第23話「姫の正体、久々に話す友人」
3月29日(水曜日)
和歌山県新宮市
外見:紫苑寺 咲
中身:緑川 湊
『私が出会った私にそっくりな女の子の事を話してもいいですか?』
やっと、これからの話をしましょうと言っておいて突然、自分が見た夢の女の子の話をしようとする彼女には驚いた。美波や咲が着ていた服、見た目から勝手におどおどした、美波の陰に隠れているような少女をイメージしていたが、意外にも芯が通っているのかもしれない。が、どうにも腑に落ちない。
「その女の子がどうした?」
これからの事に関係あることには到底、思えない。
『はい、長い黒髪で、私にそっくりな女の子らしいのです。その子がこないだ、神社に行った時に突然、私に話しかけてきました。わらわは神と呼ばれていた。そなたらと対面出来るのを待っているって』
俺は、この話を聞いてやっと自分が見た夢が特別だったことに気がついた。しかし、それも仕方ないことだろう。夢なんて朝はどうにか覚えているかもしれない。だが、学校に着く頃には夢を見たことすら忘れていることがある。それがどんなに特別なものだったとしても忘れてしまう。
それに、俺の場合、起きたら女の子になっていたり、その友達が泣きながら謝ってくるのだから忘れていても仕方ないのだ。
『あの、聞いていますか?』
「聞いてる聞いてた。俺もその子を見たかもしれない」
『え、本当……ですか!?』
一瞬、驚いて敬語が抜けそうになったのが可愛らしく感じたが、その声は俺なのだ。実に変な気分だ。中身が咲だと知っているからこそ、なのだろう。
「ああ、俺が見た夢にその女の子が出てきて、同じようなことを言っていた。さっき美波にも話したところだ」
そういう俺から美波がさっと、携帯を奪った。こういう時、スマホなら誤って画面に触れてしまうと電話が切れてしまうことがあるが、二つ折り携帯なら滅多に切れることはない。
「サキ、元気にしてた? 泣いてばかり居なかった? お腹すかしてない? 嫌な事無かった? ちゃんと眠れている?」
俺から携帯を奪うと咲への心配が爆発したのか雪崩のように心配が溢れたようだ。
(確かに目の前の病床で寝ていると思っていたら渋谷に居る上に、まったく知らない俺になっていたのを知れば心配にもなるか)
それに咲は一人であまり出かけたこともなく、この街から出ることもなかったようだ。
俺が住んでいた渋谷では歩いて六本木や青山、原宿と言った有名どころにも気軽に行くことが出来る。それに比べると電車やバスに乗らないと隣の町への移動もままならないこの町は、ずいぶん不便に思ってしまうが、この街一つで何でも出来ていたのを考えるとそれほど苦じゃなかったのだろうか。
咲と美波の間に入るのは無作法だろうと、携帯を両手で大事そうに持った美波を眺めながら会話が終わるのを待っていた。まだまだ陽が昇る時間だ。病室の窓から入る陽が美波の笑顔を凪のように輝かす。
外ではとっくに咲いた桜が葉桜に変わっている。美波が言うには、こっちは東京より1~2週間くらい桜が咲くのが早いそうだ。海の近くにあるこの街で、公園や河原でするお花見は気分がいいだろう。サキと美波は前に、お花見をしたことがあるらしくその話を聞いたばかりだったからか、つい考えてしまった。
「はい、携帯返す。といっても元々はサキのだけど」
考え込んでいたせいか美波と咲の会話が終わっていたことに気付かなかった。
「いっぱい話せたか?」
「聞いてたとおり、まだまだ話したりないよ!」
気を遣って聞いたつもりだったが、確かに目の前で聞いていたのだから知っていても良かったはずだ。そんな会話もしていたのだろう。
そのまま咲の携帯を受け取り、さっきの話へと戻ることにした。俺が見た夢の話をした時に美波がしてくれた話を咲から詳しく聞きたかったのだ。
「さっきは途中になったが、どうしてそっくりらしいって言い方だったんだ?」
聞こうと思っていたが、美波に携帯を奪われて聞き損ねたことだった。出会ったのに「らしい」って言い方はおかしい。
