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第20話「また夢を見る、暗闇に差す光」

3月29日(水曜日)

和歌山県新宮市


外見:紫苑寺 咲

中身:緑川 湊


 俺は、また夢を見ていた。

 宇宙を飛び回ったり、崖から落ちたり、スーパーマンになったりするような現実離れした夢ではないようだ。



 暖かな日差しの野原に桜が咲き乱れ、その中に一人の少女が立っていた。その少女が俺に話しかけてくるだけのとても清らかな夢だった。

 しかし、夢は見たことがあるモノから創られるからだろうか、野原も女の子も見たことがあるモノだった。野原は、小学校の校外学習で行った神奈川県は江ノ島の頂上付近のように見えた。少し違うようにも思えるのは、記憶が思い出補正されていたからだろうか。

 

 そして、問題なのは女の子の方だ。


 黒く長い艶やかな髪、光をすべて反射しそうなほどに白い肌。同い年の女子にしては少し小さい少女だ。後ろ姿だけでも誰か分かる。あれは咲だ。

 しかし、ここ毎日のように鏡で見ていた咲と唯一違う所がある。夢の少女は色鮮やかな十二単(じゅうにひとえ)を来ていた。十二単を実際に見たことがあるわけではないので何枚か着物を重ねて着ているのが十二単だと思っても仕方ない。それに傍らには、なぜかウサギがいた。あまりにも自然にいるのが逆に不自然でもあるようだった。


 背中に長く垂れている髪がふわっと浮く。十二単は重いのか所作がゆったりとしているのが優雅に見え、目が離せない。少女の紅が塗られた唇が動いた。


「ようやく、そなたに会うことが出来た。」

 

 そういうと少女はこちらを見て微笑んだ。


「そなたは、口がきけないだろう。しかし、わらわが一方的に話しかけることは出来よう。わらわは人ではない。しかし、わらわは元々、人として生まれたが、いつしか人々から祀られた。そのせいか、そなたら、現代の常識はわらわには常識でない。とはいえ、そなたに一方的に話すのでは命令のようでそなたは言うことを聞かないだろう」


 そこで少女は袖で口元を覆った。笑ったようだ。笑いが収まったのか手を下ろすと話を続けた。


「だから、妾はそなたらと対面できることを願っているぞ」

 

 少女は、いつの間にか手に持っていた扇で口元を隠した。それが、今度こそ終わりの合図だったのか、急に視界が明転した。




「サ、サキ!?」


 倒れた時と同じ声、同じ台詞だった。そのせいでまだ自分が、どこでどうなっているのか若干戸惑った。

 誰かが頭上で呼ぶ声で現実に戻ったようだ。その発生源を見ようと目を開ける。どうやらまた、病室のベッドのようだ。


「よ、よかった……」


 やはり声の主はショートカットの少女、美波だった。しかし、前に見た時と違い、大きな目には涙がたまり、声も震えている。よほど心配していたのだろう。


「サキの身体がこんなに悪いの知らなかったの。ごめんなさい、少し追い込みすぎた。本当にごめんなさい」


 美波は目にためた涙をぬぐいながら謝罪した。俺は、責められても仕方がないと思っていた。それを言おうとしたが、口が乾燥しているのか動きが悪い。サイドテーブルに置いてある水を口に含んだ。


「それはもう良いよ。俺ももう少しやりようがあったと思う。俺こそ悪かった」


 口調とは裏腹に声がサキなので違和感があった。美波は優しい女の子というイメージだったが、この状況でも入れ替わってしまったことより、身体の心配を優先してくれたことに俺も少し泣きそうだった。倒れたショックも多少あると思うが。だが、俺のことを知らないからか、次に何を言おうか迷っているようだった。


「夢を見ていた。」


 まだ、ハッキリとしない頭で夢を思い出していった。語るように口が言葉を編み出す。この状況で二人とも無言は厳しいのだ。美波はこちらを見つめたまま口を開く様子はなく、俺の話を聞いてくれるようだ。


「俺が昔、校外学習で行った江ノ島みたいな野原で桜の木の下に、黒の長い髪の少女が、咲と瓜二つの少女が、ウサギを連れて立っているんだ。それが平安とかそのくらいの十二単を着ていて俺に話しかけるんだ」


 確か、あの校外学習の前日に熱を出して自分のベッドで寝込んでいたことも思い出した。あのときはまだ、母はいた。次の日に熱が下がらなければ行かせない、と母に脅された記憶。

