第24話「明日も歯車は合う、それでも目的は果たしたい」
3月29日(水曜日)
和歌山県新宮市
外見:紫苑寺 咲
中身:緑川 湊
咲に電話の切り方とメールの仕方を教えて電話を切った。
咲は、やり方が分からないだけで理解するのは早く、地頭の良さが分る。今は俺の頭を使っているはずなのだが、そのあたりはどうなっているのか良く分らない。俺自身も本当は頭がいいのだろうか、と勘違いしそうになる。
「どうして咲に、余命宣告された話をしないことにしたの?」
携帯電話に表示された通話時間を見ていた俺に不思議そうに美波が聞いてきた。咲に電話をかける前に、理由はいくつかあるが美波に口止めしていた。
「こういう話は電話より直接すべきだと思う。仮に電話でその話をしたら取り乱してしまう可能性があった。そうするとこれ以上話が出来なくなる恐れがあった。そして……」
それは、一番嫌な想像だった。それを咲の友達である美波の前で言うのは憚られた。腕を組んで難しそうな顔をしてみたが、咲の頭をどれだけ使えているかわからない。
「そして?」
「そして、咲はこれから死ぬ身体に戻りたがるだろうか? よく知らない身体とはいえまだ未来がある身体の方が咲は良いのかもしれない。それが怖かった」
まだ咲に余命宣告の話をするのは早いと考えたのは正しいか今はまだ分らない。でもそれがこれから協力していく上で考えて置く必要があったのだ。
「サキはそこまで考えているかな……」
朝から付き添っていてくれた美波は疲れたのか、帰るらしい。今日は咲の両親が見えない。どんな仕事をしているのか分からないが、平日だし、そんなものだろう。美波もここからはバスで一本で帰れるらしいから特に心配いらない、と念を押された。今思い出しても、俺のことに違和感があった時に見せていた表情といい、美波は分かりやすい。
その一方で、咲の顔はこんなにも見ているのに一度も会ったことがない俺には、どう考える人間か分らない。顔は見ているし、その友達とも両親とも会って、本人とは電話で話したこともあるのに会ったことだけがない、というのは実に面白いことではある。
しかし咲とはこの事態に一緒に巻き込まれたからか、鏡を見たときから守りたくなるような女子だったからか、なぜか咲の為なら何でもしたくなるような感情になる。
だが、会ったこともない咲がどんな考えをする人間か今、考えていても答えはでない。明日からは、みんなで手分けして丹鶴姫について調べることになる。明日からは忙しくなるだろう。
そうは分かってても倒れて、目を覚ましてからずっと今日一日、美波と咲と話をしていたので疲れていた。それに電話をして手がかりが見つかったことで安堵していた。そこに来た睡魔に抵抗する手立ては何もなかった。だが、一つだけ不安要素はあった。
(明日はこのまま来てくれるだろうか?)
生きること、死ぬことを考えていた俺は明日が来るのが当たり前だと思っていた。人は、無意識にそれが明日ではないと思い込むのだ。それはいつか、遠いいつかだと思い込む。それが当たり前にくるからこそ生きる意味を探すという冒涜的な行いが出来たのだ。
世界には明日が来るかも分からず、今どうやって生きるか、それしか考えられない人々がいる。そういう意味では俺は十二分に幸せだったのだ。しかし、俺はそれを自覚していなかった。今思えば馬鹿だと、思いっきり顔面を殴ってやるだろう。そして、今俺はその淵に立たされたのだ。明日が来るかも分からず、日が落ちていくだけで不安になる。しかも、それが現実なのだと自覚させるように日々強くなる不安と苦しみ。そうこれが、現実なのだ。夢でもフィクションでもない、現実なのだ。人はいつか死ぬ。だが、その日はそう遠くない日なのかもしれない。今日を、今を生きることを忘れてはならないのだ。明日がこない事を後悔しないために。
しかし、すでに自分が眠っていることに気付いていなかった。