第31話「契りの札、画面前の思考」
東京都渋谷区
外見:緑川 湊
中身:紫苑寺 咲
結衣さんは私が夕飯を食べ終わっても起きてきません。湊くんからのメールによると結衣さんは一度眠ると翌朝まで眠ってしまうそうです。前にリビングのソファで眠ってしまった時は部屋に運ぶのが大変だったと、教えてくれました。
結衣さんが眠ってしまい出来た時間に昼間、気になったお札について調べてみる事にしました。
まずは玄関でお札を携帯で写真を撮ってみることにします。お札を写真に撮るのは何か罰当たりなような気がしますが、調べる為には仕方ない事だと、割り切ることにします。
湊くんの部屋にはパソコンが置いてあります。スマートフォンではなくパソコンを使って検索しようと思い当たったのは中学校の技術の授業でパソコンを使った授業があったので使い方がスマホより分かっていたからです。これからの時代ではスマホの使い方も授業で教えてくれないでしょうか。
さっそく、パソコンの電源をつけて起動するまで待ちます。初期設定らしい丸いアイコンと『Minato Midorikawa』と書かれた青い画面が現れました。学校ではそのままenterキーを押せばログイン出来るのでenterキーを押してみました。
しかし、赤い×が出てきてログインすることが出来ませんでした。やはりパスワードが必要なようです。パスワードといえば誕生日ですが、私はまだ湊くんの誕生日を知りません。他に思い当たる英数字が私にはないので湊くんにメールで聞いてみることにしました。
まだ、湊くんは眠っていなかったようですぐに返信がきました。
『そういえばそんな札が貼ってあったな。
パソコン使っても良いけど絶対フォルダとか関係ないとこは見ないでくれ。
パスワードは1210MMだよ。
そして絶対に用のないところは見ないでくれ。』
どうやら湊くんはパソコンに並々ならぬ思い入れがあるようです。
しかし、それより教えて頂いたパスワードを見て、私はとてつもない既視感を覚えました。そうです。私の誕生日を並べても1210です。湊くんのパスワードが誕生日とイニシャルから来ているのだろうと、見当は付きます。つまり私と湊くんは誕生日が同じという共通点があったのです。これも何か関係ありそうです。
メールで教えて頂いた英数字で難なくログインすることができました。何故かすごく念押しされたので寄り道することなく検索エンジンへ繋ぎます。学校の授業で見慣れたYahuu!のページにはあっという間にたどり着きました。
見失いかけていましたが、今回は玄関に貼ってあるお札について調べようとしていたのです。先程スマホを使いこなし、撮った写真を開いてパソコンの前に置きます。何度見ても全く読むことは出来ず、黒い象形文字のようです。まるでカラスのような黒い鳥です。
(まったく読めないのに誕生日と同じ数字を見た時のような安心感や既視感を覚えるのどうしてだろう。)
そう思いながら、心当たりのあるワードを真っ白なキーボードを使って入力します。ローマ字入力はスマホの入力より簡単です。
『カラス お札』
熊野三山にある本宮神社のページらしいものがいくつか出てきましたが一番、目を引いたのはいくつか表示された画像検索の画像です。今、手元で表示されたスマホで撮った画像とほぼ同じような画像が表示されているのです。
手始めに私が知っている百科事典のようなウェブページを開きました。そこで画像や概要、歴史を読み、関連項目を見て回るだけでも簡単にこのお札がどういうモノでどうしてここにあるのかと言ったことが大方、知ることが出来ました。
(こんなにも便利なパソコンを使ってこなかったのはもったいなかったなぁ……)
簡単にこのお札についてまとめようと思います。こうして人に話す体でいれば、客観的に見つめることが出来て纏めやすいと前に推理小説の主人公が言っていたからです。
お札の名前は『熊野牛王符』という名前で、あの文字はやはり烏文字というものらしいです。あまりにもらしい名前ですが、昔、烏は神聖なモノだったらしいですから、然るべき事でしょうか。
やはりこれは元々、一般的な呪符としてや起請文のようなモノとして使われていたようです。そして近世までに全国の熊野神社で広く普及したそうです。この熊野神社の総本山が私の地元であるのは語る必要もないことでしょう。だから私の実家の神社も熊野系です。
きっとこの熊野牛王符もこの近所にある熊野神社から頂いたものでしょうか。
このお札は牛頭天王の名前から名付けられたものです。しかし、牛頭天王といってもピンと来ないですが、東京では八王子の由来にもなった八人の王子たちの父とされる神様と言われているらしいです。昔、私はそこに物心が付く前に暮らしていた事があるらしく、なんとか牛頭天王について理解することができました。
お札について、大方知ることが出来れば確かに私の実家の神社にある社務所で売っていることを思い出しました。しかし、私自身は神道に身を捧げていないので、いつもそこに当たり前にあるこのお札をすぐに思い出すことができなかったのです。
この家に来てから気になっていたお札の正体が分かり、心のもやが少し晴れた気がしました。それだけでなくいくつかの共通点を知ることが出来たのは大きいです。きっとこれらが湊さんと私を繋ぐことになったのではないでしょうか。
私と同じ誕生日。
そして熊野のお札。
しかし、私と同じ所はいくつか見つけることは出来ましたが、私とは全然違うことの方がいっぱいあります。私は一人っ子ですし、諏訪さんやおじいちゃんみたいに歳の離れた人と話す機会の方が多い気がします。それに家も純和風の家に住んでいるので初めて高層マンションに暮らしました。
共通点、相違点を考えてはこの異常事態に答えを見つける事が出来るのか不安で仕方がありません。
パソコンから目を離し、窓枠に肘を張り、外を見ます。新宮の街とは違い夜でも光輝き、喧騒が伝わっててくるようです。駅前だけでなく、ビルが多く下から上まで光りがあるせいで星を見ることが出来ません。それでもパソコンを見ていた目には暗く、だんだん慣れた目でいくら空を見上げても金星と月だけが光っていました。
すると、突然机が細かく震えます。驚いて振り向いたせいで肘をぶつけて腕がしびれました。
(じーんとするっ!)
どうやら机の上に乗せていた携帯がメールを受信したのを知らせたようです。
『そっちで出来ることが少ないからってあまり頑張りすぎるなよ。普通に生活してくれるだけでも俺は嬉しいよ。それにこちらが姫の本拠地だ。俺も頑張らなきゃな。明日は病院に言って外に出られるか聞いてみるよ。』
心配してくれる湊くんからのメールでした。アルバイトを始めたことや急にパソコンのパスワードを聞いたことで心配をかけてしまったようです。しかし、普段の私からは考えられない行動力に自分自身でも驚いている面はあります。でも、今動かなければ私はここで行き詰まってしまう気がしたのです。
あの神社で話をした丹鶴姫はそう、行き詰まっていたのではないでしょうか?