 それを思い出して少し無言でいると美波が先を促す。


「その子はなんて言ってたの?」

「ああ、その女の子はそなたとか古めかしい言葉遣いで俺にようやく会うことが出来たって話し始めた。それに、自分は人ではないと言い出すんだ。昔、人に祀られて人では無くなったとか言っていた。しかも、俺と対面して話したいとも言っていた。何かこちらを見透かした鼻につく言い方だった」


 美波は、それを聞くと俺から視線を外していた。俺のことを見るのが嫌になったのか、と思ったが、どうやら考え事をしているようだった。

 二人の間に、再び沈黙が降りた。しかし、それは思ったより長くは続かなかった。


「あなたは、きっとここら辺の育ちじゃないでしょ? だから知らないと思うから教えてあげる」


 美波は女子特有の秘密の共有がうれしいのか少し浮ついた空気を纏い、微笑みながら語り出す。その笑顔を、ここに来て初めて見た気がする。これが本当の笑みなんだろう。


「ここから見えないけれど熊野川が太平洋に合流する河口付近に少し小高い丘があるの。それが江ノ島に似ているか私にはわからない。けれど今、そこは神社になっていてサキのおじいちゃんが宮司をしているの。私はよくサキと遊びに行ってた。そこでおじいちゃんが良く話してくれた昔話があるの」


 美波は咲の顔を見れば昔の事を思い出すのが安易になるのだ、とでも言わんばかりに凝視してくるので少し小っ恥ずかしい。


「昔から家族ぐるみで仲が良かったんだな……」

 

 俺の独り言のような言葉に、咲に違う人間が入っているのを再確認したのか、美波の顔に陰が落ちる。しかし、それは一瞬で、再び顔に日があたる。


「うん、そうだった。今までもこれからも」


 その言葉が、意味することを俺はまだ分かっていなかった。しかし、美波は続けた。


「おじいちゃんが言っていたのは、この神社には物の怪が出るって。それは昔、ここにあったお城が関係していて、そこの御姫様だって言ってた。御姫様は子どもを招いてどこかに連れ去ってしまうそうなの。そして、御姫様は黒のウサギをお使いとしていつも一緒にいるらしい。それを今祀っているのがサキの実家の神社なの」 


 美波は冗談を言うような感じではなく、本当にこの地域に伝わる伝承を教えてくれているようだった。


「つまり俺に夢で話しかけてきたのはその御姫様だってことか?」


 確認のつもりで聞いてみたが、美波の答えは意外なものだった。


「知らない。サキのおじいちゃんがよく言っていただけだから。けど、おじいちゃんは厳しい人だから嘘は言わないと思う。それにお年寄りの間では馴染みのある言い伝えらしいから図書館や神社の人に聞いて回れば何かこの状況についても分かることがあるかも知れない。それにサキ自身が何か知っているかもしれないけど」

「けれど、俺はこんなで病院から外へそう易々と動ける身体ではないと思うのだが……」


 咲の身体はもう先が長くない。らしい。それに、咲は美波の知るサキでは無くなってしまっている。その俺が、この伝承を調べる為に色々と動き回るのは問題が多すぎる。

「それは、私に任せて欲しい」と、美波は言った。まっすぐ俺を見据えて。


「私は、サキの一番の友達だと思ってる。けど、サキのことを考え過ぎるあまり身体が悪いのを失念してた。それにあの後、サキのお父さんから聞いたらこんなに身体が悪いとは思っていなかったわ。だから、私はサキの代わりに苦しむあなたのためにも一緒に頑張ることにしたの」


 思わぬ所で、援軍を得たことに驚きを隠せそうにない。俺の、咲の瞳に涙が滲んできた。援軍が得られたこと、独りでこの先どうしたものか、このまま戻れなかったらどうしよう、余命宣告されたこと。ごく短期間で様々ことが降りかかってきて切羽詰まっていたらしい。止めどなくあふれる涙を手で押さえようとした。しかし、美波が抱きしめて腕がうまく動かせない。


「良い。今は泣いて良いの。サキは昔から泣き虫だったんだよ」


 美波が俺の知らないサキを語る。

 俺はそれを、美波の腕の中で頬を濡らしながら聞き入った。それは、あまりにも幸せそうな日常だった。


 二人で図書館にテスト勉強をしに行った話。

 咲の実家である神社に遊び行った話。

 そこで咲のおじいちゃんたちとお花見をした話。

 街の真ん中にある植物園に行った話。

 放課後にドーナツ屋に行った話。

 

 どの話も俺の知らない咲を見られた気がした。笑顔の時、泣いている時、喜んでいる時、悲しんでいる時、怒った時、咲がどんな顔をしているのか俺はまだ知らない。

 咲が、こんなにも手厚く大事に育てられているのには昔からのようだった。それが羨ましいような可哀想な気もするのは何故だろうか?


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