決して未来のある少女にするような目でもなかった。
「久々に見たからそんなに怖さが気にならなかったのかもしれない。それに少しは動かなきゃ」
と努めて明るく言った俺とは裏腹に、いくら力をいれても扉はびくとも言わず、むしろ言うことを聞かない犬に引っ張られているような感覚すらした。改めて女子の、咲の非力さを確認するには十分だった。
「やっぱり咲さんじゃ日が暮れても無理そうですね」
諏訪さんは優しく微笑むと、袖をまくり、同じ女性でもこうも違うのかという鍛えられた二の腕を日にさらした。引き締まったすらっとした二の腕が、とても綺麗に見えるのは俺が男だからではないと思う。
開かれた蔵の中は春の暖かな日射しが入らず、ひんやりとした冷気が漂っていた。だからこその『蔵』である。
「久々に明けたけど、今度掃除しなきゃダメそうねー」と奥にドンドン入ってしまう諏訪さんについて急いでついていく。
蔵には木製の3段棚が一軒家くらいある蔵の中に所狭しと並んでいた。そこには埃を被った木箱や使わなくなった家具、お祭りで巫女さんが振るような棒、様々なモノが所蔵されていた。
「じゃ、私は別にやらなきゃいけない事があるから行きますね。壊れて困る物はありませんが、大切な物ですから気をつけて観てくださいね」
周りながら蔵に何があるか軽く説明すると、諏訪さんは大きな家の中に戻っていってしまった。
改めて見てみると手前に比較的新しいものが多く、奥の方に行けば時代が経っていそうな掛け軸や焼き物が置いてあるようだった。
俺が見つけたいのは何でも良いから丹鶴姫が描かれているなど、何かしら関係ありそうなものだ。
ここにそういったモノがあるとは限らない。しかし、咲の家と何か関係が無ければそもそもこの事態は起こらないような気がした。
「そういえば、どうして咲の家は神社やってんのに名字が紫苑寺なんだ?」
「別に田中だからって農家やってるとは限らないじゃない」
普通に文字で見ていればすぐにでも気付きそうな長年の謎をぶつけたというのに正論すぎる返答により、何一つ言い返せなくなってしまった。
「いや、ウチと寺は無関係ではないぞ」
突然、蔵の入り口の方から渋い男性の声が飛んできた。声が聞こえた方を振り向くと紺色の着物にからし色の帯を巻いた和装姿のおじいさんがいた。しかし、おじいさんの割には白髪ではあるが、毛量があるせいか、それほどお年寄りには見えない。
「咲、そんなに動いて大丈夫なのか?」
見慣れない和装による風格に一瞬、気後れしそうになったが、それを包み込んでしまいそうな優しさがあった。美波に説明して貰わなくてもこの人が咲のおじいちゃんだとわかる程だ。
「うん、大丈夫です。それより、関係あるっていうのは?」
「そうか、無理しないようにな。前に話したことがあったと思うが、忘れてしまったか?」
そういうとおじいちゃんは咲に話した時のことを思い出すかのように遠い目をして、紫苑寺家の成り立ちを語り出した。




