第22話「届いた招待状、交差する二人」
3月29日(水曜日)
東京都渋谷区
外見:緑川 湊
中身:紫苑寺 咲
(なんだろう?)
突然、携帯電話の画面が光りました。集中力が途切れていたのか、そちらが気になりました。
私は、図書館が開館する時間まで朝から湊さんの自室で部屋にあった本を読むことにしました。湊さんはミステリが好きなのか江戸川乱歩の『少年探偵団』やハリイ・ケメルマンの『九マイルは遠すぎる』のような古い物から最近の様々な推理小説があり、飽きること無く読めそうでした。
今は、渋谷が舞台で、幽霊になってしまったシンガーソングライターが自分の死因を調べるミステリを読んでいました。今、いる渋谷が舞台なので気になって手に取ったのですが、手が止まること無く読んでいました。気付いたら三時間くらい集中していたらしく、疲れていたのかもしれません。
本を棚に戻して、携帯電話を手に取りました。どうやらメールが届いたようです。湊さんは、というよりもスマホを持っている方はTついっちーやLINKをメインで使っているようでメールをあまり使わないようで、メールの通知が来たのは初めてでした。
(たしか、このまま横にスライドさせると開けるんだっけ?)
そのままメールを開くとタイトルと内容が表示されました。どうやらついっちーにでぃーえむ?というモノが届いたようです。ついっちーのアプリを開くと一番下にあるメッセージというメールの形をしたマークに1と通知が来たことを示していました。そこを触れるとたまごのようなアイコンのMinatoと言う名前の方から届いたようです。
(湊さんにMinatoさんからメッセージ?)
そのメッセージの内容に私は口から心臓が出そうになるほど驚きました。
『初めまして。俺はあなたの身体と入れ替わった緑川湊と申します。今は、病院に入院しながら、友人である田崎美波さんと協力してこの事態の脱却を目指しています。あなたとも協力したいと思っているのですが、自分の携帯の電話番号を忘れてしまったので、ホーム画面にある電話マークから連絡帳の一番上にある番号を送ってください。』
私はこの事態になってから誰にもこの事を言っていないのでこのメッセージが知らぬ人のイタズラだとは思えませんでした。
私はこの何事もない平穏な生活で忘れかけていました。私の身体は今、病院で入院していたことを。そして、そのせいで今まで連絡が無かったのにも納得がいきました。私が最初の一回で電話をこちらからかけるのを忘れていたせいでもありますが。
(みーちゃん、私が私じゃ無いと気付いてくれたのかな……)
湊さんという人物も、私の体調も、みーちゃんのことも、こちらからは何一つ分からないので考えないようにしていましたが、これからは連絡を取り合えることで少しでもこの事態が好転することに期待できそうです。
メッセージで言われた通り、電話マークのアイコンを開いて電話番号を探します。初めての携帯電話で初めての操作は緊張します。間違えて変な所を触ってしまっても触った感覚がないので何を触ったのかも分かりません。それにタッチだと間違い電話をかけてしまう危険性もあるので注意が必要です。
しかし、私の心配は必要ありませんでした。開いて最初に表示された画面が連絡帳でした。見れば一番上にわかりやすく「自分の番号」と表示されていました。これを凝視して覚えます。昔から物覚えは良い方だと思います。歴史や語学のような、覚えればいい科目は得意でしたが、数学や科学のように応用が必要な科目は苦手で苦労が絶えません。
覚えたての11桁の番号をメッセージでMinatoさんに送ります。不得手なタイピングは極力少なくしたかったので本当に番号だけの素っ気ないメッセージになってしまいました。一応、もう一度番号が間違っていないか連絡帳を開いて確認することにしました。
しかし、確認しようと下に付いている丸い、唯一の物理的なボタンを押したかどうか、という瞬間に画面が暗転、電話が掛かってきました。
前に妹の結衣さんから電話がかかってきた時のような不安は何故かありませんでした。それは、電話の相手が誰だか何となくわかるからでしょうか。他人とは言えないその人からの電話。慌てることなく電話に出ることが出来ました。なんとも言えない高揚がありました。
『もしもし?』
携帯から聞き覚えのある、しかし実際に聞くと少し違和感のある少女の声、そう私の声が聞こえてきました。
「私の声だ……」
久々に聞く、自分の声に思わず、声が漏れてしまいました。すると、湊さんも同じだったのかオウムのように返ってきます。
『俺の声だ……』
私は、湊さんの喉で。湊さんは、私の喉で話します。自分の声と会話することになるので少し落ち着きません。
「あなたが緑川湊さんですか?」
『ああ、おまえが紫苑寺咲か?』
お互い、初めての会話にぎこちなくなっているのですが、湊さんの言葉遣いが少し荒々しいので気後れしてしまいます。しかし、その間に長年共に育った親友が割って入ってくれます。
『……そんな言い方したらサキがびびっちゃうよ』
『そうか、すまん』
湊さんの近くに居る、みーちゃんの声が聞こえます。この状態になって初めて聞く、久々のみーちゃんの声はおじいちゃんがたまに読み聞かせてくれた祝詞のように私を安心させてくれます。だから私は笑顔で言うことが出来ます。
「はい、私が紫苑寺咲です。やっと話すことが出来ました、湊さん」
『俺もずっと話せるときが来ることを待っていたよ、咲。全然、連絡してこないから大変だったよ』
湊さんも緊張していたのか先程の荒々しい言い方ではなく優しく話しかけてくれます。まだまだ湊さんのことはよく分かりません。
「それは、本当にごめんなさい。私がスマートフォンの操作に詳しければもっと早くに連絡が取れていたかもしれません。けれど、私も色々大変だったんですよ?」
『それを言ったらこっちだって色々大変だったよ。』
「では、お互い様ということにしましょう。それより、これからのお話をしましょうか」
これからお互いのことを理解し、この事態に対処する方法を考えなければなりません。そして、あの夢の中で言っていた少女のことも気になります。
まだ、何も解決したとは言えませんが、湊さんとみーちゃんと協力して、これから少しずつでも解決に向けて進み出すことが出来るのです。