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第27話「丹鶴姫調査会始動、想いの文通」

和歌山県新宮市


外見:紫苑寺 咲

中身:緑川 湊


 病院で出されるご飯は往々にしておいしくないというのが相場だと思っていた。


 しかし、咲の個室が高そうなことも関係しているのだろうか。何を食べても普段、俺が食べる料理とはランクが違うのが分かる。

 

 鯖の塩焼きは誰もが食べやすいよう骨は取り除かれ、味噌汁は減塩味噌が使われているのか少し薄いが出汁がきいている。ご飯の種類は分からないが、米がたつとはこういうものかと感慨深い。それに本来の甘さが際立つ良い物のようだ。

 

 と、独りで虚しく食レポをしているとドアがノックされた。看護師さんが昼食を置きに来てから間もない。誰かが訪ねてきたのだろう。ベッドの上であぐらをかいていた咲の白く細い脚を伸ばす。


「はい、どうぞー」


 入ってきたのはやはり、もう見慣れてしまったショートカットの少女、美波だった。片手には、いつも何かを持って来てくれる時に持っている同じ手提げ袋があった。美波はそれを重々しく持ち上げた。


「午前中に図書館にいって丹鶴姫関連の本を借りてきたよ~」


 しかし、俺が食事中なのを見て取るとその手を下ろした。


「でもご飯食べ終わってからにしようか」

「美波はご飯食べてきたのか?」

「駅前のハンバーガー屋で軽く食べてきたよ。そういえば咲とはご飯を食べに行ったことあんまりないなぁ」

 

 こういう所で咲の不自由な生活が見え隠れする。咲が住んでいる家は街の中心から大きく外れた山奥にあるらしく、街に出るのに車が必須なのだ。俺だったらそんな面倒を起こしてまで家から出たがらないだろう。


 ご飯を食べ終え、机の端にプラスチック製の皿が乗ったお盆を寄せてスペースを空ける。これから始まる美波との()()()調()()()の為だ。ご飯で解けきった心をもう一度固めるのに意気込む。


「よしそれでは丹鶴姫調査会を始めよう」

「なにそれ?」


 なんだか不服そうな顔をされてしまったが、自分の中で名付けてしまった名前を最早変える気はない。


「どんな本を借りてきたんだ?」


美波の質問を一蹴して俺から質問したが、特に気にする様子もせず続けてくれるようだ。美波は持って来た手提げ袋から本を一冊だけ取り出した。


「実は調べてみたけど丹鶴姫の伝説が載っている本はこれくらいしか見つけられなかったの」


 先程空けた机のスペースに置かれたのは、一冊の古い文庫本だった。しかし、さすがに図書館の本だけであって保存状態は良い。


「一冊だけにしては重そうに手提げ袋持っていなかったか?」

「咲は入院していて宿題免除されるけど私は課題の参考書とかやらないといけないのよ……」


 一年生の、しかも春休みにも関わらず宿題が出されるとは恐るべき進学校。うちの高校では考えられないような中に咲もいたことに少し驚く。世間慣れはしていないようだが、勉学の方は優秀だというのは実にお嬢様らしい。


「そうか何かすまん。それでこの本には何が書いてあるんだ」

「あ、でもこれも期待していた程の収穫は無かったよ」


 パラパラとページをめくっていた手が思わず止まった。それを見ていた美波が載っていた内容を先に読んで来たのか、俺には理解出来そうにない堅苦しそうな内容を要約して説明してくれる。それは淀みなく優等生ぶりを発揮していた。


「この本によると、丹鶴姫には諸説あるみたい。平安時代頃に存在したお寺の尼坊主だった人という説、もう一つは江戸時代頃にあったお城の姫君が物の怪となってそれに古人「丹鶴姫」の名をつけた説があるけど、どちらが今回の丹鶴姫に近いかな?」

 

 俺は新しい情報が来ること自体、期待していなかったのでこれは思った以上の収穫だと思う。


「俺が夢でみた丹鶴姫の容姿は尼坊主のような感じではなかった。だから江戸時代の姫君の方だと思う。だけど、江戸時代の人が神様になるには少し早いような気がする」

「そう? 確か学問の神様と言われる菅原道真は死後百年も経たずに神様の称号を貰っていた気がするよ?」


 進学校に通っているとは言え、さすがにここまで知っているものだろうか。美波は歴女と言われる歴史好きの類いの人のなのかもしれない。


「それじゃ、丹鶴姫は江戸時代の人物ということになるのか。いや、平安時代の丹鶴姫が祀られ、城の近くにでも神社が建立されたとすると見た目が江戸時代の姫に化けていても可笑しくない気もするな……」

「これ以上は咲の記憶か神社に行っておじいちゃんとか神官の人に聞いてみないと分からないね」


 これにて第一回丹鶴姫調査会は終了という運びになった。一回目にしてこれからの調査方針が決まったのは良かった。これも一応、咲にも報告する必要があるだろう。

 咲にメールをするのは気楽なのだが、咲からの返信を見るのはどきどきする。何故か会話が終わってしまうのが名残惜しいのだ。まだまだ知らない咲のことを知りたい。

 

 咲は少し男性が苦手らしい。咲はこの街が大好きだが、都会に憧れがあって十分楽しめたそうだ。咲も本が好きらしく俺の本棚の本も読んでみたそうだ。


 言葉遣いは少し堅いが、優しさが滲む咲とのメールは楽しい。そして今、丹鶴姫調査会の報告をしようと携帯を見ると咲から今朝早くにしたメールの返信が昼の少し前頃に来ていたようだ。それにもう一件、別の用件のメールも来ていた。こちらはお互いの日常の変化についてのメールだろうか。

 どんな内容が書かれているのかプレビュー部分に表示されている部分だけでは想像出来ない。こういう時、メールを開くのに少しばかり緊張するのはなぜだろう。



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