第30話「身体の異変、夕方のチャイム」
和歌山県新宮市
外見:紫苑寺 咲
中身:緑川 湊
咲から来ていたメールの一件目を開いた。こちらは想像通り、朝に送った夢に関するメールの返信だった。
『湊くん、今朝は早いですね。
夢の事ですが、私も同じような夢を実ました。私と姿、声が同じでやっぱり変な漢字がしました。これも今回の事と何か関係あるのでしょうか?
それにしても自分の意思に反して幽閉されてしまった単核姫を初めて知りました。それではこれからゆいさんとお出かけしてきます。』
確かに今朝は早かった。そのせいでまだ日は沈みそうにないのに眠くなって来てしまった。
今回も咲と同じ夢をみたということは過去数回見た丹鶴姫の夢から考えて、これからも同じタイミングで同じ夢が見られるのは確かだろう。
俺と違って丹鶴姫に感情移入しているのも咲の優しさが垣間見られた気がする。こういった所からお互いを知っていくことを丹鶴姫としても望んでいることだろう。
そして気になるのは最後に書かれている結衣とのお出かけだ。そんなことをして見抜かれないか心配だ。こちらに来る前に結衣は部活の合宿に行ってしまったが、今日が帰宅の日だったのをすっかり忘れていた。もうずいぶんと逢っていないように感じるが最後にあった日から一週間も経っていない。
(にしても咲、漢字が所々ミスっているのは変換ミスだろうか?)
二件目は多分丹鶴とは関係ないメールだと思う。多分、結衣と出かけた事について書かれているんだろうと、メールの受信時間から当たりを付けていた。
こっちのメールは丹鶴姫の情報をやりとりするメールとは違い、女子との普通のメールのようで少し緊張しながら開く。実際の姿としては男子が女子に送っているが、文字面では女子から男子なのが普通ではないのだが中身が入れ替わっているので仕方ない。
『湊くん、今日は、どんな一日を過ごしましたか?
私は色々考えてみたのですが、こちらでわたしが出来ることは少なく、手持ち無沙汰を感じます。旅費を稼ぐために今日、結衣さんにアルバイト先を紹介して頂きました。結衣さん、とても社交的ですね。そんな奇はしていましたが。
それではまた』
思っていたより内容の濃いメールで驚いた。そして、相変わらず漢字変換が間違っている。
結衣は確かに誰でも仲良くなれる人種だ。俺とは似ても似つかない部分の一つ。俺が母のお腹に置いていった社交能力をすべて拾ってきたんだと思うくらいだ。
そんなことより、このメールはつまり、俺が住んでいた渋谷ではこれ以上調べようがないからアルバイトを結衣に紹介して貰い、お金を貯めることにした。そしてそのお金を使い、こっち、新宮に来ようということなのだろうか。結衣が紹介するアルバイト先はどこだろう、と考えてみる。
(確か、結衣が通っているっていう曰く、隠れ家的カフェとか言うのがあったな……)
一回、店の前から見てみたが、あれは隠れ家的ではなくて本気で隠れてしまっているだけだろう。俺、一人では絶対に入ろうとは思わない。店長は女性だと行っていたし、ブラックな労働環境だったり、変な店長ではないらしいから心配しないで大丈夫だろう。
朝が早かったせいか、体力が落ちているせいか判別つかないが疲れが身体にもろに表れる。頭が働かなくなってきた。運動を少しでも出来れば体力も付けられるのだろうが、運動することも出来ない状況では眠って回復することに専念するしかない。
重いまぶたを開き、メールの返信をするためにスマホの画面を見つめる。
(今日、一日何をしただろうか?)
漠然と考えることは出来ても文字にしようとすると指が中々動かない。屋上に上がって自然を存分に味わい、美波と第一回丹鶴姫調査会を開催した。考えてみるとわざわざ書くほどの事でもない気がする。残り少ない咲の人生をこんな事で減らしてしまっていいのだろうか、と考えてしまう。
メールを書こうと必死に画面を見ていた目は乾いていた。近くばかりを見つめて疲れた目を外に向け休める。もう、夕陽が山に隠れ始めたのか影が落ち始めていた。オレンジ色の海に山の陰。見慣れない景色に故郷は感じられない。
すると外のスピーカーから夕方5時のチャイムが流れ出した。俺が住んでいる地域とは音楽は違うが、あふれ出る哀愁は何故か一緒だった。それがなんだか無性に寂しく、家に帰らなければならない気がして心がざわつく。
帰れると分かっている時は何も思わないが、帰れるか分からない時、家の大切さが分かるのだ。
いくら目をつぶっても眠れなかった。それでも身体が疲れているのがひしひしと感じる事は出来た。




