第26話「頭を出す陽、醒めた目」
いつの間にか寝ていたのか思い出せないが、目の前に広がる白い病室は妙に現実的でもう見慣れてしまった部屋だ。
細部は思い出せないが、また丹鶴姫の夢を見ていたようだ。丹鶴姫の声は咲の声とそっくりなのだが、何か憂いを帯びた声だ。多分、姫が祀られたことも今回の事象に何か影響があるのかもしれない。後々、思い出せなくなるのが怖くて携帯のメモ帳に夢の内容を詳しく書き込んだ上で咲にもメールを送っておく。
昨日、寝るのが早かったからその分、起きるのも早い。まだ空が白んでいた。紀伊半島は山が多く、それは世界遺産になるほど奥深いものがある。たしかに昔から信仰の対象になるだけある。
渋谷に居た頃は朝が弱く、早起きなどしないが、こんなにも素晴らしい自然が多いとなれば空気も良いだろう。折角だからと、前に訪れた時は精神的にも身体的にも死にかけた屋上へ上がることにした。
もう四月になるとはいえ朝は冷え込む。咲の母が家から持って来てくれた、少し厚手のカーディガンを羽織る。パジャマの柄が女子すぎるのでカーディガンで少しでも隠せるのはありがたい。ちなみに美波と話して両親には入れ替わっていることは、隠すことにした。ただでさえ、病弱の一人娘が入院中なのにさらに問題を突きつけるのは得策ではないという判断だ。何か問題があれば美波や咲と連絡が出来るようになったのはうれしいことだった。
今回は身体に障らないよう、エレベーターで屋上に上がることにした。エレベーターホールには誰も居なかったが、さすがに病院の朝は早く、至る所に人の気配を感じる。
一度、4階で降りて階段へ行く。屋上へは階段でしか行けないのだ。車いすの人は屋上へいけないではないか、と憤りかけたが階段の端に座って登れる装置が付いていた。さすが病院だ。
(おお、やっぱり寒いな)
屋上へと続く、扉を開けると海からの風が強く吹いていた。そのせいで思わず咲の狭い肩をさらにすくめ、目をつむった。しかし、薄らと開いた目を今度は見開くことになる。
病室にいたときは陽が上がりきっていなかったが、いつの間にか陽が頭を出し始め、街を徐々に照らし出す。凪が煌めき、山肌を赤く染め、川にオレンジの空が反射する。その様子から1ミリも目をそらすことが出来ない。そらせばそれらがすぐにでも変化して二度と見られないと分るからだ。
咲が、自然と歴史と人工物が交差するこの町で優しい人々に囲まれ生活している姿を想像することが出来た。それは俺の日常に比べて暖かな、幸せそうな日常だった。
まるで故郷のような光景に胸が温かくなった。そして、俺の心に一つの疑惑が浮かんでいた。
(この街並みを俺は前に見たことがある……? )