『実は、私は会っていないのです。でも湊さんの家の近くにある神社で私と全く同じ声で話かけてきたんです。だから、その声に訪ねたら見た目もそっくりだって』
「そうだったのか。俺は夢に出てきた少女が咲にそっくりで、向こうが一方的に話しかけてきた」
話をしたことで脳が刺激されたのか、一つ思い出したことがあった。それは、この事態になった最初にも同じような夢をみたような記憶が薄らとではあるが、思い出した。だが、夢を思い出すにはやはり遅すぎた。あまりにもイメージがはっきりとしない。
「思い過ごしかもしれないが、咲も入れ替わる前にその女の子が出てきた夢を観なかったか?」
『夢に……?』
『あっ、分かった!!』
突然大声で叫ぶせいで若干、スピーカーの音が割れた。俺ですらそんな大声は出さない。咲も思ったより大きい声が出たのか驚いたようで何かを落とす音が聞こえた。俺が集めている古本で無ければいいが。
「な、何が分かったんだ?」
『驚かせてすみません。実は、声を聞いた時に何かを思い出したのですが、何故か思い出せなくて……』
「それで?」
先を促すように相槌を打つ。
『その少女の容姿がイメージ出来たのはどこかで観たからだと考えていました。それがいつかに観た夢だったんですね。そして、その少女は神社で私に丹鶴と名乗りました』
新たな情報だ。今は、携帯のスピーカーに切り替えているので美波も聞いていた。美波を目の端で様子を伺うと何か心当たりがあるようで、携帯に身体を乗り出した。
「サキ、それっておじいちゃんがよく話してくれた御姫様?」
やはり先程、俺が観た夢の話をした時に美波がしてくれた御姫様の話のようだ。それに付いては咲の方が詳しいはずだ。
『そうだと思う。よくおじいちゃんが話をしてくれていたのに今まで完全に忘れていたよ。それにその姿を見たのも、話をしたのも始めてだから確信が持てなかったの。けど、湊さんも同じ姿を観たことであの人が、あの話の御姫様が丹鶴姫だって思えた』
(咲は、親しい人にはため口になるのか)
初めて二人が会話するのを聞いたので新しい発見があった。少しだけであるが、咲について知れた気がした。身体が入れ替わった、同志でも他人は他人のままのようだ。しかし、今は咲についてではなく、御姫様についての方が重要だ。
「咲の方が、丹鶴姫について詳しいって美波が言っていたが、本当か?」
美波の話通りなら、咲の実家の話なので詳しい話が聞けるはずだ。
『本当か、と聞かれると少し困ります。私もみーちゃんと一緒に聞いた以上の話を聞いたような覚えがありません。神社にある石碑や図書館に行けば丹鶴姫に関する古文書はあると思いますが』
ここですべてが解明すると疑っていなかったので拍子抜けだった。しかし、それも仕方ないのかもしれない。古文書レベルの人物の郷土史など、興味が無ければ覚えていない方が普通だろう。
やはり、美波と分担して調べに行かなければならないことになりそうだ。咲の祖父がやっている神社にも行かなければならないのなら咲の協力も必須だ。しかし、協力要請をするのは少し気が引けた。
「美波と話していたんだが、こちらで丹鶴姫について調べることにするが協力してもらって良いか?」
『良いも何も私も当事者ですから、こちらから出来る事は少ないかも知れませんが、できる限り協力させてください』
思っていたより好意的な申し出に胸をなで下ろした。本当に胸があるからさすりでもしたら目の前にいる美波に殴られることになるだろうから本当になでることは出来ないのだが。
「ありがたい。神社に行くときにでもまた連絡させてくれ。それまでに色々と下調べとかしておく。何か思い出したことがあったら連絡して」
『はい、お願いします。私はひとりで本当に心細かったのでこうして話をすることが出来て、嬉しいです』
そう言われるとあの家に一人で、さっきの美波のように大事そうに携帯を持った咲を想像することが出来た。一人で戦う同志に健闘を祈らずにはいられなかった。