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第21話「大海原の捜索、光の行方」

3月29日(水曜日)

和歌山県新宮市


外見:紫苑寺 咲

中身:緑川 湊


「そういえば、あなたの名前は?」


 俺が落ち着いてから美波はそう聞いてきた。お互い、今度こそ心が固まったのだ。この問題へ立ち向かうことに。だが、今更名乗ることに緊張したのか、俺の手は白いシーツを握りしめていた。


「俺は……俺は、東京都に住んでて横浜にある高校に通ってた。名前は緑川湊」

「東京都。遠い所から来たのね」


 美波は、そう言うと窓から見える太平洋を眺めた。俺もつられるように外を見やった。空は今日も青く、広く変わらない姿だ。しかし、心に広がっていた霧が晴れた今は清々しくすら感じるのだ。ここに来てから毎日、空は晴れていたのにそう思ってしまうのは、身勝手だろうか。そして俺は一つ重要なことを思い出した。


「そういや、俺も聞きたいことがあったんだ」

「なに?」


 美波は外を見たままで言葉の通りだが、上の空だ。


「ここって、どこなんだ?」


 今度こそ、こちらを見た。その顔を俺は二度と見ないだろうと思うほど驚いた顔だった。


「ずっとここに入院していたとはいえ、そんなことも知らなかったなんて。いろんな場所に熊野総合病院って書いてあるよ?」

「え、それは知っているけど熊野って熊野古道だよな? どこの県なの?」


 やはりこれは地元民の地雷だったようで、美波が固まった。富士山が静岡県か山梨県か、といったレベルで地元では争いがあるのだろう。

 しかし、一度座り直し背筋を伸ばすと、勢いよく説明に入った。


「熊野古道は熊野速玉神社、那智大社、熊野本宮大社の熊野三山を結ぶ古道だよ。県は三重県、和歌山県、奈良県、大阪府にまたがるけど熊野三山はすべて和歌山県内にあるの!」


 突然、饒舌になる彼女に少しおびえながら俺は理解した。


「ここは和歌山県ですね?」

「その通りです」


 ここにきて、自分が置かれている状況がすべてはっきりしたような気がした。しかし、それは俺だけだった様で、美波はまだ質問があるようだ。そして俺は一つ、思い出しかけた過去があった。しかし、それは美波の質問で遮られてしまった。


「あなた、家族は?」


 ついにきたその質問にいつもなら適当にはぐらすのだが、咲と俺の運命を一緒にどうにかしようとする仲間である美波には正直に、しかし簡潔に答えることにした。


「ああ、中学生の妹が一人。父親はいるが家には中々帰ってこないんだ」


 その簡潔な答えでも美波には俺の家の問題を察することが出来たようだ。


「そこにいるサキは大丈夫かな……」

「心配するのもいいが、その前に連絡を取ってお互いの無事を確認するのが先決じゃないか?」


 おれの冷静かつ的確な申し出に美波も携帯を取り出した。そもそも、咲とは身体が入れ替わってすぐにでも連絡をするべきだったが、それすら頭に浮かばなかったのは俺がどれだけ正常な思考が出来ていなかったか物語っている気がする。


「ほら、緑川君のメアドと電話番号教えてよ?」

「いや、実は自分のメアドも番号も覚えていないんだ」

「え、じゃあどうやって連絡を取ろうと思ってたのよ」


 取り乱す美波を落ち着けるように俺は青い背景に白い鳥が描かれたアイコンを咲の二つ折り携帯の画面に表示させ、美波に見せる。


「このアプリがどうしたのよ?」

「メアドは覚えてないが、このアプリは実名でやっているから調べれば連絡取れるだろう」


 メアドを覚えていないと聞いて眉の間に出来ていたシワが伸びていく。そして今度は太陽のように暖かい笑顔になった。やはり、この少女は表情豊かであり、素直な子だ。


「緑川君のアカウントを探して早速連絡を取りましょう!」



 検索すれば俺のアカウントが一番上に来ていたのでそれを見つけるのは容易かった。それが、なぜこの方法をもっと早くに気付かなかったのか、より悔やまれた。しかし、どうして咲はこちらに連絡してこないのだろう。俺よりしっかりしているイメージだったが、思っている程ではないのだろうか?


「咲も自分の電話番号とメアド覚えていないのか?」


 携帯を操作しながら考えていた疑問を口にしていた。


「違うよ。サキはそんなに抜けてないと思う。けど、あの子、機械が苦手だから緑川君が今、手にしているガラケーじゃないと操作方法が分からないんだと思う」


 それを聞くと、俺より抜けているんじゃないか、とは口が裂けても言わない。だが、これは良いことでもある。俺の携帯を無闇にいじられまくっている最悪のパターンは避けられたようだ。見られて困るようなことは無いと思うが、快く思う奴はいないだろう。喜びを漏らさぬよう慎重に返事をする。


「そうか。電話番号をこちらが送って電話をかけてもらうより、説明して電話番号を送ってもらった方が分かりやすいかな。よし、新しいアカウント出来たからフォローしてDM(ダイレクトメッセージ)送るぞ。メールも届く設定にしているから通知は伝わるだろう」

「分かったわ、連絡はあなたにとりあえず任せる。それにしても突然よく喋るね。何か喜んでない?」


 女の勘はよく当たるとは言うが、妹は勘というより観察眼が鋭かったのでこの言葉はあまり身に染みたことは無かったが、今ほど恐ろしいと思ったことは無い。


「い、いや、やっと連絡をすることが出来て光が見え始めたなって思ってさ」

「これで何か解決の糸口が見つかれば良いのだけどね」


 確かに美波の言うとおりだ。咲と連絡をするだけではこの事態が解決する訳ではないのだ。これからが始まりだと言える。さっき美波がしてくれた咲の実家の話、丹鶴姫の伝説が何かこの事態に関係しているとすればそれを調べ始めなければ解決は見込めない。真面目に考え込んでいると美波が突然、声を上げた。


「あ、そういえば倒れたから退院は明日以降。様子を見てからだって、お医者さんが言ってたよ」

 

 俺は、咲に送った文面を読み直していた顔を上げた。


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