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第28話「姫の帰還、初めての宣言」

夢⇒【幕間】~少女の行い~

東京都渋谷区


外見:緑川 湊

中身:紫苑寺 咲


 また丹鶴姫の夢を見ました。

 前に境内で見た石碑を読んだときには感じなかった想いを感じることが出来たように思います。


 丹鶴姫はこの世に対する憂いがあって亡くなったかのように見えました。幽閉され、亡くなり、崇め祀られたのでしょう。理不尽に閉じ込められたら誰でも不服でしょうし、それで亡くなったとなればその場に留まり続け、霊になっても誰も文句は言えません。そこに出来たのがうちの神社ですから少しでも気を晴らして欲しいです。が、私も一応は当事者になってしまったのですから憤りを丹鶴姫に向けても多少は許されるでしょうか?



 湊くんに丹鶴姫の夢を見たことを連絡しておこうと携帯を見ると朝早くに湊さんの方からすでにメールが来ていました。昨日の夜は湊くんの蔵書を読んでしまって寝るのが遅くなってしまったのもありますが、湊くんの起きる時間が今日は、とても早かったようです。私の家はお父さんの趣味で夏目漱石や太宰治、江戸川乱歩といった古めの日本人作家の本が多いので最近の本が読める湊さんの蔵書は全く違って楽しいのです。


 私の方からメールを送るのは何を話して良いのか、文章でどう伝えたら良いのか分からなくて困る事が多いのですが、湊くんからのメールは、楽しく会話が出来ていると思います。ですが、それに返信するのは手紙を書く時に字を間違えないように書くのと同じように時間をかけて返します。文字や言葉には力があると教えられて、育てられたのでそれらを大事に扱うのは呼吸するのと同じくらい意識せずに行うことでした。

 ベッドに腰掛け、携帯と真っ正面から対面します。よし、と意気込んでメールを開くために携帯を構えると玄関から金属と金属が当たる音が聞こえてきます。


(そうだ、今日は妹の結衣さんが帰ってくる日だ!)


 携帯を持った手が固まり、音のする玄関の方向を見つめ、やってくる結衣さんがどんな人か身構えてしまいます。


「たっだいまあーー!!」


 玄関から弾けんばかりの声が響きます。やはり連絡を取り合っていた時から予感していた通り、湊くんの妹さんは元気溢れる子でした。私とは違うタイプの子ですが、みーちゃんのようで頼りがいのある子だと思っています。


「おかえりなさい。思ったより早かったね」


 部屋からドア越しでも聞こえるように大きめの声で返事をします。男の人の声はお腹から響くような声で少し驚きます。喉が震える感覚をすごく感じます。


「疲れたよ~」


 という本当に疲れていそうな疲弊した声を廊下に残して結衣さんは湊くんの部屋の隣にある自室へと入って行きました。ドア越しの結衣さんとのファーストコンタクトは滞りなく通過することが出来ました。

 実は今日は新宮へと帰る為の資金を得るのにアルバイトを探そうと思っていました。ここら辺は首都だけあって人口が多くどこかしこで求人があります。しかし、地元民でも、アルバイトに慣れている訳でもない私が働きやすい場所を見つけるのは困難です。そこで私は考えました。真の地元民である結衣さんに隠れた名店を紹介していただければ万事解決です。

 

 結衣さんをリビングで先回りして、まるで娘が結婚相手を連れてくる時のお父さんのような風情で待つことにします。そんな父の姿は見たことがないので想像です。

 ソファで少し脚を開き気味にして、腕を組みTVを眺めながら座ります。しかし、そんな父は見たことはないとは言いましたが、その父くらいには緊張している気がします。うまく兄として立ち振る舞えるか心配です。

 その時間が、ほんの10分程で終わったのは幸いでした。リビングのドアを開ける結衣さんは部屋着なのかピンク色のスウェットに着替えていました。


「あれ、お兄ちゃんそんなに姿勢良く座って構えてどしたの?」


 そのまま私の隣に近づく結衣さんは合宿の疲れが溜まっていたのかソファに深く沈みました。その結衣さんはなんだかとても小さく見え、守りたくなるような女の子でした。湊くんと目元がそっくりでくっきりとした二重です。その目は凜々しく、正義という言葉が似合いそうです。その目を前に正直に切り出すことにしました。


「実はアルバイトを始めたくて……」


 よほど驚いたのかソファにさらに沈み込み反動をつけ、上体を前のめりにして私の顔を覗き込んできました。


「急にどうして? そんなにお金困ってるの?」

「そういうわけじゃないよ。生活費以外に収入源が欲しいなって思ったんだ」

「それなら私に任せなさい!」


 というと、満面の笑みで立ち上がると心当たりがあるのか腰に手をあて仁王立ちのような状態になりました。


「どこか良いところ知ってるの?」


 私の不安とは裏腹に自信に溢れた表情の結衣さんは頼りがいがあるようにも怪しいようにも見えます。


「うん、穴場だよ! これから行ってみようよ。着替えてくるから、ちょっと待ってて」


 それだけ言い残すとスキップでもしだしそうな軽快な足取りでリビングを出て行きました。私も出かけるのならアウターを着たいので部屋に戻ります。



 自室に戻ると机の上に置かれたスマホが目に入りました。


(そういえば湊くんにメールを返そうと思っていた時に結衣さんが帰って来たんだった……)


 再びスマホを手に取ります。メールはLINKほどに手軽ではありませんが、私がLINKの使い方を知らないので仕方なくメールを使って貰っています。電話でスマホでのメールの使い方を昨日、教えて貰ってから湊くんと幾回か連絡を取り合って、使い方は慣れました。これならLINKもいつか使いこなせるのではないか、と自信が付きました。湊くんの部屋にはパソコンもありますが、こちらは学校で習った検索エンジンを使った検索くらいしか出来ません。


 メールを読んでみると、どうやら湊くんも同じ夢を見たそうです。これまでも夢を見るときは二人同時なので丹鶴姫の夢を見たら湊くんも同じ夢を見ていると考えて良さそうです。これらの夢は丹鶴姫の断片的な記憶が流れ込んできているようです。

 私も同じ夢を見たこと、神社の石碑と今回の夢のことは似通っていたことをメールに書きました。それに結衣さんが帰ってきたという日常的な連絡をすることも忘れません。

 

 メールを書き終え、一息つくと準備を終えたのか結衣さんの声が聞こえてきました。


「お兄ちゃんまだー? もうお腹空いたよー」


 気付けばもうお昼の時間が近づいていました。結衣さんが教えてくれる穴場のアルバイト先はどうやら飲食店のようです。しかし、いくら穴場のお店でも都会にあるのですからお昼時はやはり混むのでしょうか?

 用意を急いで済まして部屋を出ると、結衣さんが玄関前で手を合わせて立っています。


(何に手を合わせているんだろう?)


 見渡せば前に家を見て回った時に見つけた長方形の白いお札のような物に手を合わせているようです。お札には何か書かれているのですがカラスのような絵が描かれていて文字らしいのですが、読むことは出来ません。神棚もないような一般宅に貼ってある謎のお札は私の興味を引くには容易でした。言葉遣いに気をつけながら聞いてみることにしました。


「このお札って何だっけー?」

「確かお母さんの地元での護符とか神符って言われるお守りだったかな。結婚とかの誓約書にも使われたらしいよ。これは玄関だから盗難のお守りだとか言ってたなぁ」


 聞いてはみたものの実は答えが返ってくるとは、あまり期待していませんでした。結衣さんは中学生ですからこのような古めかしいものに興味ないと思っていたからです。しかし、手を合わせていた上に、ちゃんと答えが返ってきたということは昔からここにあって意味合いもしっかり教えられていたようです。


「ああ、そうだったね。さ、行きましょう」

「え、うん。そうだね、お腹減ったなぁ」


 お札についてあまり追求されないよう急かすことにしました。口調が少しおかしくなってしまいましたが結衣さんは気にしていないようです。ですが私はお札のことが気がかりでした。


(何だろう、あのお札を新宮でも見たことあるような気がする。)


 しかし、今はあまり気にしていられません。お札については帰ってから調べることにして、今は結衣さんと穴場の飲食店でアルバイトが出来るか調べなくてはいけません。

 

 初めて結衣さんと肩を並べて出かけます!!


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